今日入手した本

 講談社文芸文庫での吉田健一未収録エッセイの3冊目。編者の島内さんというかたが非常な熱意で未収録の文を発掘しているらしい。
 それで表題の「英国の青年」だが、昭和13年の文章。健一さん26歳。その後とは文体が全然違うのは当然として、まだ日本語が発達途上という感じである。
 「この際、日本の青年としての体験を基準として、英国の青年に就て考えて見ることは、青年研究者に何等かの材料を供給して、彼等の思索を刺戟することとなるようにも思われる。これは悪い仕事ではない。具体的に言って、私は英国の青年のデカダンスと日本の青年のそれとを比較して考えて見たい。しかし、日本の青年のデカダンスに就ては既に言葉が過剰して居るように思う。・・」
 「これは悪い仕事ではない」というのは何か背後に英語表現がありそうな感じである。「私」という主語がでてくる。「過剰して居る」というのも、英文直訳のような感じである。この頃の健一さんは、翻訳の訳文のほうがこなれた達意の文になっていて、自身の評論文のほうがぎこちない日本語になっているのが不思議である。