和田秀樹 鳥集徹 「東大医学部」

 精神科医師である和田氏と医療ジャーナリストの鳥集氏との対談本である。
 しかし何を論じたいのかが今一つよくわからない本だった。
 例えば、表紙には「本物の「成功者」はどこにいる」とか「偏差値トップの超エリートコースを歩むのはどんな子どもで、どういう人生を歩むのか?」とか書かれているのだが、本文ではそのことにはあまり言及されていないように感じた。

 では何が言われているのかというと、「東大医学部というのは変なところだよ」あるいは「東大に限らず日本の様々の大学の医学部は変なところだよ」という話である。

 しかしそうだとすると、東大医学部にいっても意味ないよ、あるいは他の医学部にいっても意味ないよ。さらには、医者になっても意味ないよ、という方向にいくのかというと、そうでもない。
東大を頂点とする日本の大学の医学部は研究を重視していて臨床を軽視しているということをめぐってひたすら議論がすすんでいく。

 和田氏は精神科医であるが、同時に受験指導書のようなものも書く変わった医師というのがこれまでのわたくしの認識だったが、本書を読んで何だか肩書が好きなひとだなあという認識も加わった。

 巻末の氏の紹介におそらく受験関係と思われる「I &Cキッズスクール理事長」があり、他に「国際医療福祉大学心理学科教授」「川崎幸病院精神科顧問」「和田秀樹こころとからだのクリニック院長」「一橋大学経済学部非常勤講師」とある。さらに映画も撮っており、モナコで受賞もしているらしい。
 多彩な才能の人とも思うが、同時にこんな肩書があってしかも映画監督までして、本業の方(「和田秀樹こころとからだのクリニック院長」が本業?)は大丈夫なのかなあとも思う。
 氏は灘高から現役で東大理Ⅲに合格している。しかし、今は東大の外の人である。ここが微妙なところで、氏は東大卒ということでは東大の内のひとであり、現在は東大医学部の外にいるという点では東大の外の人である。それで話題ごとに氏の立ち位置が動くようにみえる。それが本書の説得力を弱めていると思う。

 氏が臨床重視といっているのは、本来は東大医学部教授というのは自分のように臨床をやっている人間がなるべきだと言っているように聞こえないでもない。それが本書の論旨を濁しているようにも感じる。

 「プロローグ」は鳥集氏からの問題提起。「とりだまり」と読むらしい。
 東大医学部の権威が相当低下してきている、ということがまず言われる。最近の医療の世界では研究よりも臨床が重視される動きが強くなってきていて、研究に必要な明晰な頭脳が必ずしも臨床では重視されなくなってきているので、受験秀才で偏差値はトップというような「とても学業優秀な学生さん」は医学部ではなく、物理学・AI・ITのほうにいくべきである、その方が自分の才能を生かせるのだとしている。
 しかるに、今の受験生は「医者になれば「食いはぐれがない」」といった情けない理由で医学部を目指す。それで、受験秀才は理Ⅲを目指すことになるのだが、これはおかしい、と。頭がいい人は医者になるべきでない、とまでは書いていないが、まあそのような主旨のことを鳥集氏は述べている。

 第1章の「東大理Ⅲに入れるのは、どんな子どもか?」から両氏の対談となる。
ここではもっぱら灘高出身の和田氏の受験体験が語られる。そのころ氏は映画監督になりたいと思うようになっていて、母からあんたは変わり者だから会社勤めは無理といわれていたこともあり、「医者か弁護士になれ」という雰囲気を感じていたのだが、高2から成績があがり、高3ではさらに上がったので理Ⅲを受け、現役で合格したのだという。
 ということで、この章は何だか和田氏の受験自慢?が主のようなので、飛ばすことにする。

第2章は「東大医学部を出た人は、どんな医者になっていくのか?」
最初が「「医局」とは,相撲部屋である」という話から始まる。だから、一般の方にはあまりなじみがないであろう「医局」について少し説明しなくてはいけない。
 「医局」というのは、医学部を卒業した後、医師国家試験に合格し、臨床研修を終えた後に、自分の志向する専門分野を、例えば血液疾患とか腎臓病とか決めて、さらに研鑽していくわけだが、血液疾患を専攻しようと決めて、その研究室に「入れて下さい。」「はいいいよ。」ということになったとしても、各教室では、教授・準教授(以前の助教授)・講師数名・助手数名のみが正式職員で給与がでるが、他はそこに所属しても無給である。
 それでもその教室に所属していることを示すのが医局員という身分?で、医局というのは「自分は〇〇親方のもとにいます」といったことを名乗ってもいいといわれた人の所属先ということになる。とすれば、たしかに相撲部屋である。実際には「血液内科」の中にいくつもの研究部門があり、そのどこかに属することになるのだが身分は「医局員」。
 無給なので、アルバイト先からの収入で食べていくことになる。アルバイト先が医局あるいは研究室からの紹介先という場合もあり、医局・研究室が一部をピンハネするという話も聞いたことがあるが、わたくしはその経験はない。これは私立医大に多く、東大ではあまりないのではないかと思う。東大はそういう姑息なことをしなくても、いろいろなところからお金が入ってくるからであろう。
 要するに、段々と偉くなると、忙しくなり、自分で直接研究する時間がなくなる。だから配下の若いひとに研究をしてもらい、その成果をいろいろな研究会などで紹介したりして上のほうは権威を保つわけである。

