To err is human

 To err is human という言葉は一時、医療の世界でよく聞く言葉だった。ある時期、医療ミスや医療過誤の報道が続いたことがあり、医者ともあろうものが医療者ともあろうものがミスをするなど断じて許せないという糾弾の報道が続き、それに対して医療者の側の反論?がTo err is human だった。医療者だって人間なのだから、間違えること失敗することだってあるというわけである。
 To err is humanはこう続く。To forgive divine 「人間であれば誰でも間違うのだから、神はそれを許す。」あるいは、「間違うは人の常。許すは神の業。」
 実際に医療ミスがおきた時に、そんなことを言われても誰にとっても何の慰めにもならないわけであるが、少なくともミスを隠蔽することは減ったかもしれない。

 「よりよき世界を求めて」(未來社 1995)におさめられた「寛容と知的責任」という講演でK・ポパーヴォルテールの寛容擁護の論を以下のように紹介している。
 『寛容は、われわれとは誤りを犯す人間であり、誤りを犯すことは人間的であるし、われわれのすべては終始誤りを犯しているという洞察から必然的に導かれてくる。としたら、われわれは相互に誤りを許しあおうではないか。これが自然法の基礎である。』

 おそらく、このような論に抗するのが科学と宗教である。科学という手段によってわれわれは何が正しいのかを知ることができる、という見解が一方にある。もう一方には人間には知ることが出来ないことでも、全能の神はすべて知っているという見方がある。
 科学が提示できるのは仮説であって、決して真理ではないというのが科学についての現在の正統的な見解であろう。われわれが知っているのは、現在までのところ反証されていない仮説にすぎない。
 問題は宗教である。これは反論不能の構造を持っている。そうであればそもそも議論の対象とはならない。だからこそ啓蒙思想は反宗教の運動でもあったわけである。
 昨今のいろいろな出来事をみていても、宗教についての議論はきわめて腰が引けている。「地獄? 今時そんなものがあると思っているってバカなんじゃない?」というようなことをいう人はあまりいない。「個々人の信仰は尊重されねばならないが・・」といった前振りがついて、正面からの議論から逃げている。
 宗教というとキリスト教・仏教・イスラム教といったものが頭に浮かび、確かに新興宗教といわれるものには問題なものが多いが、キリスト教や仏教まで否定はできないし・・、というところで話がとまる。
 しかし今、本当に宗教が生きているのはイスラム教だけなのではないかと思う。アメリカでも妊娠中絶の禁止とかの動きがおきてきているし、ロシアもまた宗教の方に回帰しているので、まだまだキリスト教もあなどれない力をもっているのだとは思うが・・。
 おそらく、キリスト教は西欧の歴史の中で作られた「美しいもの」のほとんどとかかわっている。そうすると、もし宗教を否定してしまうと、その美しいものさえ否定されてしまうように多くのひとが感じてしまうのだろうと思う。

 そういうことを考えると思い出すのが以下の詩である。

 クリスマス前夜、十二時だ。
  「いま、みんな膝まづいているのだよ」
 年寄がそういった。家中が集まって
  炉の火の燃えさしを囲んでいる時。
  
 私どもはおとなしい優しい動物を目に描いた。
  みんな小屋の中の藁の上にいるのだ。
 私どもはただ一人として
  動物が膝まづいているのを疑わなかった。
  
 こんな美しい想像はいま誰もしまい。
  この時世だ。だが私は思う
 誰かがクリスマス前夜に言ったとする
  「さあ、牛が膝まづいているのを見に行こう」
  
 「向うの山かげの淋しい農家の庭だよ
  子供のとき、よく遊んだところさ」
 そしたら私も彼と暗い道を行くかも知れぬ
  本当であってくれと思いながら。

 トマス・ハーディ「牛」 福原麟太郎

 この詩は1915年に作られたものだそうであるので、すでに100年以上も前、その当時でさえ、「こんな美しい想像はいま誰もしまい。この時世だ」なのだから、今となってはいうまでもないことになる。
 そうであるとすると、美しいものの最後の砦として宗教を考えるひとがいることもまた当然のことということになるのかもしれないが・・・。

大本営発表

 わたくしは戦後の生まれであるから、もちろん「大本営発表」を聞いたことはない。母の話などの伝聞、戦時期の記録などから間接的に知るだけである。それによると以下のようなものであったらしい。
 「昨年八月以降、上陸せる優勢なる敵軍を同島の一角に圧迫し激戦敢闘、克く敵戦力を撃砕しつつありしが、其の目的を達成せるに依り、二月上旬同島を撤し、他に転進せり」
 敗退でも、目的を達したので、別の目的の方に「転進」したという表現をしていたようである。

 最近のウクライナの「戦争」についてのロシアの報道についての報道をみていると、戦争における報道というのはいつでもどこでも変わりないのだな、ということを感じる。
 問題はその報道を聴いているひとが、どの程度、その報道を信じているのだろうかということである。日本の場合でも、「大本営発表」を聴いていたひとも100%それを信じていたわけではなかったようである。わが軍の被害をそのまま伝えるわけがないだろうという常識的な判断があり、報道を割り引いて聴いていたようである。
 ロシアの場合はどうなのだろう? 普通に考えればやはりある程度割り引いて受け取るのが普通だろうと思うのだが、わからないのが国民のプーチン大統領への信頼である。日本では東条英機は神ではなく単なる軍人であり、昭和天皇も作戦にはかなり口を出していたようではあるが、国民が天皇を天才的軍事指導者と思っていたということはないはずである。
 問題はプーチン大統領は大変なインテリであり、ロシアの歴史や宗教についての該博な知識と独自の見解を持つ人物であるとしても、一人の人間として常に間違える可能性を持つ存在であるということである。
 わたくしは西欧の近現代は「人間は間違える」という認識をつねに根底においてきたと思うので、それがロシアにおいても「ソ連」という「人間は真理を知りうる」という(わたくしから見ると)すでに過去のものとなった見方が否定され、われわれは真理には到達できないという西欧本流の見方へ転換しているのだろうと思っていたので、プーチン氏のような「真理を知る」と称する人間が出てきたことに驚いている。
 ロシアのひと(の多く)は自分のかわりにプーチン大統領が考えてくれているから大丈夫と思っているのだろうか? とすれば、その大本営発表も素直に受け入れているのだろうか?

