第9章.死の周辺

 
   第9章.死の周辺
 
 玉の緒よ絶えなば絶えねといひながら
      今はといへばまずお断り
 
 言うまでもなく、式子内親王
 
 玉の緒よ絶えなば絶えねながらへば
      忍ぶることの弱りもぞする
 
 をふまえた狂歌。昔、吉田氏の薦めで読んだ矢田挿雲氏の「江戸から東京へ」で見つけたもの。今パラパラと捜しても見つからないので、誰の作かわからない。歌もうろ覚えなので、少し違っているかもしれない。次はなだいなだ氏の「江戸狂歌」で知ったもので、作者は手柄岡持。
 
 死にとうて死ぬにはあらねど御年には
      御不足なしと人の言うらん
 
 そういうものであろう。いつ死んでもいい、少しも怖くない、などというのは何となくいんちき臭いものである。(そうかと言って、とにかく死ぬのが怖い。死ななければ、生きているならばそれで良い、というのも、何となく変な態度であるが。)
 今の日本では、生まれるのも死ぬのも、ほとんどが病院の中での出来ごととなっている。それに対する批判を最近しばしば目にするが、自宅での出産が望ましいか、自宅での死が望ましいか、それは簡単には言えない。批判するものは、例えば、死が大部分、病院の中での出来ごとになったことは、われわれが死から眼をそむけるようになっていることの反映である、と主張する。大部分の出産が病院の中で行われるようになったからといって、われわれが生命の誕生から眼をそらすようになっている、とは必ずしもいえない。同様に、死についても事情はそれ程単純なものではないとは思われるが、死がどこで看取られるにしても、われわれが死を日常の場からなるべく遠ざけるような態度をとるようになっているのは事実であると思われる。
 死は以前はもっとわれわれにとって当り前のものであった。死という、謂わば人間にとって(そして動物にとって、生命にとって)当然の現象を、何か異常なこと、あってはならないことのように見る現代の風潮は決して当り前のものではないのであり、現代の文明の歪みを表している、という批判がある。そういう批判の典型として、アリエスのものをあげることができる。「死と歴史」の中で、アリエスは次のように述べる。「死をなじみ深く、身近で、和やかで、大して重要でないものとする昔の態度は、死がひどく恐ろしいもので、その名をあえて口にすることさえもさしひかえるようになっているわれわれの態度とは、あまりにも反対です。それゆえに、私はここで、このなじみ深い死を飼いならされた死と呼ぶことにしたいのです。」 しかし、このような「飼いならされた死」は十九世紀のなかばから次第の消失しはじめ、代りにわれわれがもっているのは「タブー視される死」であると、アリエスは主張する。
 
 ・・・人はもはや、わが家で、わが家族の者たちのまん中で死んではいかず、病院で、しかもひとりで死ぬのです。
 病院で死ぬようになったのは、病院がもはや家では与えられなくなった手当の与えられる場所となったからです。病院はそもそも貧窮者や巡礼者のための収容所だったのですが、それがまず医療センターとなり、そこで治療がなされ、死との戦いが行われるようになりました。この治療の役割は相変らずもっていますが、ある種の病院はまた、死を迎えるのに一番よい場所と考えられ始めています。かって、病院で死ぬのは、医師が治療に成功しなかったからでした。今では治るためではなく、まさに死ぬために病院に来るようになっている、あるいはこれからそうなっていくでしょう。・・ 病院での死は、これまでに何度もふれた、死に行く者が親戚や友人の集まりの中で儀式を主宰する機会とはもはやなりません。死は看護の停止により生じる、つまり医師と看護スタッフがある程度はっきり認めた決定により生じる、技術上の現象なのです。それに大部分の場合は、死に行く者はそれよりずっと前に意識を失っています。死は一連の小きざみな段階に解体、細分され、最終的にどれが真の死であるかわからなくなっています。意識を失った段階がそうなのか、息を止めた段階がそうなのか・・・こういったいくつかの小きざみな静かな死が、死の大きな劇的行為にとって代り、それを消滅させてしまい、もうだれも、その意味の一部を失った一瞬間を何週間を待つ力も忍耐心も持たなくなっています。
 