 鳥集さんが「東大医学部から医局に入るというのは、医学界全体から見ても、やはり有利なのでしょぅか?」と質問するのに対し、和田氏は「絶対に有利です。東大の医学部教授というのは各学会の理事長になれる確率がものすごく高くあります。」と答える。ここは話がかみあっていなくて、東大医学部を卒業した人間がみな東大医学部教授か他の大学の教授になるわけではなく、市中の病院で臨床に携わるひとのほうがずっと多いのに、和田氏の眼中にはそれはほとんどないようなのである。
 和田氏は日本の医学界を東大出身者が牛耳っているという方向に話を進めていく。

この本が分かりにくいのは、日本の医学界自体が抱える問題と東大医学部に固有の問題が混然として論じられているためだろうと思う。
 研修制度が変わり、東大にもなかなか研修医がこなくなっていることも紹介されているが、研修医が市中の病院で研修したあと、東大に入局する者は少なくないのだから、これは東大あるいは多くの医科大学が臨床を重視していないということであって、もしも最終的に臨床医になろうとしていないのであれば、その人間にとってはそのことは大きな問題とはならないはずである。
 例えば亀田総合病院で研修しようとするような人は、将来も臨床医になることを目指していて、研修を終えたらまた大学に戻って試験管を振ろうなどというひとは多くはないだろうと思う。

 次が東大医学部の国家試験の合格率が55位であるという話。
今はどうか知らないが、わたくしの今から50年ほど前の経験では、当時の医師国家試験の合格率は90%を超えていたので、いくらなんでもそれなら受ければいいので不合格なんてことはないだろうと思っていた。それで卒業試験が終わるまで過去の国家試験の問題など見たこともなかった。卒業試験が無事終わってほっとして(卒業できるかのほうがよほど心配だった)、国試の問題を見て仰天した。公衆衛生などもう全くわからない。あわてて勉強して何とかなったが本当に冷汗ものだった。

 兎に角、東大が国試対策をしていないことは確かで、それを和田氏がどう評価しているのかがよくわからない。おれが指導すれば100%合格させるぜ、と思っているのかも知れない。

 東大教授は教育より研究が好きということはいわれるが、和田氏はもしも教育能力が重視されるようになるなら、自分だっ て(東大)教授に選ばれても不思議ではないのだと、書いてはいないが、いささかそういう方向が匂ってこないでもない。

 さらに本郷(医学部)は駄目で駒場教養学部)はいいという話も出てくる。

 医者は若い頃から接待づけという話もあり「東大なら当然銀座」という話もでてくる。わたくしが所属していた研究室はかなり潔癖で、学会の旅費とかも自前で、地方の学会での食事など当然自前で払っていたが、一つだけ後悔しているのが、プロパーさんに論文のコピーなどを依頼していたことがあったことである。自分で図書館にいって医学誌を借り出し、医局にもって帰って自分でコピーすればいいのだが、それが面倒なので、自分の勉強のためだからいいだろうと勝手な理屈で頼んでいた。しかし医局のコピーはあまり費用がかからないのに、医学部図書館でのコピーはかなりの費用がかかるのである。それに気がついてからは頼むのをやめた。
 銀座問題?については、「上の先生は銀座、若い先生は新宿」などとはっきり言われたこともあり、35歳で市中病院へでたわたくしとしては特にいい思い出もないが、乏しい経験からいえば、とにかく一部の銀座の女性は日経新聞などを隅から隅まで読んでいるのではないかと思うくらい話題が豊富であった。どこの世界でも努力が必要ということなのであろう。
 しかしそれはわたくしが若くして東大をでたからで、同期で東大の〇〇科教授になった先生は「薬屋さんの接待で銀座などにいくと、いつとはなしに傍に若い女性が侍っており、薬屋さんはいなくなり、その女性がこれからどうします。費用はお預かりしていますから・・」というようなことになることがしばしばあり、その誘惑に耐えるのが大変といっていた。
 これを読んでうらやましいなあ!と思う方は是非とも頑張って、東大理三から東大医学部教授を目指して頂きたい。

