雑感

 しばらく前のイギリスのEU離脱、最近の米国の大統領選挙などを見ると、知識人というかエリートと呼ばれているような人々の信用が地に落ちてきているように感じる。それと同時に、なんとなく社会を指導するひとと見られ、あるいは自分でもそう思っていたひとたちが、「なんという末世だ! 衆愚どもがなんということをしてくれるのだ!」と歯噛みしている姿も見えるような気がする。朝日新聞などは周章狼狽しているのではないかと思う。言論によって世の中を変えていけるという信念自体が根っこから揺らいできているのではないだろうか? 広い意味での啓蒙主義、知的なエリートが無知蒙昧な大衆を教え導いていくという構図そのものが崩れてきているのかもしれない。
 わたくしは啓蒙というものをポパーから教えられたので、少し特殊なかたちで啓蒙というものを理解している。ポパーによれば、啓蒙とは人間というのは愚かなものであるという認識のことであり、人間は知らなければならないことのごく一部しか知ることができないということの自覚を指す。つまり人間は真理にいたることはできず、つねに過つということであり、そこから導かれる指針が「寛容」である。多数決原理というのは人間は真理にいたることはできないという認識からでてくるものであるはずで、そうであるなら多数をとったからといって、その多数をとったものの主張が正しいとは決していえないという認識を背後に持つはずである。おそらく問題は多数決原理というのが「多数=正義」という方向にとかく向かいやすいことで、そこからは「寛容」ということが失われがちになるということであろう。
 知識人と呼ばれる人々の多くは今回の米大統領選挙の結果を間違ったもの、ありうべからざるものと感じていると思う。本来ならば、そうならないように自分たちが誘導できたはずであるのに、なぜそうすることができなかったのかと呆然としているのではないだろうか? 多数決原理というのが、自分たちがあるべきと考える方向をよしとするお墨付きをあたえてくれるものとして想定されていたのに、実際にはそうはならなかったのだから。
 多数決原理の反対に位置するものとして「前衛」という思想がある。真理を知った一部の人間が世界を導いていくという方向である。ソヴィエト圏の崩壊、東西の対立での東側の敗北によって、「前衛」という方向は間違ったものとされるようになった。マルクス主義とは経済に基礎に置くものであるから、そのことは計画経済という方向を否定させ、市場経済体制を肯定させるようにもなった。しかし市場経済においてもそれを人智のコントロール下におけるという方向もまた根強いわけで、それを期待されているのが中央銀行なのであろう。
 経済のことはさっぱりわからないが、今の日本の中央銀行が採用しているのはリフレ派と呼ばれる政策の方向であろう。それに反対するひとは、インフレ目標などといっても、それは人為でコントロールできるものではない、コントロールできずにハイパーインフレになったらどうするといっていた。実際にはデフレのままである。どうも人間には未来を予測する能力はいたって乏しいらしい。
 今、ここで知識人と書いていて頭にあるのがたとえばドーキンスである。ドーキンスはイギリスのEU離脱や今回の米大統領選挙の結果をどうみているのだろう? わたくしなどにはトランプ次期大統領は反=進化論派にみえるのだけれど、ドーキンスなどから見るとアメリカの持つ問題の集大成のようなひとに見えるのではないだろうか? つまりドーキンスたちがいくら本を書いてもほとんど何の効果ももたなかったわけである。啓蒙の書の効果はほとんどでていないわけである。
 というかドーキンスあるいはデネットの本を読んでいて感じるのは、それは進化を信じない人を相手に書かれているのではなく、すでに進化を事実として進んで承認しているひとを相手に、創造説などを信じているひとたちは度し難いということを仲間内で確認しあうために書かれているのではないかということである。
 日本の政治の保守あるいは革新の陣営の議論をみても、相手である革新派を説得することなどははじめから放棄しており、仲間内を読者と想定しているのではないかと感じる場合がほとんどである。逆もまた真である。
 進化論が正しいかどうかを多数決で決めるなどということは意味がない。わたくしは進化は事実であると思っているので(という言い方も変なので、進化は事実であるか、ないかであって、思うとか信じるという問題ではない)、それがどのようにおきたかについての論だけが意味があると思っている。どのようにおきてきたかの議論に突然それはなかったという議論がはいってくると混乱するばかりである。
 わたくしは啓蒙派のなかでもスコットランド啓蒙の流派の信奉者である。それは人間が利己的存在であることを自明の出発点としていると同時に文明というものを肯定している。わたくしが昨今の欧米の動きが気になるのは、そのどこかに野蛮へと向かう匂いのようなものを感じるためではないかと思う。

よりよき世界を求めて (ポイエーシス叢書)

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市民の国について (上) (岩波文庫)

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フォースター評論集 (岩波文庫)

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