ノブレス・オブリージュ

 ノブレス・オブリージュはフランス語で noblesse oblige 「高貴なものはまた義務をも負う」という意味らしい。「財産や権力を持つもの、社会的地位を持つ者にはまた義務が伴う」ということを指している。
 この言葉を思い出したのは、エリザベス女王逝去の報に接してであるが、英国には貴族がいるということをもまた思い出した。そして貴族がいるからこそ、また執事という存在も必要とされることになる。(カズオ・イシグロ日の名残り』) 

 英国にはパブリックスクールというものもある。おそらく「貴族」の卵の育成と密接にかかわっているのであろうと思うが、現在、ノブレス・オブリージュという言葉が英国でどのくらいまだ生きているのかはよくわからない。ただ、少なくとも第一次世界大戦当時には生きていたようで、そのため貴族出身の若き司令官がばたばたと戦場で死んでいったのだという。貴族であるがゆえに軍事に少しも通じているわけでもない若者が小隊くらいの指揮官に任じられ、いざ戦闘となると、突撃の先頭に立ち、バタバタと死んでいったらしい。それが第一次大戦後の英国復興のための人材の不足となったという話も聞いたことがある。
 英国には、まだ貴族がおり、平民がいる。だからキングズイングリッシュがありコックニーがあることになるし、「ピグマリオン」→「マイフェアレディ」ができることにもなる。
 しかし、日本には貴族はいない。方言はあっても、上流階級と平民?のしゃべる言葉が異なるというようなことはない。だからこそ、誰が国葬に値するかというおかしな議論がおきることにもなるし、また「ノブレス・オブリージュ」も存在しないから、政治と宗教団体の変なかかわりについても、自分が責任を負うとして腹かっさばく人もでてこない。

 などとまことに反時代的なことを書いてきたが、今の日本を見ていると、日本は今後も没落の一途をたどっていくのではないかと思う。もちろん、明治や戦後の復活がなんらかの僥倖あるいは間違いであったので、現在の状態が日本の実際の力を反映しているという見方もあるだろう。
 しかし、そうではあっても「プライド」という問題は残る。そして「プライド」の問題はnoblesseの問題とどこかで通底しているのではないかと思うので、ここに少し書いてみた次第。

池田信夫 与那覇潤 「長い江戸時代のおわり 「まぐれあたりの平和」を失う日本の未来」(6)(最終)第6章 提言 日本の未来も「長期楽観」で (ビジネス社 2022年8月)

 池田:日本学術会議が掲げてきた「大学は軍事研究禁止」の中心は東大。
 ウクライナ戦争で憲法学者も出る幕がなくなった。
 英語では「平和主義」とは「戦わないで降伏する」という意味。かつて森嶋通夫氏が唱えたことがある。相手にされなかったが。
 与那覇:平成にはあらゆる困難な問題が先送りされた 
 池田:平成期の問題は企業が貯蓄して投資しなかったこと。
 これからの日本の問題は「就職氷河期世代」の老後問題。
 与那覇:目標は、「貯蓄しなくとも暮らせる社会を作る」こと
 池田:フィナンシャル・タイムズの東京支局長が平成の長期不況で日本人がすごく悲惨な暮らしをしているかと思って来日したら、街は清潔で、電車も時間通り来る。全然悲惨ではなかった。こういうGDPに現れない日本の豊かさを維持することを目標として、「個人が貯蓄せずに、稼いだを全部消費に回しても、暮らすのに困らない社会」を考える手はあるかも。
 与那覇:例えば日本で不動産購入というとまず中古の住宅は考えない。新築である。
 池田:住宅以外でもライドシェアも脱炭素化に最良。
 与那覇原発の再稼働も問題だが、自分が一番気にするのは外国人労働者の問題。彼ら抜きでは我々のライフラインはもはや保てない。欧州でも移民労働力の問題は大問題になっているが、日本の左翼は江戸時代主義者だから、この問題に腰が引けている。
 池田:欧米から学ぶべきことは、現地語を理解しない移民が「外国出身者だけ」でコミュニティを作ってしまうこと。トランプの背景にあるのもヒスパニックの問題。カタコトの日本語では駄目。日本人と一緒に日常生活ができるレベルの日本語習得を条件にすべき。
 与那覇:もはや中国人は日本を目指していない。現在、来日する外国人労働者ベトナム人が主。
 池田:問題は彼らが母国から親族をよびよせて、日本の保険制度に「ただ乗り」してしまうこと。ミルトン・フリードマンは「自由な移民と福祉国家は両立しない」といった。
 人手不足なのになぜ賃金あがらないのか?については見解が一致しない。一つ、影木s賃金が安いから。「正規雇用者以外は低賃金でいい」という日本型雇用のため。
 北欧型の国家は労働者を守っても企業は救済しない。企業がつぶれても労働者の他の企業への再雇用には国家も組合も全面的に協力する。日本の企業別組合とは違う。
 日本の根本的な問題は「エグジットできない閉じた社会だ」ということに尽きる。
 与那覇:日本ほど「無為にだらだらしにくい社会」はない。「いまは失業して、一時的に組合の世話になっています」という欧州には普通いるひとがいない。あるいは宗族という巨大親族体系がある中国なら「ぶらぶらして金持ちの親戚に依存しています」とか、もまた。
 「だらだらしていて、なにが悪い」という感覚を社会に根付かせることが大事かも。
 「高度成長期」が「長い江戸時代の終わり」となったが、それがグローバル化には進まなかった。地方からのニュー・カマーは「世の中は騙し合い」「人を見たら泥棒と思え」という考えの人から同化を拒まれた。
 池田:立憲民主党共産党はいまだに「鎖国志向」。
 与那覇:令和の日本の課題は「高齢化」と「人口減少」。半ば冗談ですが、私は日本の人口減少社会の理想像は「国際養老院」かなと思うことがある。治安がよく、旅行がしやすく、地方ごとに個性ある食文化があり、都市では世界各国のグルメが食べられる。そういう国で余生を送りたいと思う外国人にどんどん資産を持ち込んで引っ越してもらえばいい。「老後は日本で楽しく」が世界で、憧れられる夢になったら面白い。