 テレビ・ドラマなどを見ていると、何ごとか苦しげな息使いでしゃべっていた病人が急にがっくりと首を落とすと既に息が絶え、枕もとの家族がどっと泣きふす、といった場面がよくあるが、十年以上医者をやっていて、まだそんな場には一度も立ちあったことがない。それに、万一そんな場面に立ち会ったとしたら、反射的に心臓マッサージや補助呼吸を始めてしまうのではないだろうか。ハムレットは「おお、ホレイショー、これでお別れだ。激しい毒が五体の隅々まで、もう頭もしびれて。そうだ、一言、さきのことを。国王にはフォーティンブラスが選ばれよう、そうするように。それが、死にのぞんでの、ハムレットの遺志だ。フォーティンブラスにも、そう伝えてくれ。始終の仔細もな−もう、何も言わぬ」(福田恆存訳)と言って息たえるが、現代ではなかなかそう格好よくは死ねないのである。ハムレットが死ぬのは科白の後のト書に(死ぬ)と書いてあるからなのだが、それまでしゃべっていたのであるから、心電図をモニターすればまだ心臓はきっと動いているであろうし、ホレイショーも「とうとう散ってしまわれた、気高いお心も。おやすみなさい、ハムレット様」などと暢気なことを言っていないで、ハムレットを直ちに病院に運び、気管内挿管をして呼吸器をつなぎ、血管を確保して点滴で昇圧剤などを落とし、毒の切れるのを待てばよいのである。この当時のデンマークにそのような医療技術が存在していなかったのは、はなはだ遺憾なことであった。
 アリエスが述べているような「飼いならされた死」から「タブー視される死」への変化をもたらしたものは、死に対する見方の変化であるよりも、むしろ、生に対する見方の変化であるように思われる。自分の生命が単に自分の生命一個にとどまるのではなく、自分の生命よりももっと重要なものの一部であると考えられるとしたら、死はタブー視される必要はない。鎌倉時代の戦記物などを読んでいると、当時の武士は一族子孫の繁栄のために、いかに効率よく死ぬかということしか考えていないように見える。しかし、われわれは最早、一族や家の繁栄などということを自分の上におくことが出来なくなっている。そればかりでなく、自分の生命以上に価値があるものなどは何もなく、生きていることが何よりも大事であって、死んでしまえばすべてが終りである、と信じるようになっているように思われる。これが死がタブー視されるようになっている最大の原因なのである。
 現在の医療の暗黙の前提も、生きていることが何よりも大事であって、死んでしまえばすべてが終りである、そのことは万人に共通のあらためて問うまでもないことである、ということのように思われる。そして、生きているか死んでいるかということは常に判断可能であるから(アリエスに言われるまでもなく、いつ死んだかということは、はなはだ微妙な問題であって、簡単ではないのだが)、とにかく生きているならば、その状態を維持するように努力するのである。また、死んでしまえばすべてが終りなのであるから、死ぬのは厭なことであるに決っていて、患者さんがもうあと一週間の命であると思っていても、まだ五十年も生きられるというような嘘を平気でつくし、そのことは当然のことと思って何の疑問も感じない。
 
 ・・・清は玄関付きの家でなくつても至極満足の様子であったが気の毒な事に今年の二月肺炎に罹つて死んで仕舞つた。死ぬ前日おれを呼んで坊つちゃん後生だから清が死んだら、坊つちやんの御寺へ埋めて下さい。御墓のなかで坊つちやんの来るのを楽しみに待つて居りますと云つた。だから清の墓は小日向の養源寺にある。
 
 漱石「坊つちやん」の末尾である。清に「後生だから清が死んだら、坊つちやんの御寺へ埋めて下さい」といわれて、坊つちやんは「そうか、そうしてやる」と答えたに違いない。「何を気の弱いことを言うんだ。お前はまだまだ五年も十年も生きられる」というようなことは言わなかったに違いない。また「御墓のなかで坊つちやんの来るのを楽しみに待つて居ります」と言われても、縁起でもないことを言うな、とも思わなかったであろう。「坊つちやん」の時代には、まだ死は飼いならされていたのである。間違いなく、清は自分の家の畳の上で死んだものと思われる。しかし、肺炎などいうのは、入院して抗生物質をじゃんじゃん使えば、充分に治しうる病気である。今なら間違いなく入院である。勿論、とにかく生きているのが何よりも大事とすればの話であるが。
 生きていることが他の何にも代えることのできない絶対的な価値であるということについては、何となく変だという感じを、みんな薄々感じだしているように思われる。少なくとも、自分については、ただ生きている、単に長生きするということが何よりも大事とは思わない、という人は段々と増えつつあるように思われる。尊厳死協会などというものも出来てきている。しかし、自分ではなく他人にむかって、とにかく生きるということを最大の目標とするのはおかしい、長生きだけが価値ではない、ということはなかなか言いにくい。だから医療では、自分以外の人間はとにかく長生きさせようとするのである。
 吉田健一氏によれば、日本人がそのように命を惜しいと思うようになったのは、戦争中、命が惜しくないことになっていた反動である。「命が惜しいことに就て」というエッセイから引用してみる。
 
