原彬久編 「岸信介証言録」

   毎日新聞社 2003年4月20日初版


 岸信介氏が84歳の時に原氏とおこなったインタヴューの記録。
 自民党の本流といわれる人、特に革新官僚といわれた岸氏などは自由というのが嫌いなのではないか? アダム・スミスやヒューム流の自由主義というのは嫌いなのではないか? 基本的に社会主義者なのではないかという疑念があって、そういう関心から読んでみた。
 国家などはどうでもいい、関心があるのは自分だけ、という「個人主義者」よりは、立場は一見反対でも、国の行く末について考えているという点でむしろ左翼のほうに親近感があるのではないかという気が以前からしていた。本書を読んでみて、半分そのようでもあり、半分そうでもないようであり、という印象である。
 岸氏は山口の出であるが、山口からは共産党野坂参三宮本顕治、市川正一などもでていて、そういう共産党の人間は、岸氏ではなく、自分たちこそが吉田松陰高杉晋作の直系なのだといっていたという。もちろん、岸氏は自分こそが吉田松陰直系であると思っているのであるが。ともに国を憂うという点で共通しているということはいえるのかもしれない。
 そして北一輝の『国家改造案』の私有財産の否定への共感をかくしていない。スミスやヒュームが自己の財産の上での自立ということにその思想の根本をおいていることを考えると、たしかにスコットランド学派的な自由主義とはまったく縁がないひとであることは間違いない。
 そして放漫な自由主義経済(これは弱肉強食、力がすべてになるという)を否定して、計画的な自主経済に帰依するといっているから、市場原理主義とも対立することはあきらかである。
 しかしながら政治がまもるべきものは「国民の自由」であるとも何度もいっている。
 政治家というのは大衆よりも数歩先にいっていなければならない、という。かなり賢人政治に傾いているようにもみえる。衆愚政治への嫌悪感ははっきりしている。しかし、政党政治に深い信頼をおいているようでもあり、二大政党制への信念を繰り返しのべている。なにしろ、最初、岸氏は社会党から立候補しようとしたのだそうである。自民党で公認を得られなかったものは社会党からでる。そういうことをくりかえしているうちに社会党が現実的な党になってくる、そういう形で、裾野が重なる、主張に共通点がある与党と野党ができてくればいいとしていたようである。そう言う点ではきわめて現実的思考のひとである。実際に政治は結果がよければいいのだといっている。
 岸氏の立場は明らかに大きな政府である。現在の自民党も基本的には大きな政府である。そしてマスコミも大きな政府論である。日本には本当の意味で小さな政府的志向の政党は存在しないように思われる。これもまた日本の旧来からの家族構造にねざすものなのだろうか?