篠沢秀夫「篠沢フランス文学講義(4) 伝統からの解放」

  大修館書店 2000年
  
 福田和也「奇妙な廃墟 フランスにおける反近代主義の系譜とコラボラトゥール」について書いていて、篠沢氏のこの本を思い出した。篠沢氏の「フランス文学講義」を知ったのは、多くのひとがそうではないかと思うが、開高健谷沢永一向井敏の「書斎のポ・ト・フ」(潮出版社 1981年)によってであった(殿山泰司の本を知ったのも本書によってであったが)。もっともそこで絶賛されている「篠沢フランス文学講義」は全二冊とあるから今回とりあげる「(4)」はまだ出版されていなかったわけである。篠沢氏はこれまた言うまでもなく「クイズ・ダービー」の「教授」である。
 篠沢氏は学士論文でモーリス・ブランショをとりあげたらしい。そのブランショは戦後は左派として活動したにもかかわらず、ドイツ占領下、ヴィシー政権下のフランスでは右派として活動したいたのではないかということが(福田氏の本でとりあげられていたコラボ三人衆のひとりドリュー・ラ・ロシェルと親しかった、とか)問題になったらしい(ブランショが一時コラボの首魁モーラスに傾倒していたことは、福田氏の本にも書かれている)。このことを指摘したのはメールマンというひとの「巨人たちの聖痕」(国文社 1987年)という本なのだそうで、その翻訳者の一人内田樹氏訳業を篠沢氏は絶賛している。まだ内田さんが有名人になる前である。
 こういう事情があれば、コラボラトィールや反近代主義といったことは、篠沢氏にとって他所事ではないわけで、この「(4)」ではシャルル・モーラスが重点的に取り上げられている。また、それやブランショとの関連で、ブラジャック、ドリュー・ラ・ロシェル、ルバテなどもとり上げられている。
 ということで福田氏の本でとても気になる存在であったシャルル・モーラスについて、篠沢氏のこの本でもう一度、さらってみようと思うわけである。篠沢氏と福田氏はどこか似た資質のひとであるように思う。体型も似ているかもしれないが。どこかとても激しいところのある人である。
 「日本国家論 花の形見」(文藝春秋 1992年)でカミング・アウトしたように篠沢氏は「右の人」であり、最近ではバレスの「精霊の息吹く丘」を翻訳刊行している(中央公論新社 2007年5月)。福田氏が「右の人」であるかどうかは議論があることろであるのかもしれないが、どうも「右の人」にとってフランスの反近代主義というのは、とても魅惑的な、少なくともとても気にかかるな存在であるらしい。
 モーラスは1868年生まれだが、篠沢氏の独特な表現によれば慶応四年生まれ、つまり明治元年直前に生まれた人ということになる。第三共和政は1870年にはじまる。われわれ日本人にとってのフランスのイメージはその第三共和政であるけれども、幕府がつきあったフランスは第二帝政のフランスであった、と篠沢氏はいう。明治と第三共和政はほとんど平行しているのである。
 第三共和政ができたのは普仏戦争の敗北によるわけであるが、フランスがドイツに敗れたのはフランク大国が二つにわかれて以来千年の歴史で初めてのことであった、という。慶応年間に生まれた人間にとって江戸幕府というものが過去のものではなかったのと同じに、モーラスにとっても第二帝政というのはまだ過去のものではない現実的で生々しいものであったというのが大事なのだと篠沢氏はいう。
 福田氏の本にも書かれているように、モーラスは若い時に病気で聴覚をほとんど失う。その結果、信仰(カトリック信仰)を失うが、保守として教会を守る立場になったことがモーラスのそれからの立場をとても難しいものにした、と篠沢氏はいう。
 今日のわれわれと違って、モーラスの時代においてはデモクラシーは無前提的によいものとはまだされておらず、普仏戦争に敗れたのはデモクラシーのせいであるという議論は広く行われていた。ドイツの富国強兵策に対して、下層民(=デモ)による政治であるデモクラシーなどをやっていては、勝てるはずがないという議論である。
 中央集権という制度はフランス革命の産物であり、王政時代には各地に独自性があったとして、モーラスは連邦主義を目指した。
 ところで、この当時のフランスではラディカルといえば政教分離主義者のことであった。カトリック教会と国家との分離である。フランスでは、ようやく1905年になって政教分離法ができた。
 それができたということはラディカル=左派の勝利である。右派としてのモーラスは当然教会を支持するのであるが、しかし信仰は失っている。そのモーラスがよりどころにしたのはカトリックの伝統ではなくフランス、それもモーラスの出身地である地中海のプロヴァンスであったのではないかというのが、篠沢氏の主張である。
 モーラスの生まれたマルチーグという漁港が元々はギリシャの植民地で、それが滅びたあとにローマの植民地となったという歴史をもつということが重要なのだという。モーラスの古典主義というのも、自分の故郷がギリシャ、ローマの時代からの地中海文明の伝統の中になるプロヴァンスの町であるということが大きいのではないか、と。
 地中海といえば、カミュもまたモーラスの地中海主義を引き継いでいることをサルトルが指摘している。カミュ自身もそれを否定していない。とすると今日のフランス文学を理解するためにもモーラスは逸せないひとである、ということになる。福田氏は他国にはモーラスの古典主義は大きな影響をあたえたが(例:T・S・エリオットなど)自国ではそうではなかったといっていた(ブランショへの影響については今後の検討課題であると、福田氏はしていたが)。その点篠沢氏と見解が異なるわけである。
 ところで、日本人が1945年の敗戦とそのあとの7年間の占領期間を隠そうとするように、フランス人も1940年の第三共和政の崩壊と44年のパリ解放までの4年間を隠そうとする。戦後相当期間は、ペタン将軍について話すことことさえできなかったのだという。しかし、ドイツ占領下のフランスで、フランスは道徳的に腐敗していたから健全なドイツに負けたということをいったひとはたくさんいたのである、と篠沢氏はいう。
 1936年ごろのファシスムというのは、地方分権主義、あるいは草の根運動といった響きをもった言葉だった、と氏はいう。ムッソリーニなどが考えたのは、上流階級とか貴族階級とかまた資本家がもっている権力に対して、ムッソリーニが代表するような下層階級が立ち上がり村単位で団結する、というようなことであった。その“束ねる”というのが「ファシオ」である、と。
 