 最後の与那覇氏の話は大変面白いと思ったが、問題は言葉だと思う。高齢者がいい年になって日本語を習得することはまず無理だと思う。そうすると英語でのコミュニケーションになると思うが、日本人が英語でのコミュニケーションが近々可能となえるか疑問である。わたくしなど中高で、「お前たちは英語は読めればいい。一生、英語を話すことなどない」といわれて育ったので、読むことだってあやしいが、英語でコンミュニケーションなどとても、とても、である。まあピジン・イングリッシュでもいのだろうが、本当のコミュにケーションにはならないだろう。
 日本がいまのままでのいいのだ、ということが続いてきたがゆえにわれわれの英語の能力も一向に向上してこなかったのだろうが、これからの日本人が生き残るためには英語が必須と考えて、必死に頑張るひとがどれくらいいるだろうか? グローバル化ということで日本の大企業でも公的な会議は英語でというところもあるらしい。一度、そういう場に立ち会ったことがあるが、日本人だけの会でたどたどしい英語で会議しているというのは、実に滑稽というか悲惨というか何ともいえないものであった。国際学会でも日本人の発表はたどたどしい英語ですぐわかるけれども、発表自体はスクリーンに内容が示されるからいいけれども、問題はその後の質疑応答で、質問者の早口の英語がマイクを通すとまったくわからない。日本の学会のように「ただ今の発表まことに感銘いたしました。ただ一点だけお伺いしたいのですが・・」みたいな前振りはなく、いきなり「あなたは昨年の〇〇氏の論文を読んだか?」みたいにはじまるので多くの日本人演者が立ち往生する。

 さて、「ウクライナ戦争で憲法学者も出る幕がなくなった。」
 本当に昨今のテレビを見ていると、憲法を守れなどという学者さんはお呼びではないようで、代わりにでてくるのは、「このミサイルの射程は〇〇で」といった話と「おれがウクライナの司令官だったら、ここを攻める」といった話である。本当に変わったと思う。
 これからの日本の問題は「就職氷河期世代」の老後問題というのはその通りだと思うのだけれども、わたくしの子供などまさにその世代で本当にどうなるのだろう。「だらだらしていて、なにが悪い」という感覚を持つほどずぶとくはないようだし。「日本の根本的な問題は「エグジットできない閉じた社会だ」」であるとしてもはじめから「閉じた社会」には入れなかったので、その周辺を転々としているようであるが・・。

 昔、短期間フィリピンにいったとき、現地に住む日本のひとから、老後はフィリピンに住むのがいいですよ、ここにはまだ敬老精神が残っていますから、といわれた。ただし、だれかを雇うと一族郎党が、みんなそのひとをたよっておしよせてくるのが問題ですが、といっていた。

 外国人労働者の問題:この問題について上野千鶴子さんがどこかで、日本人は移民の扱いが苦手だから、受け入れないほうがいいおいうようなことを言っていたので驚いたことがある。あの上野さんにしてと思った。わからないものである。

 さて、これで終わりであるが、「長い江戸時代」ということについて、もっと正面から論じている本かと思ったので、それがちょっと期待はずれではあった。

池田信夫 与那覇潤 「長い江戸時代のおわり 「まぐれあたりの平和」を失う日本の未来」(5) 中国―膨張する「ユーラシア」とどう向き合うか(ビジネス社 2022年8月)

 与那覇氏の「中国化する日本」については、ここで以前かなり長い感想を書いていたがあまり覚えていなかった。後期高齢者になるというのは本当に困ったものである。
 「中国化する日本」は氏が「大学院で東洋史を齧れば誰でも知っている話」という「宋朝以降の中国の伝統王朝は   「もともと新自由主義的な社会」だった」という視点をわれわれに紹介する本だったというのだが、ごりごりの西欧派であるわたくしにはどうもピンとこず、しかし何か大切なことがそこにあるのかなと思い、自分のための備忘録でもあるここに要点を抜き書きしておいたのだと思う。

