E・トッド「シャルリとは誰か?」

シャルリとは誰か? 人種差別と没落する西欧 ((文春新書))

シャルリとは誰か? 人種差別と没落する西欧 ((文春新書))

 今、カリルというひとの「すべては1979年から始まった」という本を読んでいるところで、いずれ感想を書く予定だが、そこでは20世紀の後半20年、世界は第二次世界大戦後に世界がすすむと思われていた方向とはまったく異なる方向に動いたということがいわれている。民主化あるいは社会主義化(あるいは福祉化)と世俗化という予想されていた方向とは異なり、一方での競争社会と他方での宗教の復権という方向に舵が切られたのだ、と。
 わたくしは1947年生まれだから、人生の前半と後半の丁度真ん中あたりで、世界の潮目が変わったのだということになる。実に困ったことである。「すべては・・」を読んでいるのは主として、最近のイスラム圏の動向がどうにも理解できないからで、この本の主人公はサッチャー訒小平ヨハネパウロ二世・ホメイニー(あとはアフガニスタン)であり、後の二人は宗教の人である。そしてアフガニスタンにも宗教は大きく関わる。世界は脱宗教化し、世俗化し、科学と個人が世界の中心に来るという(予想された)方向とはまったく異なるところに世界は動いたということである。戸田山和久氏は「哲学入門」で「現代人の多くは、この世のありさまはおおむね科学が教えてくれるようにできあがっている、という科学的世界像を受け入れているのではないかな」といって、こういう立場を「唯物論」と呼んでいる。しかし、わたくしには世界が「唯物論」の方向に動いているとはとても思えないのである。というか「唯物論」を最大の敵手とみなすような勢力がきわめて大きな力を持つようになってきているのではないかと思う。
 このトッドの「シャルリとは誰か?」は最近のフランスを覆う反=イスラムの動向に強い危機感をもって書かれた本のようである。トッドは「いまフランスは宗教的危機を生きている」という。それは反ユダヤ主義ナチスの時代を想起させる、と。中産・上流階級のフランス人たちが何かを、または誰かを、極度に嫌うという病的必要に駆られているのだ、と。フランスの革命の伝統(自由・平等・友愛)は失われようとしている、そうトッドは感じているようである。
 まだ最初の数十ページを見ただけだが、フランスでは1960年には5.5%だった婚外子が現在では55%へというカトリックの国から懐疑論者への短期間での急速な社会の変貌が進行している。その中で、西洋が発明し唱道してきた価値観が急速に失われつつある、そうトッドは感じているらしい。