 もともと命が惜しいとか、惜しくないとかいうのは、それ自体は殆ど意味をなさないことなのであって、人間が生きていなければ人間でなくなるのは解り切ったことであり、幾ら自嘲し、人間というもの全体に愛想を付かした振りがしたくなっても、我々がやはり人間でありたいのは、これも特別に説明して置かなければならないことではない。命が惜しくないというのも同じことで、死にたいという考えが凡そ色々な時に我々の頭に浮び、我々が割に気軽に他人に向かって死んぢまえと言えるのは、この感情に我々がその程度に馴れているからである。併しながら、戦争中の後を受けて、その時代とは逆に、今日、命が惜しいということが看板に掲げられると、例えば、人間が死ななくなれば、ということは、つまり、死ななければ、やはり人間ではなくなるということが暗黙のうちに、寄ってたかって無視されるという結果が生じる。これが重大なことであるのを、どんな看板が上っていようと、否定することは許されない。お芽出たいという言葉がここで使いたくなる。戦後の日本は死の影が差さなくなった国で、・・・我々は死ぬということを考えてはならなくなっていて、その中には自分が死ぬことも含まれている。何故ならば、命が惜しいからである。・・・命を惜しむなと言われても、肝腎な時には我々の本能がそうはさせないから、まだしもこれは表面だけのことで食い止めて置ける。併し命を惜しんでどんな場合にも死ぬことを、この頃の言葉を使えば、忌避しろというのは、その本能を全く何の理由もなしに一つの教義に祭り上げるように命じることで、人間にとって本能に盲従しなければならないの程苦痛なことはない。生憎、人間というのはどんな本能でも、これを抑えることが出来て初めて自由であることを得る動物なのである。・・・
 命が惜しいということを突き詰めて行けば、・・・自分は死ななくて、従って又、人間ではないということになる。或は、人間は死ななくてもいいのだという結論に達して、何れも事実に反していることに変りはない。・・・
 例えば、人命を尊重するということがある。言論界の趣旨に従えば、これは命が惜しいのと同じことであって、誰でも命は惜しいのであり、それをなくすことなど考えられないのであるから、人間の命は尊くて、これを重んじなけらばならないことになる。併しなくすことの出来ない命などというものはないのみならず、もしそのようなものがあったならば、それが尊い訳がない。人間の命が尊いのは我々がそれを惜み、それがいつまでも続くことを望むからではなくて、それが何れは終り、又、いつ終るか解らないからである。そして又、それが続いている間、その命によってなし得ることの為でもある。というのは、それが終ることが考えられない、或は、考えたくないからではなくて、その有限の命自体が尊いのであり、もしそうでなければ、死者に対する礼というものは意味をなさない。・・・
 
