その7 生まれてはじめて

 
 今日から、ある会社にときどき顔を出すことになり、それでそこに一つ机をいただけることになった。広いフロアの片隅にある机が自分の領分であって、これが考えてみると生まれて初めての経験である。医者生活をしていると通常、医局というたまり場があって、そこに自分の机もあるが、どちらかといえばそこは物置のようなものであって、仕事の場は病棟であったり外来であったりする。もちろん、自分の机で本を読んだりパソコンをいじったりすることはあるが、意識としてはそれは休息の時間であって、そこで仕事をしているという意識はない。
 しかし今日から顔をだすことになった会社では、その机が自分の仕事の主たる場なのである。いままで自分はサラリーマン生活というのを知らずに来たのだなあということを改めて感じる。もちろん工場勤務などということになればまた違うのであろうが、いわゆるホワイトカラーの生活というものに内側から接したのは65年生きてきてはじめてである。ホワイトカラーの仕事のやりかたも30年前であればまったく違ったものであったのだろうが、現在はそれぞれの机の上に一台コンピュータがあって、みな黙々とそれに向かって仕事をしている。話し合いをしていたり、小さな会議をしていたりするグループも散見されるが、話し合いをしているひともあるパソコンをのぞき込んで話をしているほうが多い。
 今まで外からつきあっていた部署の中に入って仕事をすることになったので、すでに知っている方もある程度いるのだが、外でお会いするのと中で仕事をしているのを見るのでは何となく印象が異なる。こういう人の多いところで普段は仕事をしているのだあ、大変だろうなあと思う。気疲れも多いだろうなあと感じる。
 あらためて医者は一匹狼的に仕事をしている気楽な仕事なのだなあと思う。机をもらったといっても、いまのところは、そこでバリバリとする仕事があるわけではないので、もらった資料を読んだりしているうちに一日が終わってしまった。だから、まだホワイトカラー生活をしたのだという意識は持てないままでいる。