 なにしろわたくしにとって中国というのは李白杜甫長恨歌であり三国志でもあって、現実の政治ではなく、詩であり、また英雄譚であり、ようするに昔の漢文の世界、鞭声粛粛 夜河を過る 曉に見る千兵の 大牙を擁するを・・ これだと日本の話だけれど、それと区別がつかない世界なのだから、酷いものである。

 わたくしのみる中国というのは、なにしろ大きな国だから時々の政権が実際に支配していたのは城壁に囲まれた都市部だけ、城壁の外の農村部はほったらかしというような途方もなく杜撰なものであった。しかし今でも中国においては、都市と農村という二元的な管理構造は解消できていないと思うので、私の理解は根本的には間違っていないのではないかという気もする。
 また、わたくしの中国観にかなり影響していると思うのは高島俊男氏の「中国の大盗賊・完全版」(講談社現代新書 2004)である。これは中国の政権交代の多くは、盗賊集団が政権を倒して国家を簒奪することでおこなわれてきたということを主張している。毛沢東の政権奪取もその驥尾にふすものだという主張が味噌になっている。
本当にその通りなのだろうと思うのだが、多くの山賊たちが掲げたスローガンは配下のインテリに作らせた単なる飾りにすぎなかったのに対して、中華人民共和国の場合は、山賊の首領である毛沢東自身が大インテリであったということで(但し、西洋的教養ではなく、生粋の伝統的中国文化人・・高島氏)、教養人がトップになると恐ろしいことになる典型的な事例なのだろうと思う。ついでに言えば、スターリンも大教養人だったらしいし、ポルポトもまた。

 高島氏が引いている毛沢東の詩(詞・・ツーというらしい)を紹介してみる。

北方の風光、
千里、氷はとざし、
万里、雪は舞う。
長城の内外を望めばただ茫々。
大河の上下は、
突如その流れを止めた。
(中略)
山河はかくのごとく魅力にあふれ、
無数の英雄がこぞってひざまづいた。
惜しいかな秦始皇・漢武帝は詩文を解せず、
唐大皇・宋太祖も風雅に劣る。
一代のわがままもの、
ジンギスカンは、
弓を引いて大鷲を射落とすことしか知らぬ。
みな過去のひととなった! 文雅の人物は、
やはり今日を看よ。

 最後の一行を高島氏は「それはほら、きみの目の前にいる男を見てほしい。」という意としている。
実に気宇壮大でいい詩である。問題はこの大教養人がマルクス主義を本気で信じていて、そのため、1500万〜5500万人が死亡したとされる「大躍進政策」とか、2000万人が死んだとされる「文化大革命」を引き起こしたことである。
 それから、大きな声ではいえないが、自分には、北方謙三氏の「三国志」も少し影響しているような気がする。塩を運ぶ道とか・・。基本的に北方氏のこの本は全共闘世代の挫折のうっぷんをフィクションの世界で晴らそうというものであったと思うが・・・
 それに浅田次郎氏の「蒼穹の昴」、これ本当に凄い小説。科挙の制度とか宦官とか、歴史解説書などの何十倍もよくわかる。

 さて、上記のような理解だから、「宋朝以降の中国の伝統王朝は「もともと新自由主義的な社会」だった」といわれてもピンとこなかったのだと思う。
 高島氏によれば、中華人民共和国を作るのに何より貢献したのは日本である。蒋介石の国民党との直接対決ではまったく勝ち目はなかった中国共産党は、日本がでてきて蒋介石と闘ってくれたので漁夫の利をえることができた。
 高島氏による、ごく簡略化した中国の近代史。
911年:辛亥革命。清が倒れ、
1912年:中華民国ができ、孫文が大統領になる。しかしわずか2ヶ月で袁世凱に追われる。
1916年:袁世凱が死ぬ。その後は、群雄割拠で軍閥時代が続く。
1919年:孫文が日本から中国に戻って中国国民党をつくる。これもソ連の援助を受ける。
1921年:中国共産党ができる。ロシア革命の4年後。ソ連の工作による。それは北京大学の当時の最高級知識人の集団だった。
 当初は国民党も共産党ソ連の傀儡で仲はよかった。
1924年:国民党と共産党が合併。毛沢東も国民党に入り、幹部となる。
1926年:孫文の後を継いだ蒋介石が北伐を開始。
1927年:蒋介石は国民党から共産党員の追い出しを始め、南京に「国民政府」を樹立。・・・
 さて、その先がいよいよ毛沢東なのだが、高島氏の本では、その辺りの記述が50ページほどもあるので、わたくしにはそれを要約する根気がない。関心のある方は直接、高島氏の本にあたっていただければと思う。
 273ページに「毛沢東という人は「体が丈夫で、頭がよくて、意志が強くて、・・「乱」の好きな人」とある。歴史上の英雄豪傑はみなそうなのだろうが、とにかくボルテージが高い人。毛は湖南人であるが、湖南人はトウガラシが大好きなのだそうで、毛も大好き。で、トウガラシを食わないと強い革命家にはなれないぞ、といってみなに薦めていたそうである。毛が海外留学を断念したのもパリやベルリンにはトウガラシがないときいたからだとか・・。(←本当かしら?)