 引用がこまぎれになってしまったので、吉田氏の悠々たる筆の運びが伝わらないことを恐れる。すでにここに総ては尽くされていて、何かを付け加えようとすれば野暮になるばかりであるが、それを承知で、この文に沿ってもう少し論じてみたい。
 アリエスは西欧の社会全体が死から目をそむけるようになっているという。吉田氏は日本の戦後社会にそのような傾向が顕著であるという。いずれが正しいにしろ、命が惜しいということがその社会における最大の了解事項であるといった状態が、いかに奇妙で不自然な状況を招来するかということについては、ここに吉田氏が委曲を尽くして述べているとおりである。
 何故、命が惜しいのだろうか。言うまでもなく、死んでしまえば総てが終りだからである。とにかく生きていなければ何も出来ないからである。死んだ後には何もないからである。そのことについては大方の意見が一致するのではないかと思う。われわれの大部分は、死後の世界とか霊魂の不滅とかを信じなくなっている。問題は、死後の世界とか霊魂の不滅とかいうことを信じられなくなっているということが、われわれにとって忌むべき嘆かわしい状況なのであるかどうか、ということである。人間の歴史の中では、そのようなことを信じていた時間の方が圧倒的に長い。われわれはその時もっていた充ち足りた時間を西欧近代社会の便利と引き換えに失ったのであろうか。さらにもう一つ問題がある。死後の世界が存在しないということがもはや覆すことのできない事実であるのか、それとも選択するのもしないのも自由な一つの見方なのかということである。もし事実であるのならば、人間は長い歴史の中のごく最近になってようやく正しい認識にたどりついたことになる。そして事実であるならば、それはどう動かしようもないことであって、われわれはその事実の中で生きるほかはない。しかし世の中には、それは事実であるが、人間はその事実に絶対に耐えられない存在なのだ、といった主旨のことを主張するものがある。だとすれば、人間は狂った存在である他はなくなるが、事実、そういった主張をする人達は、人間は狂った存在、狂った動物、ホモ・デメンス(錯乱人)であるという。ホモ・サピエンス(理性人)などとはおこがましいという訳である。
 人間は動物である。そして、まさにそのことのゆえに死後の世界といったものはない。勿論、あらゆる動物、あらゆる生命に死後の世界を認めるという立場はありうる。しかし、死なない生命などというのは無数にある。アメーバは分裂するたびに若返る。決して死ぬことはない。そして、あらゆる生殖が若返りであることは、あらためて生物学の教科書を読むまでもない。あなたが子供を作るならば、あなたは若返ったのである。あなたの命はそこに続く訳である。だから、人間には、そしてあらゆる動物には、死後の世界といったものはない。しかし問題はその先に続く。アメーバに自我というものがあったとしたら、分裂した後の自我というのはどうなるのだろうか。そして、あなたの息子があなたでないことは言うまでもない。誰かが息子をひっぱたいても、あなたは少しも痛くはない。あなたが子供を作って若返っても、あなたがやはり死ぬことには変りはない。だから問題は自分が死ぬことではなくて、自分という意識が死ぬことであることになる。チンパンジーが自分という意識をもっているかどうかは相当に問題であって俄には決め難い。(少なくともチンパンジーがノイローゼになることがあるのは確かのようである。それをもってチンパンジーが自分という意識を持っている証拠ということは出来ないであろうが。)けれども、自分という意識の消滅を死と意識する存在は人間だけであろう。「動物は意識的だと私は思う。しかし私はまた、動物は自我をもっていないと推測する。完全な自我意識は言語をつうじてのみ、他の人びとについてのわれわれの知識が発達したのちにのみ、またわれわれの身体の空間的広がり、特に時間的広がりをわれわれが意識したのちにのみ、睡眠によってわれわれの意識が規則正しく中断することについて理論的にはっきり知るようになり、眠っているあいだにもわれわれの身体が−−したがってわれわれの自我が−−存続することについての理論を発達させたのちにのみ、生じうるものだと私はいいたい」(カール・ポッパー)という訳である。そうすると今度は、死ぬのは人間だけということになる。あるいは、死ということの意味が、人間と人間以外の動物では全く異なっていることになる。さらには、意味ということは人間以外の動物にはないことだから、人間以外の動物には事実としての死があり、人間には意味としての死があることにもなる。
 人間は何故だか解らないが言葉というものをもつようになった。そして、言葉というものをもつようになったために、世界を直接つかむことができなくなり、言葉をとおして間接的にしか把握できなくなってしまっている。
 
 いつもそういう我々に手に負える動物、例えば栗鼠とか犬とかを見ていて思うのは我々との意志の疎通が限られているこういう動物が何を考えているかということである。曾て我々は言葉でものを考えるのだと書いたことがあって今でもこれを訂正する気はない。そして言葉は確かに人間だけのものであり、この頃人間よりも智能係数が高いことが漸く解った海豚も別の方法で意志の伝達を行っているようである。併し人間も初めから言葉があった訳ではなくてこれは進化とは別箇の状況から、それは人間に就いては進化が終ってから何かの言わば偶然の事情で言葉を得たとする他なさそうであり、それならばそれ以前の人間が言葉で考える代りにどうしていたのか、この地上に人間が現れてから最近では大体二百万年の年月がたっていると推定されるに至っていてその大部分に互って人間には言葉がなかったと見るべきでこれはもしそうでなければ人間の文明の歴史が更に遥か昔に遡るものでなければならないからである。
 併し人間はその間言葉なしでもしここで考えるというのが妥当でないならば考えることの代りになることをしていた。それがどういうことだったかというので既に言葉を得てから一万年や二万年はたっている今日のわれわれに臆測することは許されてもその実体が解らなければその優劣を論じるのは意味をなさない。確かなことは人間が言葉を得て種の保存とは全く無関係の方向にその精神が働き出したことである。併しその種の保存に即して言葉なしでも働く精神がどういう営みをするものか、それが全く種の保存に限られているものとは考えられなくて保存には例えば性本能があれば足りるが愛情が生じる時に既にそれは当初の目的を超えることになる。その営みが言葉なしで行われるから言葉を用いての思考に劣るものなのか、それともそれが言葉を絶する領域まで入って行くものなのか、その能力を失った今日の我々はそれ故にただ臆測するばかりで僅かに言葉というものの力が我々を慰めてくれる。
 
