読書備忘録

熊代亨「健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて」

書店で偶然に見つけた本である。著者の名前も知らなかったが、ブロガーでもあるとあったので検索してみたら、氏の「シロクマの葛籠」というブログはいままで何回か目にしたことがあった。 本書を読んで第一に感じたのが、世代の違いということである。 著者…

岩田健太郎「新型コロナウイルスの真実」(6)

第5章「どんな感染症にも向き合える心構えとは」 この章には、よく理解できないところが多かった。 「感染症と向き合う上でまず大切になるのは、『安心を求めない』ということです」という主張からはじまる。「安全」というものは現実に存在する、しかし「…

岩田健太郎「新型コロナウイルスの真実」(5)

第4章は「新型コロナウイルスで日本社会は変わるか」と題されているのだが、やや羊頭狗肉の趣がなきにしもあらずで、その点について岩田氏の明確な主張がなされているとは必ずしも思えず、論点の列挙におわっているような印象をうけた。 岩田氏は日本の感染…

岩田健太郎「新型コロナウイルスの真実」(4)

第三章「ダイヤモンド・プリンセスで起こっていたこと」は約60ページあり、本書で一番多くの紙数が割かれており、岩田氏がもっともいいたかった部分であろうと思われる。そしてそこでいわれるダイヤモンド・プリンセス号でおきていたことには、日本が持つ…

岩田健太郎「新型コロナウイルスの真実」(3)

第二章「あなたができる感染症対策のイロハ」 主な感染経路は二つ。飛沫感染と接触感染。飛沫感染は患者がくしゃみとか咳をしたときに生じる水しぶきによって生じる感染。飛距離は2mくらい。接触感染は、患者から飛んだ飛沫が何かの表面につき、そこに別の…

岩田健太郎「新型コロナウイルスの真実」(2)

本書での岩田氏の関心はかならずしも狭義の新型コロナウイルス感染の問題にはなく、この感染流行から露呈されてくる日本の抱える様々問題を指摘することにもあるように思うが、まず巻頭におかれた狭義の医学的論議から見ていく。1)ウイルスとは何か?: 専…

岩田健太郎「新型コロナウイルスの真実」(1)

奥付では2020年4月20日刊になっているが、先々週から書店には並んでいたように思う。「あとがき」の日付は3月23日。出版を急いだため、口述したものから文章を起こしたものらしい。 「はじめに」、第一章「「コロナウイルス」って何ですか? 約35…

三浦雅士「石坂洋次郎の逆襲」(2)

渡部昇一氏の「戦後啓蒙のおわり・三島由紀夫」(「腐敗の時代」1975年 初出「諸君! 1974年12月号」)は三島由紀夫、特にその「鏡子の家」、を論じたものであるが、昭和35年(1960年)の日本社会党委員長浅沼稲次郎刺殺事件から稿を起こし…

三浦雅士「石坂洋次郎の逆襲」(1)

最近、書店で偶然みつけた本だが(本年1月28日に刊行)、とても面白かったので、しばらく、これについて、いくつか書いてみたいと思う。石坂洋二郎の小説群を「母系制」という視点から見直そうとしている本である。 しかし、困ったことが多くある。第一に…

ちくま学芸文庫版 加藤典洋「敗戦後論」の内田樹氏による解説

ちくま学芸文庫版の「敗戦後論」は2015年の刊行である。1997年に講談社より刊行された原著の出版から20年近くたっている。 本書には2005年刊のちくま文庫版「敗戦後論」に付された内田樹氏による「卑しい街の騎士」という解説と、2015年刊…

小熊英二「日本社会のしくみ」(2)第一章日本社会の「三つの生き方」

第1章 日本社会の「三つの生き方」 最初に「不安な個人、立ちすくむ国家」という2017年に「経産省若手プロジェクト」が作成した文書が紹介されている。随分と評判になったものらしいが、わたくしは知らなかった。これを知っただけでも、本書を読んだ意…

小熊英二「日本社会のしくみ 雇用・教育・福祉の歴史社会学」(1)

600ページ近い新書としては異例の厚さの本で、正直、非常に読みにくい。「雇用・教育・福祉の歴史社会学」という副題がつけられているが、主に論じられるのは雇用の問題で、新卒一括採用、年功序列、終身雇用といったいわゆる世界から見てかなり特異とさ…

浅田次郎「日本の「運命」について語ろう」

二時間位、汽車(死語?)に乗る機会があり、そのための読みものとして、駅の書店でもとめたもの。200ページくらいの薄い文庫本である。 随分と大きく構えたタイトルであるが、浅田氏の講演の記録である(ただし文字で読んでも違和感がないように編集され…

楠木建「すべては「好き嫌い」から始まる」

著者の楠木さんという方は、今までまったく存じ上げなかった方なのだが、つい最近、偶然、本屋で「戦略読書日記」(ちくま文庫)というのを見つけて面白かったことから、その名を知った。 その「戦略読書日記」という本を本屋で立ち読みしていて、その第12…

橋本治「父権制の崩壊 あるいは指導者はもう来ない」(2)

わたくしはE・トッドの著作は「帝国以後」しか読んでいないので、以下、鹿島茂氏のまとめにしたがう。 トッドは世界の家族を4類型に分ける。 1)絶対核家族(イングランド・アメリカ型):結婚した男子は親と同居しない。別居して別の核家族をつくる。親…

