松浦寿輝「不可能」(1)

   講談社 2011年6月
 
 8つの章からなる連作短編集、あるいは中編小説である。主人公は三島由紀夫であるとしていいのであろう。ただ、三島はあの事件では死なず、収監され、二七年後に釈放されたという設定で書かれている。といっても、切腹はしていないようで、首に刀傷が二条残っている。
 最初に『サド侯爵夫人』からのルネの台詞が掲げられている。

 あなた方は薔薇を見れば美しいと仰言り、蛇を見れば気味がわるいと仰言る。あなた方は御存じないんです。薔薇と蛇が美しい友達で、夜になればお互いに姿を変え、蛇が頬を赤らめ、薔薇が鱗を光らす世界を。兎を見れば愛らしいと仰言り、獅子を見れば恐ろしいと仰言る。御存じないんです。嵐の夜には、かれらがどんなに血を流して愛し合うのかを。
   ――三島由紀夫(本名 平岡公威 一九二五−一九七〇)作・『サド侯爵夫人』第二幕

 この小説の主人公は平岡という名前であり、一度も三島の名前は出てこないが、「南馬込に建てたヴィクトリア朝ふうのコロニアル様式とやらの大袈裟な家」とか、「詩を書く少年」とか「太陽と鉄」とかが出てくる。そしてあの事件で作家としての三島由紀夫は死に、平岡公威が残り、八十過ぎの老人となって生きているという設定である。四五歳で事件をおこし、二七年収監されていたのであれば、釈放されたのは七二歳という計算になるが、その後、家を建てたりいろいろなことをした後の話となっているから、八〇歳前後なのであろう。小説の最後のほうにスカイツリーなどというがでてくるから、ほぼ現在の話とすれば、八六歳である。(最初、読んでいて何となく平岡を七〇歳台の人であるようにイメージしていて、後で計算して(あるいは本書の後のほうで実際にそう書かれていて)八〇歳を超えているのだとわかりちょっと面喰った。これを八〇歳を超える老人の話とするのはいささかつらいのではないだろうか?
 この本を知ったのは、7月10日毎日新聞「今週の本棚」で三浦雅士氏が紹介していたからである。そこで三浦氏は、死なずに老いた三島が何を考えるだろうという本書の問いへの答えが「年老いた三島は吉田健一になる」というものだとしている。そして吉田健一の『ヨオロツパの世紀末』の刊行が1970年10月でほぼ三島の死の直前であることを指摘し「以後、吉田が一世を風靡する。時代は三島から吉田へと移ったのだ。若さから老いへ。薔薇から蛇へ。いずれにせよ著者は、年老いた平岡のなかに吉田の面貌を刻むことによって、戦後文学にひとつの鮮烈な見取り図を示しているのである」と書く。
 さらに三浦氏がいっているのは、「小説後半において、その平岡が自身に潜む吉田の影に反発し始める」ということである。たしかにこの8章からなる小説は、前半の5章と後半の3章が歴然と違っている。最初の5章でこの小説が終わっていたとすれば、三浦氏のいうように「年老いた三島は吉田健一になる」そのままである。しかし、この5章は静的である。ほとんど平岡のモノローグに終始して動かない。それに対して、後半の3章はドタバタ活劇でありミステリのパロディである。これは晩年の吉田健一の世界はいささか乙に澄ました悟りの境地に入りすぎているのではないだろうかということへの反発かもしれない。
 それで最初の『サド侯爵夫人』からの台詞が生きてくる。「薔薇と蛇とは美しい友達」なのであって、世界は薔薇だけでも蛇だけでもないよ、ということである。とすれば、これは晩年の吉田の世界に対する、もう少し若いころの吉田氏の「酒宴」などのはちゃめちゃな世界の復権ということであるかもしれない。三島由紀夫は四五歳で死んだが、吉田健一だって死んだのは六五歳である。もしも吉田健一が死なずに八〇歳まで生きていたらという仮定だって同じように成立するわけである。存外、「時間」や「変化」の世界とは別の世界にいっていたかもしれない。
 さて、この『サド公爵夫人』から引用されている台詞の「薔薇」と「蛇」は「神聖」と「汚辱」の比喩である。「薔薇」が「若さ」で「蛇」が「老い」ではない。「若さ」と「老い」といえば吉田健一の世界であるが、「神聖」と「汚辱」なら三島由紀夫の世界である。
 ところで三浦氏はこのように書くが、本書の中には一度も吉田健一の名前は出てこない。だから吉田健一を読んでいないものにとっては三浦氏の断定が理解できないかもしれない。そういう吉田未読の者には本書の最初の5章はちょうどよい吉田健一世界への案内となるのかもしれない。そういうものとして、とてもよく出来ていると思う。松浦氏の小説を読むような読者が三島や吉田健一を読んでいないというようなことはないのかもしれないが。
 若いころは三島の本を愛読したものだった。それでは今はどうかというとよくわからない。本書の第二章の「川」にでてきたので「詩を書く少年」を読み返してみた。うまいなあと思う。抜群の頭脳によって明晰な文章を書く、いうことないと思う。ただ問題があるとすれば、その頭脳と文章による分析の対象が自分へと向かっていくことである。自分のことは何でもわかっていないと気がすまない、そういう病気にかかっていたことは間違いない。その治療薬がたとえば吉田健一なのである。あるいは1970年ごろまで日本人がかかっていた病気に対する処方箋を提示したひとの一人が吉田健一なのであって、だからこそ「時代は三島から吉田へと移った」のかもしれないが、いつまでも吉田の時代のままでもないかもしれない。
 ということでしばらく三島由紀夫(と吉田健一)のことを本書をネタにして考えていきた。
 

不可能

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