読書備忘録

 山本武利 「朝日新聞の中国侵略」 文藝春秋社 2011年

何だかどぎついタイトルであるが、朝日新聞社が中国を侵略したということではない。内扉の文をそのまま引用すれば、「昭和十四年元旦、日本人居留民が激増する中国の上海に日本語新聞が創刊された。その名は「大陸新報」。題字は朝日の緒方竹虎が筆を執り、…

中野五郎「祖国に還える」復刻版 DIRECT社 2023 1 25 刊

昭和18年2月に刊行された本の復刻版である。著者は朝日新聞の記者で、大東亜戦争(と敢えて表示)開戦時アメリカにいて、アメリカで拘束されキャンプに抑留される。報道を担当するものは外交官などに準じる一種の特権を与えられるらしく、拘留といっても…

中国の政治の話

最近、中国のことが何かと話題になっている。わたくしは極度の政治音痴であるので、そこで論じられていることの正否についての評価はまったくできないが、中国の人たちの政治についての見方というのは、西欧あるいは日本のものとはまったく異なっていると思…

吉松隆「魚座の音楽論」(音楽之友社 1987)

最近、音楽のことを論じているうちにこの本のことを思い出した。いまでこそ巨匠?の吉松氏であるが、いまからまだ30年以上以前の氏は、一部には知られていても、どちらかと言えば反時代的なきれいきれいな曲を書く異端の作曲家という扱いであったような気…

岡田暁生 片山杜秀「ごまかさないクラシック音楽」その9(完) 前衛の斜陽など

片山:冷戦当時西側は東側の先をいっていると演出したがった。前衛音楽はそれゆえ西側で生きられた。 岡田:芸術家にとっては夢のような時代だった。企業が金を出してくれた。でも今の企業は芸術ではなく環境保護に金を出す。 ベルリンの壁崩壊が音楽に与え…

岡田暁生 片山杜秀「ごまかさないクラシック音楽」その8  ジャズ・前衛音楽・東側と西側

岡田;20世紀以降の音楽を語る上でジャズは欠かせない。 片山:ジャズの起源にはセミ・クラシックがしみ込んでいる。ドイツ本流のクラシック音楽こそが文明という考えは第一次世界大戦前後に無効化されていたということに、多くのひとはジャズで気づいた。 …

岡田暁生 片山杜秀「ごまかさないクラシック音楽」 その7 第4章「クラシック音楽の終焉」 その2 ショスタコーヴィチなど

岡田:20世紀の交響曲といえばショスタコーヴィチ。以前のわれわれはショスタコーヴィチを「ソヴィエト共産党の御用作曲家」と思っていた。オラトリオ「森の歌」とか・・。西側にはない何だか全体主義的抑圧の雰囲気を持つ音楽と思っていた。 片山:自分は…

ごまかさないクラシック音楽 (6) 第4章 クラシック音楽の終焉(1)

岡田 本書の目的は従来型の音楽史とは異なる文脈を提示すること。最近のウクライナ情勢は、ソナタ形式の再現部のよう。提示部:二つの世界大戦、展開部がベルリンの壁崩壊以後、そして2022年以降が再現部? ユーラシア大陸の中心から非西欧の狼煙が上が…

岡田暁生 片山杜秀 「ごまかさないクラシック音楽」(5)

第三章 ロマン派というブラックホール1.ロマン派とは何か 岡田:ロマン派はクラシック・レパートリーの本丸。 片山:小難しい古典主義ではなく、階級を問わず広く受け入れられる新しい価値が「ロマン」。 岡田:ロマン派の時代は、1800年初頭からのほ…

岡田暁生 片山杜秀 「ごまかさないクラシック音楽」(4)

第二章 ウィーン古典派と音楽の近代 ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン 片山 バッハとベートーヴェンでほとんどのことは語れる。 岡田 バッハは前近代の人、ベートーヴェンは近代の人。ハイドンには聴衆一人一人の顔が見えていた。 片山 ハイドンは雇…

