医療関係

里見清一「医学の勝利が国家を滅ぼす」

新潮新書 2016年11月 これは昨年の「新潮45」11月号に書かれた「医学の勝利が国家を滅ぼす」を中心に、そこでの論旨を展開したものである。この「新潮45」11月号の論に関しては、すでに昨年10月21日のブログで感想を書いている。 そこでの…

斎藤環「人間にとって健康とは何か」

PHP新書 2016年5月 斎藤氏はひきこもりに関する著作はいろいろと教えられるものがあるのだが、「戦闘美少女・・」という方面はいたって苦手で、ちょっと東浩紀氏に似た印象のかたである。こちらは精神分析が苦手でましてやラカンなどというのは敬し…

R・クーパー「DSMー5を診断する」

日本評論社 2015年2月 DSMとはアメリカ精神医学会が出版している「精神疾患の診断・統計マニュアル」のことで、「DSMー5」は、その第5版をさす。第1版は1952年に出たがほとんど読まれなかった。1968年の第2版もあまり注目されなかった…

R・クーパー「精神医学の科学哲学」

名古屋大学出版会 2015年6月 最初は面白く読んだいたのだが、段々と違和感を感じるようになった。その理由なども考えながら、以下少し書いてみたい。 わたくしの感じる違和感の一番の原因は著者のもっている、言葉あるいは定義というものへの過度のこだ…

石井均「病を引き受けられない人々のケア」

医学書院 2015年2月 著者は現奈良県立医科大学糖尿病学講座教授。本書のタイトルはかなり漠然としているが、病とは糖尿病のことであり、糖尿病の治療において、患者さんがしばしばドロップしてしまったり、治療に非協力的になることについて、広い意味…

H・G・ウェルチ「過剰診断」

筑摩書房 2014年12月 副題の「健康診断があなたを病気にする」はややミスリーデングで、健康診断の問題だけではなく、原題の「Overdiagnosed」の通りでオーヴァーに診断された人の問題をあつかっている。原著は2011年に刊行されているとのこと。 …

北中淳子「うつの医療人類学」(終)第9章「ローカル・サイエンス、グローバル・サイエンス」

この章が最終章で、本書の結論部分である。 1)日本ではうつを「バイオロジカルな疾病」として捉えるのだが、それでもそれが「生物学的還元主義」を必ずしも意味しない。そのことによって、うつについては多様な見方が存在しうる方向が開かれている。 2)…

北中淳子「うつの医療人類学」(6)第7章「「労働科学」の新たな展開」

もともとわたくしがこの方面に否応なしに関心をもたざるをえなくなったのは、数年前から産業医療の分野にかかわることになり、それまで持っていた古典的なうつの知識だけではまったく対応できない状況にすぐに直面することになったからである。 そして本書を…

北中淳子「うつの医療人類学」(5)第5、6章「鬱、ジェンダー、回復1、2」

第5章と第6章はジェンダーの問題をあつかっていて、第5章が男性、第6章が女性を論じている。 うつ病は欧米では長い間「女性の病気」とされてきた。典型的には子どもが巣立った後に感じる空虚感である。ファミニストはうつ病は女性がおかれた社会的状況の…

北中淳子「うつの医療人類学」(4)第4章「「精神療法」と歴史的感受性」

20世紀北米では精神分析がさかんで、うつ病の治療も精神分析によるものが主流であった。身体は精神によってコントロールされるべきと考えられてきた。しかし1993年長年抑鬱になやみ精神療法で改善していなかった人々がプロザック(SSRI)をのむこ…

北中淳子「うつの医療人類学」(2)第1章「意志的な死」を診断する 第8章 自殺論

西洋においては、その宗教の伝統により、自殺は重大な罪であった。その中において自殺を脳の異常によるとする精神医学による「医療化」はある種の救済をもたらした。 一方、日本では、自殺は「死の作法」あるいは「意志的行為」として賞賛の対象にすらなった…

北中淳子「うつの医療人類学」(1)「序章 うつと自殺の医療人類学」

日本評論社 2014年9月 著者は医療人類専攻のひと。医療人類学は「病や死、苦しみに関する文化を考察する学問」ということらしい。病気というものは、医学の見地からみれば世界に普遍的なものであるはずで、その治療法についてもどこでも共通のものがあ…

山本勲 黒田祥子「労働時間の経済分析」

日本経済新聞出版社 2014年4月 わたくしが産業医をしていることから読んだもので、そのため長時間労働の健康にあたえる影響という部分を中心に読んだ。したがって、必ずしも全体の論点に目配りしているわけではない。 産業医のかなり大きな仕事に「長時…

S・ムカジー「病の帝国「がん」に挑む」(4)

がんに対する「戦争」を先導し、その運動の伝道師となったファーバーは1973年に死んだが、この時期はがんの歴史の亀裂と論争があわらになった年でもあった、新薬の開発は停滞し、学会は論争の場となった。外科医、放射科医、化学療法医がたがいにあらそ…

S・ムカジー「病の帝国「がん」に挑む」(3)

がんの局所治療としての手術の延長としての拡大手術に限界があるとすると、もしも癌が全身性の病気であるとするならば、別の全身療法が必要となる。 まずX線。1895年、X線が発見される。そのすぐあとにウランが不可視の光線を出していることも発見され…

