(11)2011・3・28「関東平野」

 
 ここで書いている内容には、自分が64歳であるということが非常に大きく影響していると思う。20年後の発癌などというわれてもどうということはないと思ってしまう。しかし、若いひとはそうは思えないだろう。わたくしの娘は去年の八月に子供を産んだが、「いろいろな発表でプルトニウムのことについて一切いわれていない。だから公式発表は信用できない」などといっている。まったくの非理科系、非学問系の人間で、物理学などのいろはも知らない人間である。それがインターネットといろいろの周囲からの情報でとにかくもそういうことをいうようになっている。今日の発表でプルトニウムは今まで測定していなかったとかいっていた。いよいよ公式発表を信じなくなるだろうと思う。
 竹村公太郎氏が「日本文明の謎を解く」で「情報公開とはもっている情報を都合のいいもの悪いものすべてを全部公開しなくてはいけない」ということを言っている。一部でも隠していると思われたら、すべての発表が信用されなくなってしまうのだ、と。現在の公式の発表はデータをただ公開するのではなく、「データ+希望的解釈」として公開されている。それでかえってデータそのものも信用されなくなる方向にいっているのではないだろうか?
 同じ「日本文明の謎を解く」で、海面が5m上昇したときの関東平野がどうなるかが示されている。6000年前の縄文前期には実際にそうだったのだそうである。横浜市川崎市、千葉の海岸部、東京の東半分から埼玉にかけては海の中である。それで家康が入ったときの江戸は、見渡す限りのヨシ原の湿地帯で、雨になれば一面水浸しとなるような土地だったのだという。それを利根川の流れを変えることによって耕作可能な関東平野に変えていったのだそうである。
 吉田健一の本に以下のようなところがあった。
 「例へばサハラ砂漠旱魃が六年間も続き、その為に千何百万頭かの家畜が死んだといふことを聞けば災害といふものに限度がないことが解る。またそのことをこれまでの人間が考へなかつた訳でもない。併し今日までの昔からといふのは当らなくて十九世紀の後半頃からの短い期間は災害にはその対策があり、例へば、渇水には貯水池、疫病には薬、飢饉には食物の輸送、戦争も国際会議で防ぐことが出来るといふ考えが行われてゐてその結果が人為的な災害も自然のものも既になくなつたも同然だといふ気持でゐることに人を馴れさせて来た。その対策が災害にもなる場合があることに思ひ至らなかつたのは手落ちだつた。併しそれは別としてもどういふことにでもその対策があるといふ種類の考へ方が既に理性が許さない筈の何かに対する過信であつて人間は人間の状態を忘れる時に醜くなる。又この短い期間に我々の世界に災害がなくなつた訳でも少しでも減つた訳でもなかつた。(「覚書」)」
 

日本文明の謎を解く―21世紀を考えるヒント

日本文明の謎を解く―21世紀を考えるヒント