岡田暁生 片山杜秀 「ごまかさないクラシック音楽」(3)

第1章 バッハは「音楽の父」か 岡田 まず「神に奉納される音楽」の話から 片山 クラシック音楽は「神なき人間」が倫理的に目覚め、素晴らしい世界に到達するという啓蒙主義的なヴィジョンを表象するツール。しかし近代以前の人間はひたすら神にすがる。古楽…

岡田暁生 片山杜秀 「ごまかさないクラシック音楽」(2)

序章 バッハ以前の一千年はどこに行ったのか こういうタイトルであるが、相当部分が「クラシック音楽」とは何なのかについての議論となっている。 西洋音楽は9世紀にグレゴリア聖歌が整えられた辺りから始まる。それなのになぜクラシック音楽はバッハ以後の…

町田康 「口訳 古事記」

この本は新聞の広告で知った。今日届いたばかりなのでまだ最初の「神xyの物語」しか読んでいないが面白い。 町田氏の古典口語訳?は池澤夏樹個人編集の「日本文学全集」(河出書房新社)の「宇治拾遺物語」の訳がとても面白かった。それでこれも面白いだろ…

岡田暁生 片山杜秀 「ごまかさないクラシック音楽」(1)

2023年5月25日新潮社刊の本。まだ出版されたばかり。二人の対談の前後に、「はじめに」を岡田氏、「おわりに」を片山氏が書くという構成。 岡田氏は『オペラの運命 十九世紀を魅了した「一夜の夢」』『西洋音楽史 「クラシック」の黄昏』『「クラシッ…

荒川洋治 「文庫の読書」

荒川氏が1992年から2022年までに書いた62冊の文庫についての書評・エッセイ・巻末解説を収めたもの。中公文庫の文庫オリジナルであり、本年4月25日刊であるから刊行間もない本である。 このうちどのくらい自分が読んでいるかなという興味で入手…

柴田翔「されどわれらが日々―」

書棚の奥から昔の本がいろいろとでてくる中で、柴田翔「されどわれらが日々―」が出て来た(藝春秋新社 初版1964年 定価340円)。わたくしが持っているのは1965年刊の11版。高校2年位に読んでいるようである。64年上期の芥川賞受賞作。 当時…

「優雅な怠惰」と「晴朗な精神」

本棚を整理していたら奥から小野寺健氏の「E.M.フォースターの姿勢」(みすず書房 2001年)が出て来た。その「あとがき」に、「優雅な怠惰」と「晴朗な精神」という言葉が出てくる。これこそが「真の教養人」であるフォースターをつかむキーワードとし…

長谷川眞理子「進化的人間考」(6) 第18章「進化心理学・人間行動生態学の誕生と展望」

最終章である。まず進化心理学の概説。これは20世紀の後半に始まった学問分野であり、たかだか30年余の歴史しかまだない。そのため多くのひとには馴染みがない学問分野であろう。 これはヒトの心理学に進化生物学を取り込むことにより、心理学に新たな風を…

長谷川眞理子「進化的人間考」(5)第14章「ヒトの適応進化環境と現代人の健康」 第15章「ヒトの適応進化環境と社会のあり方」 第16章「言語と文化」 第17章「人間の統合的理解の行方」

直立二足歩行する人類は600~700万年前に出現した。さらに20万年の間にホモ・サピエンスに進化した。 「適応進化環境」という概念がある。 先進国の食生活の問題は砂糖・塩・脂肪の摂りすぎである。これらはみなヒトの生存に不可欠なものであるが、…

長谷川眞理子 「進化的人間考」(4) 第13章「人はなぜ罪を犯すのか - 進化生物学から見た競争下での行動戦略」

ちょっとこの章のタイトルは厳しいのではないかと思う。人間以外の動物が「罪」を犯すとは思えないからである。 1970年代半ばにでたE・O・ウイルソンの「社会生物学」からこの種の問題提起がなされてきたわけであるが、これはダーウインの「種の起源」出…