 この「覚書」の一節に見られるように、吉田氏も言葉というものが人間と人間以外の動物の間に線を引くものと考える。そして言葉なしの体験というものが、言葉を用いてのものよりずっと深いものでありえることも認める。しかしそれは人間が現在そのような動物となっているという事実であって、そのことによって、人間が動物でなくなるということではない。人間は言葉を得ても相変らず動物なのである。
 吉田氏やポッパーとは異なり、ベイトソンは人間に特殊であると考えられている活動をもっと生命全体に拡げてゆく。精神の活動も人間にのみ見られるものではなく、生命があるところにはどこでも見られるものであるという。そのような違いはあるにしても、三者ともに、人間を動物という枠の中で考えていこうという姿勢においては変りがない。それとは異なり、人間を人間以外の動物とは根本的に異なった、人間以外の動物とは全く隔絶した存在であるとする見方をとる人でも、人間が動物であるということは(宗教に依拠する一部のひとを除けば)認めている。人間はたしかに動物ではある。しかし、人間以外の動物とは全く異なった動物である、という訳である。例えば、自分の死を意識する動物は(恐らく)人間だけである。そのことは、人間を人間以外の動物と決定的にわけるものとなるのだろうか。今ここに一匹猫がいて、欠伸をしている。その猫は、自分が一眠りする前と同じ猫であることを知っているだろうか。犬は自分の主人を弁別する。記憶を持っていることは間違いない。しかし、それにもかかわらず、猫や犬にあるのは常に現在だけということも考えられる。犬が主人との昔の思い出にひたるなどということはなくて、そこにあるのは常に主人という現在だけということである。犬も猫も、過去と未来を知らない。自分が生まれる前のことも知らず、自分が死んだ後のことも考えない。ひとり人間だけが過去を知り未来を予想する。それも人間が生まれる以前、あるいは地球が生まれる以前を考えるばかりか、時間が出現した原初をも想像する。少なくとも、想像できると思っている。また、地球が消滅した後のことも、さらには宇宙が死を迎える時のことをも思い描く。だから、「人間は人間の歴史に比べれば全く短時間に死ぬものであり、そのうちに我々も死ぬ」(覚書)ことを人間はよく知っている。それは事実である。しかし、事実であるとしても、そのことが人間を人間以外の動物から分けるものとなるだろうか。
 人間は自分のことをとても大切に考える存在となっている。犬が自分のことを、世界で唯一無二絶対でかけがえのない存在であるなどと考えていることは、絶対にない。しかし、人間はそのように考えていると信じられている。何故なら、自分という意識の出現は現在ただ今この一回限りの出来事であるからである。医療の場における人間の生命の見方も結局その点に尽きるのではないだろうか。今引用した「覚書」の一節の後には次のような文章が続いている。
 
 レオ・フェレロは死というこの他人にしか起らないことと書いてから間もなく自動車事故で死んだ。これを死というこの自分に起った場合以外には悲しいここと言い直しても同じことで死は一箇の意識の消滅であり、それ故にこれはその意識がある限り他人にしか起らないことであるとともにそれが他人に起るのは一人の人間と別れることであるから悲しい。併し自分の意識が恒久的に続くことを望むのはその意識の充実を知らないものがすることである。我々は眠れない夜にも悩まされる。
 
 「坊つちやん」の清は自分のことをそんな大切な存在とは考えていなかったに違いない。(しかし、主人公の坊つちやんがどうかということになると、少し問題があり、作者の漱石がどうかということについては更に問題が残る。漱石は晩年、則天去私を唱えていたことになっているが、「今死んでは困る」と言いながら死んでいったということである。)そして、フロベール「まごころ」のフェリシテも、チェーホフ「可愛い女」の女主人公も然りである。われわれが死を恐れるようになったのは、われわれがわれわれ自身を何か大層大切な存在であると考え出したことと関係している。吉田氏はそのような見方を嗤い、それとは別の観点を示す。それは人間も動物として、他の動物と同じように現在に生きるということである。それは人間が動物としての等身大の大きさに戻るということでもある。 だから、吉田氏は言う。
 
我々がどれだけ生きているかはどれだけ現在の状態にあるかで決る。(時間)
 
 そして、
   
 そのことを知っている人間が我々の周囲に少いならば人間以外の動物で人間による迫害を受けていないものの眼の色が常に現在である状態がどういうものであるかを我々に想像させる。それは澄んでいるというようなものでなくて明るい憂いに満ちていてその憂いは世界をこれでいいのだと認めることから生じる。(同前)
 