 さて、ようやく高島氏の本を離れて、本文に戻る。

池田:2019年1月の武漢のロックダウンを見て、近代的な人権概念のない中国だからできると思ったが、その3月からイタリアをはじめとして、多くの欧米諸国がロックダウンに追い込まれていった。西洋近代の人権概念がゆらぐように見えた。
那覇:ヨーロッパではまきかえしもあったが、中国は22年3月に上海でのロックダウンにまで進んだ。
池田:宋朝になって「科挙官僚制」ができた。日本は「国民が政府を信じていない」という点では中国に近い。これは、日本の場合は、国民が法を超える「空気」(山本七平)で統治されているから。
那覇:日本人にとって中間集団こそが世界のすべて。国家とはなるべくかかわりたくない。
池田:鎌倉時代に、武士の家を「緩く束ねるだけ」のあり方が統治機構のモデルとして定着した。江戸時代のシステムはその完成形。
那覇英米法の国では憲法なんて、要は国民と政府の間の「契約書」にすぎない。
池田:それが成立するためには「強い個人」の概念の確立が必要。
那覇:今の中国の問題は、「恣意的な裁量」に全面委任されていること。
池田:今の日本では原発の新設はほぼ不可能であるが、中国は2030年までに原発を100基運転する予定で世界最大の原発大国になるとされている。(今のところはまだ石炭火力に依存だが・・)
池田:ⅭO2削減に寄与するのはEⅤではなく、ライドシェア。
池田:日本の輸出入の四分の一は中国が占めている。

 昨今の天変地異の時代に、原発100基も作って大丈夫なのだろうか? しょっちゅう中国からはダムが決壊寸前というニュースが流れてくる。
 さて、ここで山本七平氏の名前が出てくるが、それは日本を論じる場合にどうしても氏の論が外せないからだと思う。
 しかし昔どこかで読んでびっくりしたのだが、丸山真男氏は山本氏の本を一冊も読んだことがなかったそうである。氏にとってはアカデミーのなかにいる人だけが論ずるに足るひとであって、在野のひとなど眼中になかったのであろう。そうすると渡辺京二氏などもまったく視野にははいっていなかったのだろうか?

 山本氏の日本論は何より氏の軍隊体験から生まれたのだと思う。司馬遼太郎氏の論もまた。
 山本氏の「私の中の日本軍」に「浅間山荘銃撃戦」の話がでてくる。氏はいう。「あれは「戦い」でも「銃撃戦」でもない。戦場なら五分で終わり、全員が死体になっているだけである。今ならバズーカ砲、昔なら歩兵砲の三発で終りであろう。一発は階下の階段付近に打ち込んで二階のものが下りられないようにし、二発目は燃料のあるらしいところに撃ち込んで火災を起させ、三発目は階上に打ち込む。・・・しかしこの「戦い」?を赤軍派の方は「権力に対して徹底的に戦い」「その戦いを全世界に知らしめた」とする。権力側が「殺さぬよう」に手を抜いただけなのに・・。安田講堂攻防戦もまた同じであろう。
 砲弾3発でどこにどのように打ち込むかまで山本氏が書いているのにはびっくりである。それは氏が実際の戦地での戦争をわが身で経験しているからである。しかし赤軍派の愚は日本軍の愚の繰り返しなのだと山本氏はしている。
 少し前にとりあげた佐藤・池上両氏の「日本左翼史」がどこか薄っぺらい感じがするのは、実際の生身の人間がおこなう血が通う「政治」と紙の上だけので頭の中だけの「政治」が区別されず、むしろ頭の中の政治に比重が傾きがちであることによるのではないかと思う。
 日本には「強い個人」が確立していないということがよく指摘されるが、強い個人はまとまるはずはなく、めいめい勝手に好きなことを主張するだけである。そういう存在が習近平氏が率いる強権国家に勝てるはずはないと思う。
もしも人類の歴史がもう少し続くとすれば、西欧近代というのはあるいは歴史のなかで一時的におきたささやかなエピソードとして記載されることになるのかも知れない。

 最後の第6章は「提言」- 日本の未来も「長期楽観」」でと題されている。
 本当に楽観でいいのかしら?

池田信夫 与那覇潤 「長い江戸時代のおわり 「まぐれあたりの平和」を失う日本の未来」(4) 環境―「エコ社会主義」に未来はあるか(ビジネス社 2022年8月)

 池田;ウクライナ戦争は長期的にはエネルギー政策に大きな影響を与えると思われる。欧州の電力はロシアの天然ガスへの依存を強めてきていたので、プーチンは欧州は強く出られないと踏んでいた可能性がある。今度の戦争で欧州は脱原発や脱炭素化を維持できなくなる。
 与那覇:日本の左派は2011・3・11以来一貫して原発ゼロを掲げている。しかし欧州ではⅭO2を減らすためには原発容認という動きがあり、今度のロシアからの天然ガス供給減でそれが、加速する可能性がある。
 池田:1997年の「京都議定書」で先進国のⅭO2削減目標を定めたが、欧州8%、アメリカ7%、日本は6%となった。しかしそれにはからくりがあって、この削減の起点が90年になっている。旧東欧圏は老朽化した工場から大量のⅭO2を排出していた。それを建て替えることで、すでに1997年までには8%の目標は達成できていた。これを思いついたのは当時ドイツの環境相であったメルケルさんらしい。議定書締結当時の日本のお役人は「目標は達成できないが、できたように見せるのが我々の仕事」と言っていたのだとか。(中国やロシアから削減枠を「買った」。)
欧州のエコ派は途上国は発展せず、今のままでいろと言っているようにみえる。
 池田:東京の気温は20世紀に3度Ⅽ上がっているが、このうちの2.3度は道路の舗装などの「ヒートアイランド現象」による。東京は今世紀末までにさらに2度あがるけれども、これは今の福岡になるだけ。
 与那覇:最近、妙に大型の台風が来たり、ゲリラ豪雨が増えたことを温暖化と結びつける人がいる。
 池田:IPⅭⅭはそれを断定はしていない。本気で脱炭素を目指すと毎年4兆ドルかかるという試算がある。これは世界のGDPの5%。これよりは「インフラ整備」のほうがはるかにコストがかからない。
 2019年のⅭOP25ではグレタ・トウーンベリが国連主催の会場で正式に演説したが、21年のⅭOP26では  会場にもいれてもらえず、外でデモ隊と叫ぶだけだった。極左化して国連にきられた。
 冷戦期の過去が正しく伝わっていないのは深刻な問題。チェルノブイリ原発事故の後も周囲住民の発癌は増えていないし、原子力の技術革新も日本では知られていない。