橋本治「父権制の崩壊 あるいは指導者はもう来ない」(1)

橋本氏が「小説トリッパー」に2017年秋号から2018年冬季号まで、連載したものの書籍化。おそらく、この後も書き継ぐつもりでいたものが、氏の死により中断されたもののように思う(161ページに「六月の末に癌の摘出手術を受けて入院中とある)。…

橘玲「朝日ぎらい よりよい世界のためのリベラル進化論」(2) 

内田樹さんの2002年の本「「おじさん」的思考」は「日本の正しいおじさん」擁護のための書であることが言われている。そこでは内田氏自身は、どちらかといえば「日本の悪いおじさん」であって《インテリで、リベラルで、勤勉で、公正で、温厚な》「日本…

橘玲「朝日ぎらい よりよい世界のためのリベラル進化論」(1)

橘さんは日本にときどき現れる確信犯的リバタリアンの一人だと思う。わたくしもまたリバタリアニズムに相当親和性のあるほうだと思うのだが、それ一本鎗でいけないのは、たとえば原口統三の「武士は食はねど高楊枝。全く僕はこの諺が好きだつた」などという…

堀井憲一郎「1971年の悪霊」(5)

最終章である第9章の「左翼思想はどこでついていけなくなったか」は著者の堀井氏の個人史を述べたものである。1958年生まれの堀井氏はわたくしより10歳くらい年下であるのでおのずとその経験が異なるわけであるが、まず堀井氏の個人史から。 1970年…

堀井憲一郎「1971年の悪霊」(4)

第8章は「毛沢東「文化大革命」を支持していたころ」と題され、「文化大革命」が論じられる。 わたくしが文化大革命というと思い出すのは、若者たちが自分たちが糾弾する人間に変な帽子を被せて胸に罪状を書いた紙をつけさせて引きまわしている光景と、天安…

堀井憲一郎「1971年の悪霊」(3)

全共闘世代という言葉が現在でもまだ時々使われているので、全共闘運動というものについて、今の若いひとでもなにがしかのことは聞いているのではないかと思うが、「パリ五月革命」についてはどうだろうか? もっともわたくしだってひとのことは言えないので…

堀井憲一郎「1971年の悪霊」(2)

第3章は「1971年、高橋和巳が死んだ5月」と題されている。わたくしは高橋和巳の著書を一冊も読んでいないので、本来、ここを論ずる資格がないのだが、大学時代の友人に高橋和巳信者がいたので、高橋のことをいろいろときかさせてもらっていて、それな…

堀井憲一郎「1971年の悪霊」(1)

堀井氏の名前を最初に知ったのは、どこかの週刊誌(週刊新潮?)で連載していた「ホリイのずんずん調査」?というコラムでだったと思う。何かの話題について私見を述べるのではなく、とにかく調査してみるという姿勢のユニークなコラムだった。 堀井氏の書く…

富田武「歴史としての東大闘争 - ぼくたちが闘ったわけ」

東大医学部の同窓会である鉄門倶楽部の同窓会誌「鉄門だより」では、最近の何号か「東大紛争」についての特集というか、それについてのさまざまなひとの寄稿がのせられている。このことについて論じるときにまず直面する厄介な問題があつかう対象を東大闘争…

片山杜秀「音楽放浪記 世界之巻」と三浦雅士氏によるその解説

以前アルテスパブリッシングというところから「音盤考現学」と「音盤博物誌」という題で刊行された本を再編集して「音楽放浪記 日本之巻」「音楽放浪記 世界之巻」の二冊にして文庫化されたものの一冊である。政治思想史を専門とする片山氏にとって音楽関係…

池澤夏樹他「堀田善衛を読む」

集英社新書 2018年 このような本が刊行されたのは今年が堀田氏生誕100年(没後20年)にあたるということのためらしい。わたくしは堀田氏の本は「ゴヤ」しか読んでいない。手許の本の奥付は1977年刊の10刷となっている。30歳の年であるが、…

上野千鶴子「女ぎらい ニッポンのミソジニー」(2)

「世界一「考えさせられる」入試問題」という本が最近文庫化された。オックスフォードとケンブリッジの入学試験での面接問題を紹介し、著者が回答例を付したもので、そこに「フェミニズムは死にましたか?」というケンブリッジ大学古典学での問題も紹介され…

上野千鶴子「女ぎらい ニッポンのミソジニー」(1)

朝日文庫 2018年10月 2010年の刊行された単行本の文庫化で、文庫化に際し2編の文が追加されている。 この本を読んで、どこかで丸谷才一氏が、まだウーマン・リブと呼ばれたりもしていたころのフェミニズムのある集会を評して、観念論に門構えとし…

亀山郁夫 沼野允義「ロシア革命100年の謎」(4)

第11章「ロシア革命からの100年 ポストモダニズム以後」では1990年以降のことを語るとされているのだが、ここでいきなりポストモダニズムの話がでてくるのがわからない。さらにわからないのがポストモダンという場合のモダンが西欧で20世紀初頭に…

亀山郁夫 沼野允義「ロシア革命100年の謎」(3)

第10章「ロシア革命からの100年 雪解けからの解放」で沼野氏はこんなことを言っている。「社会主義は理性による欲望の抑制というよりも、自然な状態なんじゃないですか。ぼくに言わせれば、資本主義は病気みないなものなので、病気の人と健康な人を一緒…