補遺2

 近藤淳也「へんな会社」のつくり方』を読んでいて、この会社の人事考課とか給与査定はどうなっているのかなどという馬鹿なことを、ちょっとかんがえた。
 とにかく少人数の会社のようであるから、フラットな組織であり、仕事の見晴らしがきくのであろうかれども、それでも誰かが仕事の評価とか、給与の査定とかをしなくてはいけないのではないだろうか? あるいは誰も評価などはしていなくて、業績による歩合制のようなことになっているのだろうか? 
 はてななどよりも格段に大きな組織であるグーグルでは、それはどうなっているのだろうか? なんらかの検索エンジン類似のシステムがあり、一切、人の関与なしに、仕事の成果をインプットすると自動的に自分の取り分が計算されてでてくるような仕組みができているのであろうか?
 高橋伸夫虚妄の成果主義」は、公平な能力査定などということは不可能なのであり、そもそも能力を査定して金銭で報いるという発想自体が誤りなのだということを主張したものである。氏によれば、日本の会社は、仕事の成果に対して、金銭ではなく次の仕事で報いるのだ、ということなのであるが、はてなという会社はみんなに現在の仕事で報いている理想的な会社なのかもしれない。
 高橋氏によれば、人は組織の中での自己決定の感覚が高いほど満足し、また未来が見通せる仕事であるほど高い満足度を感じるのだという。
 そこから高橋氏は、年功序列という制度が、それらをみたす制度としてきわめて優れていることをいうのであるが、はてなという若い会社は、高橋氏の基準でいってもきわめていい線をいっている組織であるのかもしれない。
 問題は組織が大きくなったときにも、それを維持できるかということなのであろうか? もっとも、はじめから組織を大きくすることなど念頭になくて、少数精鋭の会社をめざしているのかもしれないが。
 これからは小さな人数で大きなことができる時代がくるのかもしれない。旧来のハードな物づくりというのは、non-human use of humanbeings なのであり、新しい知的な物づくりこそが、the human use of humanbeings なのだということになるのかもしれない。
 高橋伸夫氏は旧来のものづくりが大好きなひとであり、ヴァーチャルなものづくりは嫌いなのではないかと思うけれども。


虚妄の成果主義

虚妄の成果主義