 ここら辺の話題についてわたくしはまったく無知な門外漢だけれど(ロシアが天然ガス大国であることも、欧州が大幅にそれに依存していたじとも知らなかった)この本を読む限り、原発反対という運動は、全然あさっての方向を向いていることになるらしい。
 「平和憲法をまもれ」以外の左の方々の錦の御旗が「日本は世界で唯一の被爆国」というもののように見える。以下は占領軍の巧妙な言論操作によるものかと思うが、原爆はアメリカが投下したものではなく、日本がおこしたおろかな戦争を懲らしめるために天誅としてなぜか空から降ってきたとでもいうような感じである。「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」という文言はどう考えても変で、「過ちを繰り返す」の主語はわれわれ日本人としか読めない。
 わたくしは広島・長崎への原爆投下に感謝している日本人は少なくないのではないかとひそかに思っている。「アメリカが原爆を投下してくれたので、われわれはようやく愚かな戦争をやめることができた、ありがとう」とでもいうような。

 戦後の核兵器に反対する運動は、1954 年 3 月のビキニ環礁付近でのアメリカの水爆実験によって大量の放射性降下物をあびたマグロ漁船の第五福竜丸の乗組員全員が急性放射線症に罹患し、うちの久保山愛吉さんという方がその年末に亡くなったことから始まった。しかし、その死因は肝炎だったという話をきいたことがある。放射線障害の治療のため大量の輸血を受けたらしい。肝炎ウイルスもみつかっておらず、輸血後肝炎が多発していた時代である。十分ありうることのように思うが、久保山さんは被爆により亡くなったことになっている。
 この事件により、原水爆禁止運動が始まり、原水爆禁止日本協議会が設立されたが、59年安保をめぐり保革が対立し、保守層が離脱したのだそうである。わたくしは、当初この運動に保守系も参加していたことを知らなかった。
61年にソ連が核実験を再開すると、これに反対すべきかどうかをめぐって、今度は革新陣営内でも対立が起こり、63年に分裂する。共産党系の原水爆禁止日本協議会原水協)、社会党・総評系の原水爆禁止国民会議原水禁)である。
 わたくしは原水協原水禁の対立は単なる政治運動路線の違いの結果であって、核兵器に反対する視点からのものとはまったく思ってはいなかった。要するにソ連をどう見るか?
 また原発反対の運動も、被爆国としての「原子力アレルギー」を利用した政治運動であって、本気で原発反対と思っているわけではないと思っている(要するに、今後の日本のエネルギー問題などは一切念頭にない。だから今度のウクライナの事態を受けて、今後のエネルギー供給の選択肢の一つとして原子力を考慮せねばならない事態になると「原発反対運動」も重大な岐路にたたされるのではないかと思う。

 池田氏の東京の気温と福岡の気温の論は無茶であると思う。並行して、福岡の気温も上がるのである。さらに赤道地帯も。
 わたくしも与那覇氏のいうように、最近、妙に大型の台風が来たり、ゲリラ豪雨が増えてきたりしているのは、温暖化と関係があるのではないかと思っている。(少なくとも関係ないとは言えないだろうと思う。)
 わたくしはグレタ・トウーンベリさんという人が嫌いで、最近あまり見なくなったのをうれしく思っている。正義漢ぶっている人間は嫌いだし、大人に利用されているだけということに気づかない頭の悪さも嫌いである。要するに、こましゃくれた子どもは嫌い。

 さて、CO2対策はどうしたらいいのだろう? わたくしにはとんと思いつかない。しかし、そもそもあらゆることに対策があると考えること自体が人間の傲慢であるはずで、われわれの周りには人間の力ではどうしようもないことはいくらでもある。
 多分、地震を起こさなくすることは不可能である。原発事故も地震でおきた。福島の原発は日本でも初期のもので、なにからなにまでアメリカからの輸入のもので、アメリカは設計の変更を一切ゆるさなかったらしい。アメリカの天災といえばハリケーンである。それは上からくる。だから大事な設備はなるべく地下におく。日本では地震津波である。津波は下を襲う。それで地下にあった電源設備がやられ、電源が喪失した。
 しかし、こういう話はおそらくすべて後知恵である。

 あらゆることに対応することは不可能であるとすると、人事を尽くして天命を待つというのも一つであるかもしれない。出来る限りのことをするが、それが及ばないことについてはあきらめる。
 これは、「悠然と滅びていく」という方向も一つの選択肢とするということである。人間はいくら死ぬのがいやだといっても必ず死ぬ。(人間五十年 下天のうちをくらぶれば、夢幻の如くなり・・)
 人間は現在の生態系に適応して進化してきた。恐竜もある時、環境の変化についていけず滅亡した。地球上から人間がいなくなっても地球はびくともしない。人間よりはるかにタフな動物もたくさんいて、気温が5度上がるくらいではびくともしないものも多くいるはずである。

