広岡裕児「EU騒乱」(1)

 
 最近の英国のEU離脱などを見て、わからないことばかりであるので、少し勉強しなくてはと思って、たまたま書店で目について買ってきたもの。著者の名前も知らなかったが、長くフランスに住んでいるジャーナリストのかたらしい。主としてフランスから見たEUが論じられている。今年の3月の発売であるので、昨年11月のパリの多発テロあたりまでが視野にはっている。
 通読すると著者は明確にある立場にたって書いていることがわかるが、声高にそれを主張するのではなく、多くの事実を示すことによってそれを示そうとしていて、実際、本書から多くのことを教えられた。一読して、ヨーロッパは大変なことになっているのだなあということを感じる。日本など天国である。今ヨーロッパでおきていることの1/10でも日本におきるならば、どのような混乱が生じるか、考えただけでも恐ろしいことのように思われる。
 わたくしにとってのヨーロッパとは吉田健一の「ヨオロツパの世紀末」のヨーロッパ、そしてもう一つ加えるならばK・ポパーの「西側は何を信じているか」での西側である(「われわれの時代は、いろいろなことにもかかわらず、われわれが歴史上のあらゆる時代のなかで最良のものであり、また、われわれが西側にあって生きている社会形態は、多くの欠陥にもかかわらず、知られているかぎりで最良のものである。これがわたしくの主張なのです」)。つまり、「啓蒙」のヨーロッパであり、「寛容」のヨーロッパである。あるいは「知識人」のヨーロッパである。
 本書は一言でいえば、啓蒙のヨーロッパ、寛容のヨーロッパが重大な岐路にたっていることを論じているものであり、知識人が主導するヨーロッパの行き詰まりということをいっているように思える。にもかかわらず著者はあるべきヨーロッパというものを信じているひとであるようにも見える。また高みに立つ知識人の傲慢を叱責しているが、氏自身も知識のひとであり、本を書くことによって知識のひとに何かを訴えようとしている。それが本書の主張を複雑な味わいにしていると感じる。
 「まえがき」は、2015年のパリの多発テロからはじまるが、それを「文明の衝突」とか「宗教対立」といった見地から見ることに異をとなえることから筆をおこしている。また極右の「国民戦線」の台頭も論じるが、これは長い欧州の歴史の結果が生んだものであって、無差別テロや急増する難民問題といったことからだけ見てはいけいないという。
 ピケティが「21世紀の資本」で、現在のアメリカにおける急激な格差の拡大を示している数字と比較すれば、フランスではそうはなっていないことになるが、にもかかわらず、長くフランスに住んでいる著者の肌で感じる現実は違うという。「貧しい者はますます貧しくなり、富める者はますます豊かになる傾向、格差の拡大」は間違いなくフランスでもおきており、そのことが現在のEUの危機の一番根源にあると著者はいう。EUの行き詰まりは近代民主主義の行き詰まりなのである、と。
 わたくしが本書を読んで感じるのは、現在のヨーロッパに較べれば日本はまだまだ格差が大きくない、あるいは格差はすでにあるにしても、その格差が社会の非常に大きな亀裂までは生んでいないということである。
 著者はグローバリゼーションという流れ自体は阻止できないものであるとしても、それは間違いなく格差を拡大させる方向をつくっていくのだから、日本もまたある時、現在のEU圏で起きているのと同じ混乱が起きるのではないかということを強く懸念していて、それもまた本書を執筆した大きな理由となっているようである。
 以下、少しづつ読んでいきたい。

EU騒乱: テロと右傾化の次に来るもの (新潮選書)

EU騒乱: テロと右傾化の次に来るもの (新潮選書)

ヨオロッパの世紀末 (岩波文庫)

ヨオロッパの世紀末 (岩波文庫)

よりよき世界を求めて (ポイエーシス叢書)

よりよき世界を求めて (ポイエーシス叢書)