 しかし、この方面の話題に関しては関西の先生方のほうがはるかにえげつないのだそうで、プロパーさんは関西から東京にくると本当にほっとしますと言っていた。関西では訪問すると「そういえば最近ゴルフをしてねえなあ」などとつぶやく先生がたくさんいるのだそうである。
 だからこれは医療業界自体の問題で特に東大医学部の問題ではないはずである。

 さて159ページから「赤レンガ闘争と東大医学部」という話になる。赤レンガというのは東大精神神経科医局が入っている建物で古色蒼然というのか異色の建造物である。東大闘争でもっとも過激だったのは精神神経科と小児科で、そのため文部省からにらまれて未だに改築が出来ないのだといわれている。
 文科省とうまくやっているのは東京医科歯科大学だという話をきいたことがある。東大の教授はお役人がきても「待たせておけ!」というような態度の人が多いのに対し、医科歯科の場合、お役所からお役人が来るとわかると、そこに医局員を送り、役人が訳書を出るとすぐに大学に連絡し、病院の玄関で教授以下の関係者が総出で迎えるのだそうである。確かに医科歯科大学では次ぎ次と新しい建物が建っているようである。
 
 次に話は精神医学界内部での「生物学的精神医学」と「人間的精神医学」の対立の話になり、東大の話からはまったく外れてしまう。
 これは要するに精神疾患とは「脳の病気」か?「人間関係から生じる病気」か?という問題である。
 クロルプロマジンなどができるまでは精神科はほとんど薬物治療の手段をもたなかったわけで、かなり有効な抗うつ剤が出てきてようやく精神科も臨床医学の仲間入りができたわけだと思う。そうなると精神分析などがどう位置付けられるのかということになる。和田氏は精神分析にも精通しているとのことだが、わたくしは、精神分析はもう完全に過去のものとなっていると思っているので(教育分析などといって、一子相伝的になった時点でもう学問ではなくなっていると思うし、そもそもフロイトユングの説はほとんどオカルトである。それからオカルト臭を消すのに河合隼雄さんなどは随分と苦労したのではないかと思う)、どうもこのあたり、和田氏の立ち位置がよく理解できなかった。
 精神疾患では現在までのところ脳に器質的異常は発見できず、CTなどで指摘できる変化もないことが精神医学の臨床が抱える大きな問題で、だからこそDSM(精神疾患の診断統計マニュアル)などというものが出来、例えば統合失調症では、
(1)妄想
(2)幻覚
(3)まとまりのない発語 (例:頻繁な脱線または滅裂)
(4)ひどくまとまらない、または緊張病性の行動
(5)陰性症状(すなわち感情の平板化、意欲欠如)
これら5つの症状のうち、2つかそれ以上が存在し、かつ、それが6カ月を超えて続く場合に診断される、といったことになるのだが、これを読んで何とも味気ない思いがするのはわたくしだけだろうか?
 ここでは脳の病気?人間関係の病気?といった視点はどこかに消えてしまい、おこった現象のみから診断が下されることになる。一昔前の学界の権威が「俺が統合失調症といったら統合失調症!」などという時代の反動なのだろうが、例えば中井久夫さんの本を読んで感じる何とも心躍る感じ(例えば「分裂病と人類」「治療文化論」)などはそこにはまったくない。
 つまりこの対立は東大医学部の問題など全く関係のない精神医学という領域が抱える根源的な問題であって、なぜそれが本書で論じられるのかが全く理解できない。「生物学的精神医学」が大嫌いで「人間的精神医学」に与する和田氏が「生物学的精神医学」派である東大医学部批判にかこつけて「生物学的精神医学」批判を展開しているだけとしか思えなかった。

 次が「東大医学部にアスペルガーが多い」は真実か?
 和田氏自身が「自分はAⅮHⅮでアスペルガーである」と言っている。
 しかしここではその問題はあまり論じられず、よい臨床医とは何かという方向に議論がいっている。
 さらに、近藤誠さんと「乳房温存手術」の問題が論じられる。これは乳がんは早期には局所にとどまるか、早期からすでに全身に(顕微鏡的には)広がっているかという乳がんの病態の認識の問題で、前者であれば局所をいかに大きく切除できるかが問題となり、後者であれば、局所をいかに大きくとるかは問題ではなく、早期からの全身治療が問題になる。
 近藤氏は放射線科医である。諸外国では日本に比べ癌の治療に最初から外科医・化学療法医・放射線科医が一緒に参加することが多いが、日本では癌は(白血病などの血液系の腫瘍を除けば)手術が第一選択で、外科医の担当する病気で、それでうまくいかなくなった場合に初めて化学療法や放射線治療の出番が来るという認識が強い。
近藤氏が「乳がんは全身病である。ハルシュテット手術(胸筋合併乳房切除)のような局所の拡大手術は意味がない」と言い出した時、まず放射線科医の分際で、ということがあっただろうと思う。癌は俺たちの領域だ。放射線科医は俺たちの後始末をしていればいいのだというような。
 当時、確か大塚のがん研に乳がん手術の権威がいて、ハルシュテット手術に最後までこだわったため、日本の乳がん手術は世界からかなりの後れをとることになったといわれている。
 しかし一方の近藤氏も最近では何だか宗教家のようになってしまい、あらゆる癌の手術は無駄という極端に走っているように見える。
 昔、外来をしていたら、乳がんで花が咲いた状態の患者さんが来た。花が咲くというと美しい表現だが、実際は乳房の皮膚が潰瘍を形成して、皮膚の欠損の範囲が大きくなった状態を指す言葉で、悲惨な病状である。病歴を聴くと近藤氏のクリニックに通っているらしい。特に積極的な治療はしていないようであった。もちろんどのような治療をしてもこうなることはあるわけで、治療をしてもかえって体力を低下させるだけという判断も十分にありうるわけであるが、それでも近藤氏の臨床家としてのありかたに疑問を感じた。