 そもそも人間がいなくなれば、ⅭO2排出問題はなくなるのである。(でもないのかな? 産業が排出するⅭO2以外にも動物の呼気にもⅭO2は含まれる。)

 何だかわけわからなくなってきたので、ここまでにして、次の第五章は「中国―膨張する「ユーラシア」とどう向き合うか」 どう向き合えばいいのだろう? あまり向き合いたくないな(笑)

池田信夫 与那覇潤 「長い江戸時代のおわり 「まぐれあたりの平和」を失う日本の未(3) 経済―「円安・インフレ」で暮らしはどうなるのか」(ビジネス社 2022年8月)

 与那覇:岸田氏が宰相就任時「新自由主義との決別」といったのはびっくりした。
 池田;7年半も続いた第二次安倍政権(2012-2020)は「新自由主義」ではない。
 与那覇:「アベノミクスの三本の矢」とは、1)リフレの理論によった金融政策。2)財政政策・・すなわち公共事業による景気刺激策。3)規制改革・・これは「新自由主義」に少し近いかもしれない。
 池田:しかしアベノミクスでは3)はほとんどなにもおこなわれなかった。「働き方改革」も労働組合厚労省の抵抗で、逆に規制強化になった。2)の「財政政策」も「大きな政府」で新自由主義とは正反対。安倍さんの本質は祖父の岸信介の血をひく国家社会主義者。
 与那覇:岸―安倍の系譜は一種の「国家万能論」でありパターナリズム
 池田:さて最近の「MMT」(現代金融理論・現代貨幣理論)が問題。これは山本太郎のような極左が掲げるトンデモ理論のはずなのに、右にも受ける(例:高市早苗氏)のは、右も左も市場経済に委ねる気がないから。
 今後の日本の課題は「雇用」ではなく(失業率は低い)、「生活水準」の維持。
 今の日本はグローバルな大企業につとめているひとのみいい思いをする構造になっているが、それは人口の一割。
 池田:日本経済を「貿易立国」とみる見方はもはや実態にそくしていない。ユニクロは中国で生産するが、日本に輸入するだけでなく、中国でも売っている。これは中国で売るものでもいったん日本に輸入して日本製のラベルをはっていたから長くその実態がみえなかった。
 アップルは1990年代にアメリカの工場をすべて売却して、生産を中国に移した。しかし日本では定年近い社員の首をきれないため、古い工場のみが日本に残った。雇用の流動化という声は日本では実現しなかった。岸田氏の「新しい資本主義」、結局昔ながらの「古い日本型資本主義」の延命の試みに過ぎない。
 与那覇網野善彦が1978年に書いた『無縁・公界・楽』という名著がある(平凡社ライブラリー)。そこで網野氏は最後のほうで「家」もアジール(避難所)として機能している、としている。
 池田:正社員として雇ってもらうことを「駆け込み寺」(アジール)と感じる日本人は多いかも知れない。安倍さんが「非正規という言葉をなくしたい」といったのも、そういう方向かもしれない。しかしパナソニックソニーの雇用はすでの8割以上が外国人。
 与那覇:保守の政治家は「日本人には日本独自のやりかたがある」という話が好き。
 池田:アメリカでも「工場を国内に戻せ」というトランプが一定の支持を受ける。しかし日本の戦後の経済成長モデルはすでに崩壊している。・・・

 経済音痴のわたくしとしては、ここに書かれたことの大部分を理解できていないと思うが、安倍さんが「アベノミクス」などと言いだした時、それが「美しい日本」という方向という方向とあまりに異なるように見えて驚いた。わたくしは安倍さんの「美しい国」というのは、「我が臣民 克く忠に 克く孝に 億兆心を一にして 爾臣民 父母に孝に 兄に友に 夫婦相和し  朋友相信じ・・・」という方向だと思っていたので、経済学というような倫理をこえた実利の学問には関心がないものと思っていた(もちろんブレーンはいるのだろうが)。
 岸―安倍の系譜は一種の「国家万能論」でありパターナリズム、というのはその通りだと思うのだが、アベノミクスがいわれだしたころリフレ派という話も聞こえていたので、すこし勉強したことがある。要するに人為的にインフレを誘導することは可能で、マイルドなインフレ状態が一番いい経済状態であるというようなものであるように思った。それに反対するひとは、インフレをコントロールできるなどというのは甘い。ハイパーインフレになったらどうする・・、というようなことだったように思う。
 黒田日銀総裁の「物価目標2%、達成期間2年、マネタリーベースを2倍」というのもその路線なのだろうが、ハイパーインフレどころか、一向に物価は上がらなかった。人文科学のなかでは一番学問の体裁を整えているようにみえる経済学も、ギリシャ文字式(クルーグマン・・・この人もお札を刷って、刷って刷りまくれ派のように思う)で、一見、高等数学を駆使しているようにみせてひとを煙にまいているだけで、内実はまだまだなのではないかと思う。

 「MMT」というのはよく知らなかった。
 国は発行する国債に買い手がいる限りは、いくら借金をしても大丈夫、だから年金も破綻しないというような話だと思う。これの正否もまたわたくしにはわからない。
 今後の日本の課題は「雇用」ではなく(失業率は低い)、「生活水準」の維持。なぜなら、たった一割のグローバル大企業につとめているひとのみいい思いをする構造に日本はなっているのだから。しかし全員が貧乏ならいいとするひとも多いように思う。貧しいひとを引き上げるのではなく、豊かなひとの足を引っ張るという方向。