 今、読んでいるバンダの「知識人の裏切り」(未来社 1990年)では、このようなモーラスの「自己の過去」への意識、「先祖古来」へのこだわり、「女神フランス」への信仰を、徹底的に侮蔑している。知性とは正義、真実、理性を価値とするものであり、静的、超越的、理性的であるのに対して、モーラスのような行きかたは、動的、世俗的、非理性的であって、反知性的なものであるというのである。もっともヴィノックの「知識人の時代」(紀伊国屋書店 2007年2月)によれば、バンダはフランスをドイツとは異なる純粋理性の大義の国であるとして、第一次世界大戦ではきわめて愛国的にふるまっているのだそうであるけれども。
 しかし、ともかくも「知識人の裏切り」でバンダが言っているのは、知識人は、静的で超越的な真実を求める人でなくてはならないということであり、歴史的なものでしかない祖国とか故郷というものに身を投じるのは、世俗への同化、あるいはもっといえば迎合なのであり、本来世俗の批判者であるべき知識人としての使命の放棄した裏切りである、ということである。
 「知識人の裏切り」を読む限り、ギリシャに由来する古典的な思考こそが普遍的なのであって(ただしヨーロッパにだけ普遍的?)時空を超えたものであると、バンダはしているようである。一方、モーラスはギリシャ・ローマの文明は地中海に、もっと狭くはプロヴァンスに宿るとするわけである。(そしてまた、ハイデガーは、哲学をできる言語はギリシャ語とドイツ語だけ、などといいだすわけである。)
 この構図を見る限り、バンダが近代、モーラスが反=近代である。ここから導かれるのは静的であること、普遍的であることによって、人は幸せになれるか、ということである。あるいはもっといえば、人は「真実」であることによって不幸であるのと、「嘘」によって幸福であるのと、どちらを選ぶかということである。「知性」によってすべてを知ってはいるが何もしない(あるいは知っているが故に何もできない)ひとよりも、「情念」にかられて行動するひとのほうが、“充実した生”を送れるのではないか、というようなことでもある。
 バレスの小説に「デラシネ」というのがあるらしい。五木寛之氏の小説にそんな題のがあったような気がするが、要するに“根をもたない人”の謂いであるらしい。モーラスにとってのフランス、あるいはプロヴァンスは“根”を生やすべき大地なのである。近代人は“根”を持てないのである。シモーヌ・ヴェイユに「根をもつこと」という著書があるが、これはバレスの小説を意識したものなのだろうか?

 根づくということは、おそらく人間の魂のもっとも重要な要求であると同時に、もっとも無視されている要求である。これはまた、定義することがもっとも困難な要求の一つである。人間は、過去のある種の富や未来への予感を生き生きと保持している集団の存在に、現実的に、積極的に、かつ自然なかたちで参加することを通じて根をおろすのである。 「シモーヌヴェイユ著作集 ?」(春秋社 1967年)

 そして、篠沢氏のモーラスについての論を読んで感じるのは、フランス=精神、ドイツ=動物とでもいいたいようなモーラスの感性である。「アジアの野蛮」というのがモーラスがドイツをいうときの言い方だったのだそうである。何だかドイツが集団的規律で押し寄せてくるという恐怖感と嫌悪感である。そうするとヴァレリーの「方法的制覇(独逸の制覇)」を思い出す。

 日本は、ヨーロッパは自分のために作られたものと、考えているに相違ない。そして独逸によって既になされた推理に従って、人は疑いもなく、地上のあらゆる凡庸性の決定的勝利を見るであろう。一切の事柄に於ける方法ということは、優秀な個人の非常な経済に導くであろう。 「ヴァレリー全集 11 文明批評」(筑摩書房 1967年)

 ドイツは凡庸性なのである。凡庸な人間が集団となって規律正しく行動することにより、卓越した(しかしばらばらな)個人を征服していく、というようなイメージである。
 日本は今でもそういう風に見られているのではないだろうか? トヨタはまさに「方法的制覇」?
 「奇妙な廃墟」によれば、エリオットやパウンドなどに影響したとはいえ、フランスではほとんど無視されているというモーラスのことを多くのページを割いて紹介しているのであるから、この「篠沢フランス文学講義(4)」もなかなかの本である。そして、この「(4)」の中でモーラスとかいった政治的である作家たちの間に、ジュリアン・グリーンとかジュリアン・グラックとかいった非政治的な作家も紹介されている。これらが倉橋由美子が「偏愛文学館」でとりあげている数少ないフランス文学者であることを面白いと思った。福田和也の系列と倉橋由美子の系列。その両者に目配りができている「篠沢フランス文学講義」という構図である。われわれはサルトルとかカミュとかで(あるいはプルーストとかジッドで)フランス文学をイメージしてしまうが、そうでない系列、現在ではおぞましいものとしてないもののようにされているけれども、本当は無視できない系列の文学があるということを骨のある文学者ならみな知っているということであるのかもしれない。

篠沢フランス文学講義〈4〉伝統からの解放

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知識人の時代―バレス/ジッド/サルトル

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知識人の裏切り (ポイエーシス叢書)

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