救急医療とCOVID-19

 この数日の新聞などの記事で、新型コロナウイルス感染のために救急医療が危機に瀕しているというようなことが多く書かれている。発熱などの患者が多くの救急病院で断られ、結果として最前線の一時救急を担当する救急センターにそういう患者さんが集中し、結果として本来そういう救命救急センターが本来担当すべき患者さんが入院できないケース増えてきているというのである。
 それで10日ほど前の外来を思い出した。「一週間前くらいからの頭痛が主訴の30台の女性が来ていて、吐いているので早く見て下さい」と看護師さんがいう。診察してみるとそれほどの重症感はないのだが、頭痛+吐き気は脳圧亢進を疑うのは医者の常識なので、念のためと思いCTをとったところ、どうも硬膜下血種がありそうである。しかも、ミッドラインシフトまでありそうである。あわててMRをとって確認、家族に連絡するとともに救急病院と連絡をとった。通常だとそれで終わりなのであるが、一向に転送先がきまらない。変な言い方だが、硬膜下血種は脳外科としてはとても“おいしい”症例のはずで、きわめて侵襲の少ない手術でほぼ確実に救命ができる疾患なので、いつもは“喜んで”とってもらえるのだが、なかなか受けてもらえない。「手術室が確保できない」というような理由である。こちらは文京区にある病院で、周囲には医科歯科や日本医大のような大きな救命救急のセンターがある。それでも駄目なのである。最終的にようやく東大でとってもらえたが、今までにない経験だった。
 最近、新型コロナウイルスの関連で、人工呼吸器が足りないというようなことがいわれている。しかし呼吸器という機械だけあっても、それを扱える医者がいなければどうにもならない。おそらく呼吸器の操作に一番熟達しているのはICU・CCUの医師とともに麻酔科の医師や呼吸器内科や外科の医師のはずで、そういう医師がコロナ感染対策にかりだされているのだろうか? あるいは呼吸器を一番所有している部署は手術室かもしれないので、呼吸器も一時的に新型コロナウイルス治療にまわされていたりするのだろうか?
 自分が研修していたときの経験では呼吸器管理が必要になった患者の受け持ちになったりすると(ARDSといった病名がつけられている場合が多かった)、その患者さんが自分の受け持ち患者のほぼ100%になったような感じで、その患者さんが安定するまでは、連日の泊まり込みが必須であった。だから、そういう呼吸器管理が必要な患者さんばかりが集まっている病棟を受け持っている医師や看護スタッフの苦労は察するにあまりある。
 そのためか、最近のマスコミの報道をみると、えらく医者や看護師などの医療関係者をもちあげている記事や報道が多く、それはそれで気持ちが悪い。ひと昔前の医療過誤叩きを競っていた時代とは隔世の感である。
わたくしのような外来診療だけを担当してものでも、診察をするからには病院にいかなければならないから《在宅勤務》は不可能であるし、診察行為では《密接》を避けることも不可能である。律儀な患者さんは診察室にはいってきて、「マスクをしたままで済みません」と言ったり、マスクを外そうとしたりする。「いえいえ、そのままで結構です」とはいうが、咽頭を観察するときには、外してもらわなければならない。
そうではあるが、わたくしはインフルエンザが流行しているときでも普通に診療していて(ワクチン接種はしているとはいえ)、数十年の間、一度もインフルエンザに罹患したことがないので、今度のウイルスもインフルエンザ・ウイルスとほぼ同程度の感染力であるとされているので、まあそれほどの危機感をもって診療をしているわけではない。
だが、それはこちらが、外来だけ担当しているからであって、すでにCOVID-19と確定している患者さんばかりを担当している医療者は全く、別であろう。自分が若いころに経験したやや似た経験としては、エイズが流行しだしたころにエイズ感染患者を担当したことかもしれない。採血などは看護師さんはやってくれずすべてこちらがやることになった。しかしこれは血液、体液を介した感染であるので、特別な感染防御などが必要とされたわけではない。
 今回、たまたま救急搬送に難渋した経験で、COVID-19感染流行が医療現場に様々に影響していることを実感することになった。
状況は1週間単位で変わっているので、もう1週間・2週間するとそんなのんびりした感想を抱くような状況では全然なくなっているかもしれないが、とりあえずの、現在、市中病院で外来診療をしている人間の感想である。