 ということになる。
 これでようやく、序で少し述べた吉田氏の時間論に帰ることができる。人間以外の動物では当り前であるが人間ではしばしば失われている時間の流れを人間も取り戻すこと、それが人間が生きるということであり、あるいは生きることを取り戻すことなのである。だが、人間以外の動物の眼が明かるい憂いに満ちているとか、世界をこれでいいのだと認めているというのは単なる比喩なのだろうか。彼等はただ生きているだけである。しかし、そのただ生きているということが、生きていることを肯定していることなのであり、世界をこれでいいと認めていることなのである。それでは今度は、人間が世界をこれでいいと認めるなどということがありうるだろうか。われわれ人間の世界には無数の矯されなければならない問題が充ちみちている。貧困の問題がある。病に苦しむひともいる。われわれ人間が人間以外の動物と異なるのは、人間が世界の現状に満足せず、そこに常に何らかの働きかけを行い続けてきた点にあるのではないだろうか。しかし、人間以外の動物も世界で生じる問題を常に解決しようと努めている。人間には人間以外の動物に較べて問題解決のための手段が圧倒的に沢山与えられている。その違いだけである。そして、問題解決のための手段は、これからも増え続けていくであろうし、増え続けていかなければならない。 医療においても、問題解決のための手段は増え続けている。大部分の感染症は恐れる必要がなくなっている。肺炎はもはや病気とも考えられなくなっているのではないだろうか。結核が今からほんの数十年前まで死に至る病であったといわれても、なかなか実感がともなわない。それは進歩である。勿論、医療をうけねければ生きていたであろう人が医療のために死んでいくことがあるのも事実である。しかし、例えば、出産により死亡する女性が激減していること、乳幼児の死亡が激減していること、そのことを困ったこと、あってはならないことという人はまずいないであろう。(人口問題、食糧問題の観点からは、必ずしもそうは言えないかもしれない。だが、人工問題や食料問題の一番基本的な観点というのは、人間が生き続ける、滅びない、という点にある。しかし、人間が滅びてはならないということは少しも自明なことではないのであって、滅びないことよりも、滅びるその時まで、人間が人間らしく生きてゆくことの方がよほど重要なのである。人間が人間らしく生きてゆくうえで、人口や食糧のことが問題になるというのなら、また別であるが。)乳幼児の死亡の減少や産褥期の産婦の死亡の減少は、生まれて、生きて、年老いて死んでゆくという人間にとって当り前のことを実現させるものである。勿論、若くして死んでゆくものもいる。しかし、それは異常なことなのであって、常態はあくまでも年老いて死んでゆくことなのである。だが、今度は、年老いても死なないことを医療が目指しているとしたら、それは人間の常態に反するものであり、必ず何らかの歪みをうまざるをえない。
人間それぞれは、一箇の動物として、世界の中で全くとるに足らない存在である。一方、人間は自我意識を持つ存在として、自分の存在を絶対のものと意識する。そのことの矛盾が医療の中に集約的に現れてくる。医療の技術は基本的に生物学に依拠しているから、生物としての人間がとるに足りない存在であることは自明である。しかし、その医療を行うのは人間であるから、自分の自我意識からの類推で、患者の自我意識もまた絶対であろうと考える。そして、その二つの観点の間の矛盾から現在の医療の場におけるさまざまな問題が生じてきているとすれば、いま医療で一番必要なことは、自我意識が本当に絶対のものであるのかを問い直すことなのである。問い直した結果、やはりそれが絶対のものであることになれば、医療はその矛盾の中で仕事を続けていくほかはない。あらゆることに総て解答が用意されているわけではないのだから、それはそれで仕方がない。しかし、当り前のことに思っていて眼をむけることをしていなかったことも、よく見てみると決して当り前ではなかったということはありうる。自我意識の問題は死の周辺に最もよく現れる。そんなに遠くない昔に、死はまだ飼いならされていた時代があったのである。医療の場において、患者や患者の家族の前で死のことを口にするのははばかられるという風潮が現在確かにある。人間にとって、動物にとって一番当り前の現象であることを、あってはならないこと、あるべきでないことと見ているとしたら、それは確かにおかしなことである。癌は現在でも死に至る病と考えられているようである。しかし、将来、癌が基本的に治癒を期すことのできる病気であると見られるような時代がきたら、人間が病気で死ぬのは何かの間違いであることになるのだろうか。人間は老衰で死ぬのが正しいのであり、病気で死ぬのは何かの不手際、不注意ということになるのだろうか。病気を良性と悪性の二つに分け、癌など悪性の病気なら仕方がないが、肺炎などの良性の病気で患者さんが死ぬようなことがあると、何か申し訳ないような済まないようなことをしたという奇妙な敗北感に医療者の側がとらわれるといったことは、既に現在でもある。もし癌が治る病気となり悪性の病気ではなくなってしまうとしたら、あらゆる患者さんの死は総て医療の敗北ということになるのだろうか。もし癌が克服されたとすれば、後に残される病気で最大のものは動脈硬化に関連したものということになろう。そして、動脈硬化は日常生活に注意することによって、ある程度の予防が可能である。だから、いろいろな雑誌で見る「私の健康法」には、まず運動がでてくる。ジョギングだとか水泳だとか、とにかく体を動かすことが健康につながるということになっているようである。確かにそれは動脈硬化の予防には有効であろう。そして、食事の注意である。肥満を防ぎ、コレステロールにも留意しなければならない。現在のアメリカのエリートでステーキを食うなどという馬鹿は一人もいないそうである。みんなサラダを食べている。勿論、煙草など喫う訳がない。あとは癌になりませんようにと毎日お祈りをするのだろうか。しかし、そういう生活はどこか狂っている。
 人間の楽しみの一つに食べることがあるのは言うまでもない。吉田氏の言うように「嫌でもしなければならないことは楽んでやれた方がいいに決っていて、食うのが人生最大の楽しみだということになれば、日に少くとも三度は人生最大の楽みが味える訳である。」そして、食べる楽しみが、旨いものを食べることばかりでなく、沢山食べることにもあることを、あらためて言わなければならないだろうか。
 