 池田:日本経済を「貿易立国」とみる見方はもはや実態にそくしていない。ユニクロは中国で生産するが、日本に輸入するだけでなく、中国でも売っている。これは中国で売るものでもいったん日本に輸入して日本製のラベルをはっていたから長くその実態がみえなかった。それが実態をみえなくしていた。このあたりはよくしらなかった・ユニクロというのもよくわからない会社である。
 アップルは1990年代にアメリカの工場をすべて売却して、生産を中国に移した。しかし日本では定年近い社員の首をきれないため、古い工場のみが残った。雇用の流動化という声は日本では実現しなかった。現在の雇用の維持である。岸田氏の「新しい資本主義」は結局昔ながらの「古い日本型資本主義」の延命の試みに過ぎない。そうなのだろうと思う。
 網野善彦氏の『無縁・公界・楽』1978年(平凡社ライブラリー)は昔読んだ時本当に驚いた。学問というのはこういうものだと思った。しかし最初の部分の印象があまりに強烈だったので(「エンガチョ」)、最後のほうはあまり記憶に残っていなかった。たしかに、池田氏のいうように「正社員として雇ってもらうことを「駆け込み寺」(アジール)と感じる日本人は多い」かも知れない。

 与那覇氏のいうように、保守の政治家は「日本人には日本独自のやりかたがある」という話が好きなのかもしれない。高度成長期「世界の経営者よ、日本に日本的経営を学びに来い!」といっていた頃がその絶頂だったのかも知れない。
 池田氏がいうように「日本の戦後の経済成長モデルはすでに崩壊している」のだとすると今後の日本は絶望的である。
 わたくしは「坂の上の雲」と「坂の下の沼」の二つの時代(天谷直弘「ノブレス・オブリージ」 PHP研究所 1997年)を経験したのかもしれない。天谷氏は通産官僚で戦後の「坂の上の雲」の時代の日本の産業の勃興を牽引したかたである。その本には、「さらば町人国家」という論文も「さらば玉虫色憲法」という論文とともに収められている。
 ここでは「さらば玉虫色憲法」という論文(1993年)を見てゆくことで、本稿を閉じることにしたい。

 「敗戦国日本にとって誂え向きの憲法が、奇跡的に占領軍から配給された。」これが「占領軍の日本国民に対する好意に起因するものでないことは、言をまたない。」アメリカが「日本の経済的疲弊が続くならば、日本が共産主義の温床となることをおそれた」からである。「吉田首相は、降ってきた幸運を素早くつかまえた。「吉田・池田路線」による日本経済の高度成長は、国民から歓迎された。」その路線の根底に「憲法」があった。その時代において「憲法」はよい憲法だった。」
 しかし、冷戦がおわり、「日本は国際社会の味噌っかす」ではいられなくなった。
 「敗戦時には想像だにできなかった世界最大の経常収支国家になった。金儲けだけの「町人」ではいけなくなった。しかし日本が示すべき理念としては、「日本国憲法」しかない。だが、憲法をいたずらに神聖視するのは論理の錯誤である。
 社会党の護憲論は「極楽とんぼ」である。なぜそうなったのかと言えば、ソ連を彼らがどうみていたかに起因する。社会主義の祖国ソ連を敬愛し、社会主義こそこの世に真の平和と正義をもたらすものと固く信じた。しかしこのようなことを信じている政治家は日本以外にはもはやいない。
 日本が戦後の平和と繁栄を享受できたのは憲法9条があったからではなく、日米安保体制があったからである。

 日本共産党がいまだに本気で憲法第9条をまもれと思っているのかどうかはわたくしにはわからない。あるいは一度もそんなことを信じたことはなくて、ただ革命成就のためにはそれがあったほうがいいと思っていただけかもしれない。現在では革命などということを真剣に信じている共産党員などまずいないのではないかと思う。
 社会党立憲民主党の方々はどう思っているのかもわからない。もはや唱えるお題目がそれしか残っていないのかもしれない。
 おそらく社会主義ノスタルジアを持つ人が少なからずいるわれわれ全共闘世代がいなくなれば、社会党共産党は消滅するのかもしれないが、そのあとに残るのが「美しい日本」などといっているひとだけになるのも非常に困る。
 この天谷氏の論をよむと、結局戦後の日本を規定したのは占領下 Japanの時代の様々な施策であって、独立後の日本がそれに代わる大きな別の方向を提示したことはまずないように思う。なにしろ、社会党共産党が「憲法をまもれ」なのである。

 日本での思想とか経済とか政治というのは、西欧渡りのもので、「自由」とか「民主主義」というのも日本ではあちら噺の域をでず、「西欧啓蒙思想」という方向がまだ充分には根付いていない。
 どうも毛唐は嫌いと思うひとが保守の側にも多い。それは「長い江戸時代」のためかもしれないが、そもそも「お上」という江戸時代から(あるいはもっと前から?)の伝統が日本を蝕んでいるということなのではないかと思う。

 日本は、まだまだだと思って「坂の上の雲」をみあげて、なんとか追いつこうと健気な気持ちでいるうちはいいが、もう追いついたと思って傲慢になると「坂の下の沼」に転がり落ちることをくりかえしているように思う。明治→昭和前期→戦後→バブル期からその崩壊・・。
 もう一度「坂の上の雲」をみあげて進む時代がくることがあるのだろうか? そう信じている日本人はもうほとんどいないように思うのだが。

 次は第4章 「環境 - 「エコ社会主義」に未来はあるか