塩原俊彦「ウクライナ戦争をどうみるか」(2)

BBCが2014年春のウクライナを報道した「ニュースナイト:新しいウクライナにおけるネオナチの脅威」という番組がある。これをみれば少なくとも2014年の段階において「ネオナチ」といわれるようなものがウクライナに存在していたことがわかる。プーチ…

吉田健一訳詩集「葡萄酒の色」「ラフォルグ抄」

わたくしが持っている吉田健一の訳詩集「葡萄酒の色」は昭和53年(1978年)刊の小澤書店(発行者長谷川郁夫)刊のものと、2013年刊行の岩波文庫の二冊である。 長谷川郁夫氏の「吉田健一」(新潮社2014)によれば、昭和50年に刊行された「ラ…

ジュール・ラフォルグ「聖母なる月のまねび」

ジュール・ラフォルグは19世紀後半のフランスの象徴派の詩人で、27歳で死んでいる。T・S・エリオットなどに影響を与えたといわれ、日本でも、中原中也、梶井基次郎などが愛読したのだそうである。作品としては、「嘆き節」「聖母なる月のまねび」などが…

本棚 (あるいは渡部昇一「知的生活の方法」)

暇なのでよくYouTubeを見ているが、そこでの識者?(昔の言い方では文化人?)がいろいろと見解を述べているのを見ると、その人の背後は書棚であることが多い。意見を述べている本人に焦点があたっていて背後の書棚はぼんやりとしか見えないが、わたくしなど…

長谷川眞理子「進化的人間考」(3)

前回(2)から大分空いてしまったが感想の続き。第11章 三項表象と共同幻想 ヒトは食べていくためにも共同作業が必要。とすると「個体は基本的に一人で食べていく」という仮定を前提とする行動生態学の知見をそのままヒトに当てはめることはできない。 そ…

上橋菜穂子 津田篤太郎 「ほの暗い永久から出でて 生と死を廻る対話」

実はこのお二人ともほんの少し前までまったく存知あげなかった。上橋氏は文化人類学者のようだが、児童文学として有名な方らしい。野間児童文学賞 本屋大賞 日本医療小説大賞 国際アンデルセン賞作家賞などとある。一方、日本文化人類学章受賞ともあるから、…

「進化論の現在」シリーズの「女より男の給料が高いわけ」

本棚の奥のほうから「進化論の現在」というシリーズ本がでてきた。ロンドン大学で行われたセミナーを翻訳したもので全部で7冊、翻訳は2002年から4年にかけて刊行されている。 トンデモといわれることもあった竹内久美子さんが翻訳を担当しているが、決…

長谷川眞理子 「進化的人間考」(2)

第6章 ヒトの食物と人間性の進化 ある生物が何を食べるかは、その生物の進化にとってきわめて重要。例)ガラパゴス島のダーウインフィンチ。 ヒトは昼行性の霊長類だが、昼行性の霊長類の主食は通常は果実や歯葉などの植物である。昆虫も食べるが他の霊長類…

長谷川眞理子「進化的人間考」(1) 少 し前からレイランドというひとの「人間性の進化的起源 なぜヒトだけが複雑な文化を創造できたのか」(勁草書房 2023)という本を読みだしたのだが、何か変だなという感じが強くなってきて中断している。著者は自…

与那覇潤 「平成史 1989-2019 昨日の世界のすべて」(文藝春秋 2021)最終回(「跋」)

最後にふされている「跋」は全体で7ページほどで、一部はこういう出版物の例にもれず、本書の出版にかかわった方への謝辞である。問題はそれ以外の部分で、現在の日本の人文学の現状(惨状?)の指摘と、それへの批判である。 2016年のトランプ当選&ブ…