津田敏秀「医学的根拠とは何か」(6)終章「医学部の”開国”を」

津田氏は、本書で「日本の医学界において、医学的根拠とは何かという整理が行われず、医学本来の人間を対象とした研究がほとんど行われていないことを示してきた」という。「水俣病や薬害事件などの日本の保健医療領域の数々の大惨事は、数量化の知識をまっ…

津田敏秀「医学的根拠とは何か」(5) 第4章「専門家とは何か」

ある大学医学部の研究室で、教授が医学生に対して「いまどき分子メカニズムの研究でないと医学博士が取れない」と発言したという話からはじまる。津田氏は「分子メカニズムの研究でないと医学論文を書けない」などというのは嘘で、「人間の病気についての査…

津田敏秀「医学的根拠とは何か」(4)第3章「データを読めないエリート医師」

a)福島原発事故 本書で繰り返し批判される100ミリシーベルト以下の被爆では発がんリスクなしとの議論を再度とりあげている。こういう主張をするひとは広島・長崎の疫学調査で100ミリシーベルト以下の被爆のものに有意の発がん率の上昇がみられなかっ…

津田敏秀「医学的根拠とは何か」(3)第2章「数量化が人類を病気から救った」

a)ジョン・グラント(1620〜1674) 貿易商であるグラントは趣味としてロンドンの地区ごとの出生や死亡を集計し、死因を分析し、週ごとに報告した。それによりペストによる死亡が不規則におきる(他の慢性疾患による死亡は規則性をもっていた)こと…

津田敏秀「医学的根拠とは何か」(2) 第1章「医学の3つの根拠」

前回の(1)でみた放射線の発がんの閾値の問題で、二年前に読んだ中川恵一氏の「放射線のひみつ」を読み返してみた。100ミリシーベルトの説明として以下のように書いてあった。「人体に影響が生じはじめる(発がんリスクの上昇がわずかに認められる)放…

津田敏秀「医学的根拠とは何か」(1)序章「問われる医学的根拠」

岩波新書 2013年11月 最初の方に、先輩医師にこういう本を書こうと思っているといったところ「おまえ殺されるぞ」と忠告されたと書いてある。冗談まじりとはいえ、とはしているが、確かにその心配はある。村八分くらいにはなりかねない。 要するに日本…

S・ムカジー「病の帝国「がん」に挑む」(2)

葉酸拮抗剤が白血病治療に試験的に投与された1947年前後は医学の歴史の転換点であった。まず抗生物質。ペニシリンは1950年のはじめには量産されるようになっていた。ペニシリンに続き1947年にはクロラムフェニコール、1948年にはテトラサイ…

S・ムカジー「病の皇帝「がん」に挑む」(1)

早川書房 2013年8月 購入したときの覚え書きに「近藤誠さんと正反対の立場の本であろう」というようなことを書いたが、まったく間違いではないにしても、かなり違っていた。若手の腫瘍内科医が書いているということだったので、確かに以前は抗がん剤の…

堀井憲一郎「江戸の気分」

講談社現代新書 2010年 最近、堀井氏の本をいろいろ読んでいておもしろいので、いくつか感想を書いていきたい。まずはじめはこの本から。理由は医療のことが書いてあるから。 第1章「病いと戦う馬鹿はいない」 昔はイノシシの肉、うなぎ、卵は薬だった…

計見一雄「戦争する脳」(6)

終章「日常と戦争」 ここでは現代の戦争は、日常と戦争との境目が消失してきているということがいわれている。宣戦布告してはじまる戦争といった古典的な戦争はもはや過去のものとなり、テロのようなある日突然巻き込まれるといったものとなってきている、と…

計見一雄「戦争する脳」(5)

第4章「戦陣戦争医学」 第二次世界大戦中にパットン将軍による「殴打事件」というのがあった。パットン将軍が野戦病院を見舞った時、外傷のみとめられない兵士に「どこが悪いのか?」と聞いたところ、「どうも精神のせいらしいです」と兵士が答えたのに激怒…

計見一雄「戦争する脳」(4)

第3章「兵士の肉体性」 今時大戦の日本軍の場合、「兵士が肉体を持つ」という事実が否認されていた。日清・日露のころからそうだったはずはない。そうであればあの戦争ができたはずはない。昭和になり、戦争が激化し、厳しくなってくるとそうなってきた。肉…

計見一雄「戦争する脳」(3)

第2章「ラムズフェフド氏の見事な戦争」 この本は2007年末の刊行なので、論じられるのは2003年のイラク戦争で、「見事な」というのはバグダッドの陥落まで。「あっという間に敵の組織的戦闘能力を破壊」し「味方の兵の損耗はわずか(百数十人、敵は…

計見一雄「戦争する脳」(2)

第1章「否認という精神病理現象」 著者の計見氏は精神科救急という火事場のような第一線で仕事をしているひとだが、意外なことに最初は精神分析のほうから精神科医療をはじめたかたらしい。それで本章にはかなり精神分析的な見方を感じる部分がある。 計見…

計見一雄「戦争する脳」(1)

平凡社新書 2007年 「戦争する脳」といっても人間が好戦的であるという話ではない(そういうことが否定されているわけでもないが)。 著者が生まれたのは1934年昭和14年で、生まれる2ヶ月前にナチスドイツがポーランドに侵攻している。終戦が6歳…