中井久夫さん (続)(補遺)

 前稿で「希望を処方する。」という中井氏の「医療と家族とあなたとの三者の呼吸が合うかどうかによってこれからどうなるかは大いに変わる」という言葉を紹介した。

 二十年位前、妹が「悪性リンパ腫」になった。
 ある金曜日、外来をしていたら、妹から電話がかかってきて「この数日熱が下がらない」という。「ふーん、白血病かもしれないから、すぐにおいで。」と冗談(その時はそのつもり)を言って病院にきてもらった。
 当然、血液検査をするが、すぐに検査室から「白血球が3万以上です。ブラストも多数です。」という報告が来た(ブラストとは通常の血液検査では検出されない幼弱な白血球)。「ありゃ、本当に白血病」と思い、すぐに入院させ、血液疾患の専門の先生に受け持ってもらった。(わたしが勤めていたような病床数200弱の病院ではまず血液疾患の専門医が常勤でいることはない。しかしたまたま、その数年前、どういうわけかその先生が当院にきてくれた。研究から実地臨床に出たいと思って、たまたまわたくしと親しかったので、当院にきてくれたらしい(幸運1)。優秀な先生というのは凄いもので、研修医が受け持っていたわたくしからみるとどうということのないようにみえる症例から次々に問題点をみつけ学会に報告していた。

 さて、その妹の娘がその当時、慶応大学病院で看護師をしていた。大学進学時、ナースになろうか?一般大学に進もうかの相談をうけた時、一般大学にいってOLになるなどというのはなんの意味もないから断固看護師になることを薦めた(しかし、結婚して、子供ができると、あっという間に家に引っ込んでしまった)。
 翌土曜日外来をしていると、妹の夫君が、外来のそとでちらちらしている。あれ、と思って出てきいてみると、「実は、慶応でナースをしている娘が婦長さんに相談したら、すぐに当院に転院したらどう? わたしが血液内科の教授に相談してあげる」ということになり、教授に相談したら、12時くらいまでは病院にいるから、電話をもらいたい」ということなのですが、先生も外来中なので・・」という。昨日入院したばかりなのにすぐに転院というのは失礼ではないかとかいかとかいろいろいろと迷っていたらしい。となりのブースで外来をしていた担当のS先生に事情を伝えたらすぐに電話をしてくれた、すでに学会などで顔をあわせていた関係もあり、話がトントンと進み、翌週の月曜日に慶応病院に転院することが決まった。(幸運2) またそこで受けもちになっていただいた女医さんも素晴らしい先生であった。(幸運3) なにしろ娘は慶応病院勤務であるから、頻繁に顔をだせるし、わたくしも荻窪お茶の水通勤であるので、可能であれば帰宅途中に顔をだすようにしていた(幸運4?)。
 6ヶ月の治療後、退院するとき担当の女医さんが「まったく非科学的かもしれないですが、ナースの研究で、ご家族のかたが頻繁に病院に顔をだされる患者さんのほうが、そうでない患者さんより有意に緩解する率が高いというデータがでました、と言っていた。コロナ下で現在、病院は原則家族の面会禁止である。このことが患者さんの転機に影響しているということがあるだろうか?

 まだまだ臨床の分野にはわからないことが沢山残されているのだと思う。