[吉田健一の50の言葉(5)酒

 本当を言ふと、酒飲みといふのはいつまでも酒が飲んでゐたいものなので、終電の時間だから止めるとか、原稿を書かなければならないから止めるなどといふのは決して本心ではない。理想は、朝から飲み始めて翌朝まで飲み続けることなのだ、といふのが常識で、自分の生活の営みを含めた世界の動きはその間どうなるかと心配するものがあるならば、世界の動きだの生活の営みはその間止つてゐればいいのである。

 
 小説「酒宴」の一節。こう続く。「庭の石が朝日を浴びてゐるのを眺めて飲み、それが真昼の太陽に変つて少し縁側から中に入つて暑さを避け、やがて日がかげつて庭が夕方の色に沈み、月が出て、再び縁側に戻つて月に照らされた庭に向つて飲む、さうかうしてゐるうちに、盃を上げた拍子に空が白み掛つてゐるのに気付き、又庭の石が朝日を浴びる時が来て、「夜になつたり、朝になつたり、忙しいもんだね、」と相手に言ふのが、酒を飲むということであるのを酒飲みは皆忘れ兼ねてゐる。」
 飲めないひともいるようなので、酒が飲める体質に生まれたのは幸いであった。しかしまだ、まる一日のみ続けたことはない。確かに翌日のことを考えてそろそろここら辺でなどと考えるのは味気ないものだが、外で飲んでいれば閉店ということもあるし、家で飲んでいても、ある程度飲むと眠くなる。しかし、とにかく飲んでいる状況というのは普通はさしあたりすぐにはしなければいけないことはない状態のはずで、酒を飲んで気持ちよくなる理由のかなりはそれによるのではないかと思う。だから、翌日にもしなければいけないことがないならば、翌朝まで飲むというのは理屈にはかなっている。「酒宴」には「少しも眠くはなかつた。いい酒といふのは、さういふものである。疲れは酒で直るから、眠る必要はないといふことになるらしい」とある。こちらがいい酒を飲んでいないだけかもしれない。しかし「酒宴」でも主人公は、翌日には東京から大阪まで当時の「つばめ」で移動する汽車(当時はまだ十二時間かかった)の中では「眠りに眠って」いる。
 氏の「私の食物誌」に「東京のおせち」という項があり、そこに「兎に角、正月に他のものよりも早く起きて既に出来上がったこのおせちを肴に同じく大晦日の晩から屠蘇散の袋が浸してある酒を飲んでいる時の気分と言ったらない。それはほのぼのでも染みじみでもなくてただいいものなので、もし一年の計が元旦にあるのならばこの気分で1年を通すことを願うのは人間である所以に適っている」とある。正月もまた普通は何もしなくてもいい、さしあたってはすることのない時である。吉田氏にとっては何もしていない時間こそが本当の時間なのであり、それを実感できる時が酒を飲んでいる時なのであった。
 しかし晩年にいたってこう書くようになる。「冬の朝が晴れてゐれば起きて木の枝の枯れ葉が朝日といふ水のやうに流れるものに洗はれてゐるのを見てゐるうちに時間がたつて行く。どの位の時間がたつかといふのではなくてただ確実にたつて行くので長いのでも短いのでもなくてそれが時間といふものなのである。」(「時間」) 酒をのまなくても時間が自然に流れるようになったのである。この句点を一切欠く、見方によっては異様な文体も、また氏の時間の感覚が要請したものなのであろう。氏の晩年、どのような境地に実際にあったのかは知らない。氏はとにかくある方向を目指そうとしていた。
 そして氏が目指そうとしたものの一端に、われわれは酒を飲むことで触れることができるのである。