今日入手した本

非情の海〈上〉

非情の海〈上〉

 
 吉田健一が「家を建てる話」(「三文紳士」所収)というふざけた文で書いている本がこれであろうと思う。
 酷い借家を転々としているうちにやけをおこして家を建てようと思ったが、はて金策は思っているうちにベストセラーの翻訳を頼まれたというのである。
 「今度もどんな風の吹き回しで百万円が転がり込むことになるかも解らないといふ訳で、待つてゐた所が、案に違はず、ベスト・セラーを訳してくれといふ話を持ち込まれた。・・何でも、戦争中に英国の海軍が船団の護送に活躍する話で、スリルはあるし、エロでグロで、文学の香り高く、猛火に包まれた甲板に立つて、四角関係の恋に悩む彼は何をしたか、といふやうな本シーズンのトツプを行くこと受け合ひの、堂々何千枚かの長編だといふことで、この時には家が建つたも同然だと思つた。」
 しかし、「翻訳は予定通りにすんで、前借りも出来たが、その時になつて本屋の方が、実際に上下合せて十万部出るかどうか、出るに決つてゐて、嬉しくてたまらないといふ風に解釈出来ない顔付きをし始めたのは心細かつた」ということになり、本当に本はゆっくりとしか売れず、それからはもう金集めにどんな苦労をしたかということを、おそらくは大いに法螺話もまじえながら綴った文である。実際、この本がベストセラーになったということは聞かない。
 まだほんの最初の部分しか読んでいないが、いかにも普通の当たり前の小説である。普通で当たり前というのは人間を描こうとしているということで、思想のための本ではまったくないということである。最初に作者の「まえがき」があり、「これは一つの海と二つの艦と、百五十人ばかりの男の」話と書いてある。「この話の主な人物はすべて男であって、女の役割は艦がつとめ、唯一の敵役は海そのものなのである」とあるから、エロな話はまずでてこないであろう。だからこそ、ベストセラーになれなかったのかもしれない。
 
Cello Love ニューヨーク・チェロ修行 (mag2libro)

Cello Love ニューヨーク・チェロ修行 (mag2libro)

  • 作者: 石川敦子
  • 出版社/メーカー: パレード
  • 発売日: 2008/01/24
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
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 65にもなってチェロを習い始めるなどということをしていなければ、絶対に買っていない本である。