内田樹「街場の読書論」(1)「人生の中で一度は読みたい未読の本」

 
 この内田氏の本は、ブログに掲載した短文を集めてテーマ別に編集した本である。そのなかのいくつかをきっかけにして何だかんだと書いてみようかと思う。どうも最近は硬い本をがりがりと読む気がしない。こういう短文集がちょうどいい。
 それで第一回は、内田氏がこういう題でのアンケートに答えた話についてである。氏は「大菩薩峠」と答えたのだという。多くの人は「人生の中で一度は読みたい未読の本」ではなく「人生の中で一度は読みたい本」について答えていたというのがこの短文の眼目なのであるが、それは措いておくことにして、内田氏は「失われた時を求めて」とか「ユリシーズ」とか「源氏物語」とかが票を集めるのではないかと予想していたのだという。有名な作で読書人必読といわれているにもかかわらず読んでいない本である。
 そんなものはそれこそごまんとあるが、それでも自分にとっての「人生の中で一度は読みたい未読の本」は何であるかなあと考えてみた。自慢ではないが「失われた時を求めて」も「ユリシーズ」「源氏物語」も読んでいない。「失われた時」は第一巻の最初の数ページだけ読んだような気がする。「ユリシーズ」は今後も読むつもりはない。あれはシェーンベルグの12音音楽のようなもので、歴史的な意味はあっても、作品それ自体としては楽しめるものではないだろうと思っている。「源氏物語」もまた今のところは読みたいとは思わない。日本の古典は散文ではなく詩歌を読めば十分なのではないかという気がしている。「大菩薩峠」も読んでいないが安岡章太郎の「果てのない道中記」は読んだので、なんだかわかったような気になっている。ここで「大菩薩峠」と双璧とされている「富士に立つ影」は半分くらいは読んだ。
 さて、自分にとっての「人生の中で一度は読みたい未読の本」である。「聖書」かなあと思う。部分部分は読んでいるし、あろうことかキリスト教についてなんだかんだとここで書いているのに、全体は読んでいない。それとあとギリシャ神話だろうか? さらに言えばギボンの「ローマ帝国衰亡史」(これは邦訳の第一巻の半分くらいは読んだ)。ギリシャ・ローマ・キリスト教というのは西洋の三つの柱なのだそうだから、西洋を理解しようと思えばこれらは必読の文献ということになる。それらのどれ一つとしてまともに読んでいなくて、西洋について何だかんだと論じているのだから困ったものである。しかし、日本の古典とかあるいは仏教の経典などははじめてから読みたいとは思わないくせに、「聖書」とかギリシャ神話とかを読んでいないことは気になるというのこと自体が、わたくしの西欧へのコンプレックスを表しているのかなとは思う。
 

街場の読書論

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