 維新號のワンタンを食べて、本場の支那で食べるのがこれと同様に、豚肉をメンチにしてうどん粉の袋で包んで、汁に浮かしたものだったことを久し振りに思い出した。それも維新號のは丼にそういう袋がワンサと入れてあって、汁よりも中身に方が多くなっている。
 これには全く堪能した。一杯僅か百円だから、少し持っていれば、帰りの電車賃の心配をする必要はないし、目の前には豚肉が入ったうどん粉の袋がギラギラした汁に、浮いているのではなくてずっしりと重なり合って沈んでいる。一杯食べると何だかまだ少しお腹に余裕があるので、お代りを頼み、序でにもう一杯註文したこともあったが、三杯目の終りの頃は随分苦しかった。(満腹感)
 
 こういう楽しみを医者が強権的に奪う権利を持っている病気に糖尿病がある。医者が糖尿病の患者さんに強いている食事は、腹が空くかも知れないが、栄養的にはバランスがとれていて、糖尿病でない健康人にも大いに推奨したい長生きのための健康食であるということになっている。糖尿病の患者さんが、医者の言うことを聞かず、食べたいだけ食べていれば、目が見えなくなり、足を切りおとして、人工腎臓に頼る生活の挙げ句の果て、現在日本の標準からすれば随分と若死してしまう可能性が高いということが、医者が患者にそのようなことを強いる上での根拠となっている。しかし、そのことが、腹一杯食べるという人間の一番基本的な楽しみを抑えることを正統化しうるかどうかは、何とも言えない。国家権力のような強権が国民の健康管理を行い、糖尿病患者にはある一定のカロリーの食事しか配給しないといったかたちで直接介入し、これは憲法に規定された「国民の健康を護る」ための正当で当然の行為であると称したとしたら、われわれはそのような国家を素晴しい国家であると思うだろうか。しかし、国家が煙草の販売を公認していることについては激しい怒りを感じているひとは現に既にいる。かってアメリカに禁酒法という素晴しい法律があったことは誰でも知っている。
 現在の日本における、あるいは西欧における健康への過度の関心には何か異常といっていいものがある。例えば、嫌煙権ということがある。その主張するところによれば、煙草を喫う当人が健康を害するのは自業自得で仕方がない。しかし、煙草を喫わない周りのひとにまで害が及ぶとすれば、それは許せない、といったことであるらしい。確かに、間接喫煙といって、周囲の人にもある程度の影響が出るのは事実らしい。そうではあっても、現在まで報告されている間接喫煙の害と、それに反対する人々の態度を見ていると、何かバランスを欠いているという感を禁じえない。間接喫煙の害といった比較的些細なことを問題にするのであれば、その前に問題にしなければならないことがもっと沢山あるという気がする。毎日かぞえきれない数の人が交通事故で死んでゆく。酒の害は当人だけに止まらないことは言うまでもない。酒による失職、離婚、一家離散などというのは少しも珍しいことではない。煙草ではそんなことは起きはしない。
 もう少し当り前の態度に戻ることができないものだろうか。それもこれも皆、人間が死ぬという当然のことから目を背けていることから起きているのである。最近、医療の場においてホスピスとかターミナル・ケアという動きが一定の場を占めるようになってきている。これは一見、死に目をむけようとする運動であるように見える。しかし、ホスピスもターミナル・ケアも共に死を特別視するものであって、日常の生の流れのなかにごく当然の現象としておきてくる死という観点は先ずないように思われる。もし死が特別視されるのであれば、その人の生全体も特別視されるのでなければならない。医療がある点まで科学の問題として全く没個性的に行われているのに、死が見えてきたという時点で急に個に対応した医療が目指されるようになるなどということがあれば、そのどちらも狂っているのである。
 ひとの生は一回限りのものである。そのことの故に、誰もある人の生には一定以上立ち入れない。それは、何も医療だけに限られたことではない。そのことを嘆くのは、あるいは嘆いたふりをするのは、無駄な感傷というものである。
 「ロンドンで一人の子供が火災で死んだのを悼むことに対する拒絶」という、空襲で死んだ女の子を歌ったディラン・トマスの詩がある。。吉田氏の訳で引用する。
 
