(19)本

 ヨオロツパに、何か解らないことがあったらそれについて一冊の本を書くといいという格言がある。これは本当であるようであってヨオロツパについて今度これを書いているうちに始めて色々なことを知った気がする。

 「ヨオロツパの世紀末」の「後記」の続き。
 「ヨオロッパの世紀末」は確かに一冊の本であったという気がする。それを読むと、ある必要十分な長さの本の中で、一人の人間の思考が形成されてくる過程に立ち会っているような気持になる。「ヨオロツパについて今度これを書いているうちに始めて色々なことを知った」という言葉は謙遜でもなんでもなく、吉田氏の本心であったはずで、吉田氏はこれを書いていく過程で、ヨーロッパについての自分の態度を決めたのである。
 すでに自分がわかっていることをただ紙に移したというだけの本はつまらない。石川淳流の言い方をすれば、そこには「精神の運動」がない。
 最近は、ある思想が立ち上がっていく現場に立ち会っているというような生々しい体験をさせてくれるような本が少なくなった。思いついたことをそれを熟成させるだけの時間もかけずにすぐに書いてしまったというようなものがとても多い。
 出版不況で、そのような自転車操業をするしかなくなっているのだろうか?