オリンピック

 前の東京のオリンピックの時は高校3年だった。当然受験を控えていたわけだが、現実逃避ということになるのだろうが、こんなことをしていてはいけないと思いながらも、随分とテレビ放送をみてしまった。本来スポーツには全然関心のない人間なのだが、記憶に残っているのが、棒高跳びと重量挙げ。跳ぶまで、あるいは挙げるまでの準備というのか精神集中というのか、実際の競技をはじめるまでの選手の姿を延々と映してして、それが面白かった。
 たしか市川崑の監督だったか「東京オリンピック」という映画もあって、最初が大きな鉄の球がビルを壊しているところから始まったような記憶がある。古いものを壊して新しいものをつくる。まだ高度成長期のなかにいたのであろう。高速道路というのがつくられだしたのもこの時代だったと思う。通学の電車の中からみていると、随分と細い高架道路を建設している。あんなものしか作れないのであれば、まだ日本も貧しいのだなあなどと思っていたら、高速の出口の道だった。
 敗戦後20年、まだあのころの日本人は謙虚だったと思う。もう一度「坂の上の雲」を仰ぐ気持ちでいたのだと思う。

 本当によく勉強しました。とにかく、一刻も早く先進国に追いつきたくて。努力は骨の髄からやりましたよ。だから僕はね、よく言うんですが、何のかんの言ったって、ついこの間まで日本は後進国だったんだって。われわれはアメリカに学んでようやくここまで来たんだって。最初から今みたいに世界のレベルに伍してはいなかったんだから、日本はあまり生意気なこと言っちゃいけない。そしてアメリカも、日本がこつこつ努力して今の結果があるんだということを認めなければいけない。タナボタで楽々と今の結果を手にしたのでは、けっしてない。これが真実の姿だと思うんです。(菊池誠氏。元ソニー中央研究所所長。)(相田洋「NHK 電子立国日本の自叙伝」)

NHK 電子立国日本の自叙伝〈上〉

NHK 電子立国日本の自叙伝〈上〉