本の値上がり

 今朝の朝日の朝刊に「紙の本の値上げが続く。文庫本も千円超」という記事がでていた。手許にあった吉行淳之介「原色の街・驟雨」(新潮文庫 昭和41年刊)を見てみたら110円だった。1966年だから50年以上前。今はこの文庫本は700円位の値段である。5倍以上。
 要するに本を読むひとが少なくなったのだろうか? 売れなくなれば単価があがるのは理の当然である。あるいは本を買わずにキンドルなど電子媒体で読む人が増えたのだろうか?
 とにかく本は嵩張るし重い。本を読んでも捨てずにいると家の中をどんどん侵食する。たいていの本読みは家のなかの本の置き場について家人と喧嘩したり、家の床が抜けたりしたりした経験をしているはずである。わたくしも昔、安アパートの床を抜いたことがある。たった1個の本棚によってである。
 山口昌男さんだったか? あ、ここにも本を置ける!という夢を見るといっていた。
 とにかく本を読むひと、それを捨てないひとは、どこにそれを置くかについて家人と「日夜闘い続けている」はずである。月光仮面である。といってももう知らないひとが多いだろうなあ。「スーパーマン」のぱくりである、といっても「スーパーマン」ももう知らない人が多いかも。
 話がずれたが、本という形態は紙というものが出来たからこそ出現したもので、たかだか2~3千年の歴史のはずである。その紙に依存して出来た書物という形態が、電子媒体という新しい形態にとって代わられようとする過渡期に今われわれはいるのかもしれない。
 しかし50年前に読んだ本をいまだにとってあるわたくしも変人であるが、二十歳のころ吉行淳之介の娼婦ものなんかを読んでいたらしいことがわかるというのも本を捨てずにとってあった功徳かもしれない。今ちらっと読んでみたら、吉行の小説って随分と古風というか端正だなと思った。