 それで、「偉いお医者さん」って何だ?(P186)ということになる。鳥集氏は「患者を救った人たちが一番偉い」という。特に和田氏は答えていない。

 第3章は「天才集団・東大医学部よ、もはや小さくまとまっている場合じゃない。」
 いきなりノーベル賞で東大は京大に大敗している、という話が始まる。ここはどうでもいい話ばかりなので飛ばして、次に糖尿病の話。
 和田氏は自身が糖尿病なのだそうであるが、高齢での発症なので当然Ⅱ型。しかし日本ではⅡ型でもインスリンで厳密なコントロールを目指す医者が多いとし、そういうことを推奨しない良い医者に巡り合ってよかったと書いている。
 しかしⅡ型であれば経口糖尿病薬での治療が現在の主流で、まずインスリンが用いられることはないと思うが違うだろうか? GHA1Cを指標とする目標値をいくつにするか?はわたくしは7を大きく超えない程度と思っている。8を越えたらさすがに治療と思うが、これは高血圧の基準が、上が130以上とアメリカの学会で最近定義したのでもわかるように、製薬業界からの強い圧力に最早医学研究部門が抗せなくなっていることの表われだろうと思っている。大学では製薬業界からの研究費がなければ、研究さえ継続できなくなっているのだと思う。わたくしが医者になりたての50年前では、高血圧は160/100以上だった。有効な降圧剤がほとんどなかったこともあると思うが・・。

 エピローグは和田氏。
 自分の経験から日本の医療は変わっていない、と氏はいう。
1) 健康診断と正常値信仰
高齢になればなるほど健診を受ければ異常値の一つや二つあっても当たり前。しかし患者を個別にみるのではなく全体にみなくてはいけないのに一向にそうなってはいない。それは東大医学部のせい。東大の医局が専門医志向が強いからとされる。
2) 能力がある受験生が東大理三を目指すことには問題ない。
受験勉強が得意なひとが理Ⅲを志向するのが問題なのではなく、その後の指導がなっていないのが問題。また今の受験業界が上から押し付ける指導に片寄っていて、生徒の自主性を潰してしまうのも問題と。

 以上、表紙にある「本物の「成功者」はどこにいる」とか「偏差値トップの超エリートコースを歩むのはどんな子どもで、どういう人生を歩むのか?」とかには本書はほとんど答えていない。
 それは和田氏自身が「自分はAⅮHⅮでアスペルガーである」と言っていることと関係があるのかも知れないが、個々の問題に答えているそれぞれの回答を通観すると、もっと大きな問題への回答が自ずから見えてくるということがなく、個々の回答が個別の回答にとどまっているためではないかと思う。
 受験の問題は受験スクールの長として、東大医学部の専門に立てこもる蛸壺化への批判は在野の臨床家として、精神医療の問題は生物学的精神医療反対派の立場から議論がなされているが、それぞれを通観するともっと基本的な和田氏の思考が透けて見えてくるということがない。

 本当の問題は、東大の様々な学部のなかで理Ⅲだけが医者という職業に直結していることであるのだとわたくしは思っている。和田氏はそれに、教養学部を終えたあとに医学・医療への道を選択するという案を提示していて、まことにもっともであると思うけれど、その解答が東大をふくめた医学部の専門志向の弊害といったこととは別に論じられるので、全体像が見えてこない。

 ということで、今理三を受験しようかと思っている学生さんやその親御さんなどには役立つ本ではなく、東大医学部に関心がある、あるいは日本の医療の問題に関心があるという読者にもあまり益する本にはなっていないように思う。

 和田秀樹という人の顔が見えすぎて、いささか鼻につくというのが正直な感想である。博学な鳥集氏問題提起をし、それに和田氏が答えるという形式になっているためかも知れないが。