 人間を作り、
 鳥と獣と花を生じて
 凡てをやがては挫く暗闇が
 最後の光が差したことを沈黙のうちに告げて、
 砕ける波に仕立てられた海から
 あの静かな時が近づき、
 
 私がもう一度、水滴の円い丘と
 麦の穂の会堂に
 入らなければならなくなるまでは、
 私は音の影さえも抑えて、
 喪服の小さな切れ端にも
 塩辛い種を蒔こうとは思わない。
 
 一人の女の子が焼け死にした荘厳を私は悼まない。
 私はその死に見られる人間を
 何か真実を語ることで殺したり、
 これからも無垢と若さを歌って、
 息をする毎に設けられた祈祷所を
 冒涜したりすることをしないでいる。
 
 ロンドンの娘が最初に死んだ人達とともに深い場所に今はいて、
 それは長く知っていた友達に包まれ、
 その肌は年齢を越え、母親の青い静脈を受け継ぎ、
 それを悲まずに流れ去るテエムス河の岸に隠れている。
 最初に死んだものの後に、又ということはない。
            
 この最後の一節は、原詩ではこうなっている。

 Deep with the first dead lies
 London's daughter,
 Round in the long friends,
 The grains beyond age, the dark veins of her mother,
 Secret by the unmourning Thames.
 After the first death, there is no other.
 
 After the first death, there is no other. この言葉以上に簡潔に人間と死との関係を表した言葉を他に知らない。一回限りしか起きないことは科学の対象にはならない。ある一人の人間の医療をどうするかということは、医学の教科書だけで決めることはできない。
 旨いものをたらふく食べたいのは、人間が動物だからである。しかし、人間は、早く食べ終って仕事にもどらねばなどと考えながら食事をしていることもあるかも知れない。だが、酒となればそのようなことはない。早く呑み終って仕事に、などと考えながら酒を呑むなどということはない。われわれが酒を呑むのは、アルコールの中枢神経系への作用のためではない。これを一粒飲めばビール一本分の酔いが得られるといった丸薬ができても、そんなものを飲む人間はいない。またアルコールが喉をこす時の喜びのためでもない(それが全くないとは言わないにしても)。われわれが酒を呑む時楽しんでいるのは、実は酒を呑んでいるその時間なのである。酒を呑んでいる時、最早われわれは何もしなくてもいい。われわれが楽しんでいるのは何の目的もなくただ過ぎてゆくその時間なのである。だから、何か目的を持って呑んでいる酒は旨くない。女の子と二人で飲みながら、さてどうやって口説こうか、などと考えていると、酒の味がしなくなる。厚化粧に囲まれて、アラこちらさんお強いのね、などと言われながら飲む酒もまずい。友達と無駄話をしながら呑む酒が旨いのは、そのとき時間がただ時間として過ぎてゆくからである。特に何もする必要がない時、時間はただ過ぎてゆく。正月というのは、われわれ大部分の人間にとって特に何もする必要がない時である。正月に呑む酒が特に旨いわけはそこにある。だから吉田氏の言うように、正月に酒を呑んでいるときの気分で一年を通すことを願うのは人間である所以に適っている。しかし、なかなかそうもいかないので、われわれはせめて晩酌をするのである。晩酌の時間は最早われわれが何もしなくても良い時間である。時間はただ過ぎてゆけばいい。吉田氏のおそろしいところは、正月に酒を呑んでいるときの時間が戦場の真っ只中の戦艦の上にも流れていると主張するところにある。それは誰にでも可能なことではないかも知れない。だが、酒を呑むことなら誰にでもできる。まず、われわれは身近なところから始めなくてはならない。それにしても、病院で患者が酒を呑んでいけないことになっているのは何故なのだろう。そのことだけをとっても、病院というところがいかに非人間的で、時間がまともに流れないところであるかということがよく解る。吉田氏が最後に入院した時、食慾がなく、主治医の許可をもらって(その先生はいい先生だったに違いない)ギネスばかり呑んでいたということである。いかにも吉田氏らしいということになるのだろうか。だが、そういうことが当り前には出来ない病院というところが本当はおかしいのである。病院というのは自分が入院したら絶対にして欲しくないことばかりが行われているところである。みんな変に思っているはずである。そろそろ、王様は裸だ、という人間が出てきてもいいころではないだろうか。