養老孟司 「司馬遼太郎さんの予言」
[文藝春秋2006年新年特別号」
この前にとりあげた養老氏の「無思想の発見」において、養老氏は司馬遼太郎の三島事件についての司馬氏の発言をとりあげて、「ここでは、思想はまったくの「誉め殺し」状態である」といっている。「思想はそれ自体として存在し、現実とはかかわらないところにその栄光がある」と司馬氏がいうからである。わたくしは「無思想の発見」での記述から、養老氏は司馬氏のそういうやりかたを批判しているのだと理解した。ところがこの文藝春秋でのこの論文を読むかぎりではそうでもないようなのである。自分の文章読解力に自信がなくなってきた。「誉め殺し」というのは誉め言葉なのだろうか?
この10ページほどの論文で一番面白かったのは、冒頭の小泉純一郎を論じた部分で、彼が神奈川県横須賀市を選挙区としているということの意味について考察している。以前の神奈川県民は、県に百円税金をとられても、60円は地方交付税として発展の遅れた別の地方へと送られてしまっていた。また中選挙区時代の彼の選挙区は、横須賀、三浦半島と川崎という飛び地だった。そうであれば地縁人縁は薄くなり、地元への利益還元など誘導しても意味がないことになる。それが小泉「構造改革」の原点である、というのである。こういうことは考えたこともなかったので、目から鱗であった。確かに田中角栄を筆頭に日本の宰相はほとんどが地方出身であったのかもしれない。だから地元に利益をもたらすということが政策たりえた。しかし現在の制度においては都会は田舎に「搾取」される構造なのであり、都会の議員は利益誘導政治ができないのである。都会出身の首相ということが「小泉改革」の原点であるのかもしれないということは、これまで考えたこともなかったので、新鮮であった。
しかし、そこは本論ではない。この論文で養老氏が言いたいことは「司馬遼太郎が世間の知恵、世間の価値観を信頼していた」ということである。そして氏は「私は大衆など信頼しないが、世間知という、ともすれば非合理的なものが、日本の大衆にとって思想に代わるものとなっていることはよくわかる」という。ここで養老氏が思想といっているのは、丸山真男が思想という場合の思想である。そういうものは付け焼刃で、世間知とむすびついた柔軟な「無思想という思想」が司馬氏の求めたものだった、という。要するに司馬氏の思想は「相対思考」であって、西欧的な一神教的「絶対思考」と対峙する日本の思想なのであるとする。そういう相対思考に重要なのは手触りの感覚、職人的な感覚なので、一億総職人化ことがこれからの日本の生きる道、再生の道である。ところがそういう職人化とまさに正反対なのが一億総会社員化である。現在の日本人の会社員化が続くならば、日本は絶望である。なぜサラリーマンが会社に生きがいを預け、会社に滅私奉公するようになってしまったのかといえば、それは新憲法が家制度を否定したからである。本来の家制度がなくなり、会社が擬似「家」として機能するようになってしまったからである。ということで、どうも養老さんは憲法を改正し、旧民法を復活させよ、ということを言っているように読めてしまうのだが、そうであればまさに「小泉構造改革」と真っ向から対立することになるはずである。
今度の総選挙の結果は、「大衆」が「お上」にはそうそうもう頼れないのだということを感じ初めていることを示しているのではないだろうか? 「お上」というのも別に打ち出の小槌をもっているわけではないから、「お上」の脛にも齧れる部分はもうあまり残っていないということを感じ出したということではないだろうか? 戦後の地縁を保障してきたのも「お上」への信頼であった。大岡様という「お上」の仲裁が前提であった。そこから無限に金品を引き出せるという幻想であった。そういうものがまさに消失しようとしているときに「世間知」の復活、それこそが日本の叡智である、などというのは、完全に後ろ向きの議論としか思えない。
そもそも、司馬遼太郎で取り上げられるのが、三島事件への発言を除けばほとんど「この国のかたち」だけなのである。司馬氏は宗教についても非常に深く考えた人で、おそらく非常に宗教的でもあったと思う。「以下、無用のことながら」(文藝春秋 2001年刊)のいくつかの論を読んでも、それは明らかであると思う。司馬氏が三島事件を否定したのは、思想が個人を離れて社会的なものとなることを否定したのであって、思想が個人の内面にかかわるものである限りにおいては思想を全面的に肯定する人であったはずである。思想が現実にかかわってはいけないというのは、政治と結びつくような《大思想》を否定したのであって、世間知とは異なる宗教的な生活規範については深く尊敬する人であったと思う。“お他力さん”が大好きな人であったのではないだろうか? この司馬遼太郎論も我田引水としか思えない。
どうも、このところの養老さんの意見はよくわからない。脳化・都市化がいけない。頭でなく体で感じよ。丸山真男の思想なんてものは頭の中だけの産物で現実との接点がない。西側の一神教は諸悪の根源、それにくらべれば東洋の思想には叡智がある。そういう主張自体には十分な根拠がある。しかし、それにもかかわらず、脳化・都市化が進み、一神教が力を持っているのにもまた、それだけの理由がある。丸山真男はもはや信者も減少しているであろうし、いまさら水に落ちた犬を叩いてもという気もする(丸山真男は、それだからこそ、社会運動と離れて、思想そのものとして読み返す価値はあるのだろうと思う。別に司馬遼太郎がいうように純粋思想として祭り上げる必要もないので「歴史意識の古層」一つにしても多くを教えてくれる論であると思う。60年安保に巻き込まれて進歩的文化人なんかを演じたのが間違いであったので、「歴史意識の古層」も、その苦い反省のもとに書かれているのだと思う。「なる」「つぎ」「いきほひ」などという言葉を分析しても現実の政治運動に資するところは何もない。原理論への後退、蛸壺への退却である。でも本当に役に立ち現実に意味がある思考は、決してハウツーから来ることはなく、一見現実とは無縁であるような原理論から来るはずである)。
なんだか養老さんは60年安保の時の丸山真男と同じで、乃公出でずんば、というような心境になっているのかもしれない。誰も養老さんに日本を救ってもらいたいなどとはいっていないのにである。というか誰かの論によって世の中を変えていくというような他力本願的な思考、指導者待ち、救世主待ちという思考がようやく衰退してきているというのが日本の現状なのにと思うのである。
何か根本的に方向が違っている気がする。司馬遼太郎だって世の中を嘆いていただけなのだろうと思う。別に自分が日本を変えることができるなどとは思ってもいなかったであろう。養老氏もいうように「以下は、私見である」の世界である。ところがどうも最近の養老さんの本を読んでいると、《自分が発見した真理では》といいたいのではないかと邪推されるような書き方が散見する。本が売れると気が大きくなるのであろうか?
(2006年3月29日ホームページhttp://members.jcom.home.ne.jp/j-miyaza/より移植)