本当の事を言おうか

谷川俊太郎に「鳥羽」連作という詩があって、その最初の「鳥羽 1」に 本当の事を言おうか/ 詩人のふりはしてるが/ 私は詩人ではない という部分がある。第二連の3行である。 わたしがこの「本当の事を言おうか」を知ったのは、大江健三郎の「万延元年のフ…

山の手育ち(3)

庄司薫の「赤頭巾ちゃん 気をつけて」は、安田講堂落城の後、東大入試の中止が発表されてしばらくして発表された。入試の中止などを背景にした作品であるからリアルタイムに書かれた作品である。この小説を読んで、それまでかすかに残っていた「小説でも書こ…

ネクタイ

中学・高校と制服だった。一浪した時は、親が買ってくれた洋服を着ていたが、ネクタイを締めた記憶はない、大学に入って親が嬉しがって作った制服を少しの間は着たが、すぐに着なくなり、後はラフな格好で通していた。 医者になり研修をはじめた時に指導医か…

ロシアあるいはスラブ2

前稿で、『おそらく西洋思想の核心は啓蒙思想であり、啓蒙思想の根は「何が正しいかをわれわれは知ることは出来ない」というものである。われわれになにが正しいかをしることができないがゆえに、われわれは互いに許し合わなくてはならない。』というような…

山の手育ち(2)

吉行淳之介に「戦中少数派の発言」という文がある。昭和十六年十二月八日の太平洋開戦の日の中学五年生の吉行氏の姿を描いた文である。氏は中学は麻布のはずだからわたくしの先輩であるが、当時の麻布はあちこちの学校に落ちた生徒を救済する学校であったよ…

今日の朝日新聞朝刊一面の見出しに感じた違和感

「共和、下院で優勢 粘る民主 上院で伯仲 米中間選 激戦続く」というのが見出しである。違和感を覚えたのは、最後の「米中間選 激戦続く」の部分である。投票はもう終わっていて、開票作業に入っているのだから、戦いは終わっていて、あとは粛々と結果をまつ…

コロナウイルス感染への日本の対応のやり方は世界でも特異なものなのだろうか?(3)

日本などアジア地域での新型コロナウイルスによる死亡率が、欧米地域などと比べて低いということがいわれている。これにも種々原因がいわれているが、いずれにしても、そのことを理由に、ウイルス感染に強権的に対応するか、なるべくゆるやかに対応するかを…

コロナウイルス感染への日本の対応のやり方は世界でも特異なものなのだろうか?(2)

コロナの話から少し遠ざかってしまったが、要するに感染対策上何らかの行動制限が必要とされる場合、個々人は自己の判断でそれに応じたり、従わなかったりできるのかという問題である。 また「何らかの行動制限が必要とされる」という場合にはそれなりの根拠…

コロナウイルス感染への日本の対応のやり方は世界でも特異なものなのだろうか?(1)

与那覇潤氏の「歴史なき時代に 私たちが失ったもの 取り戻すもの」(朝日新書 2021年6月刊)にある、コロナウイルス感染への日本の対応についての氏の見解にいささか納得できないものがあった。コロナの問題についてはまったくの素人ではあるけれども、…

ウクライナ大統領と「虞美人草」

漱石の「虞美人草」は漱石が朝日新聞社に移っての第一作なので、張り切りすぎたのであろう、美文調過剰の小説で「春はものゝ旬になり易き京の町を、七條から一條迄横に貫ぬいて、烟る柳の間から、温き水打つ白き布を、高野川の磧に数へ盡くして、長々と北に…

習近平氏

習近平氏の続投が決まり、今後ますますその権力が強化されるらしい。 その報道を見て感じるのが、そのような独裁色が強い国家が旧共産国&現(自称?)共産国に多く見られるということである。 中華人民共和国は共産党の一党支配の体制にあるが、その政党は…

与那覇潤 「平成史 1989-2019 昨日の世界のすべて」(文藝春秋 2021)(10) (小休止)今日の朝日新聞朝刊について

今日の朝日新聞朝刊の2面に雑誌「世界」の宣伝が載っていた。特集が「戦後民主主義に賭ける」。「賭ける」というのは、普通は《勝つ可能性は高くないが敢えてそれを知った上で》というニュアンスで用いる言葉だと思う。とすると、この特集は「戦後民主主義…

エルノーさん

今年のノーベル文学賞にエルノーさんというフランス女性が決まったらしい。 どこかで聞いたことがあるような気がしたので調べてみたら「シンプルな情熱」というのを読んだことがあるのを思い出した。もう30年位前かも知れない。本当に単純に女の人が男の人…

You Raise Me Up

「You Raise Me Up」という歌がある。わたくしは偶然「you tube」でみつけたのだが、Martin Hurkens という少し頭が薄くなったおじさんが歌っていた。このおじさん、50歳過ぎて、テレビオーディション番組で優勝しデビューしたのだそうで、当時は失業中の…

To err is human

To err is human という言葉は一時、医療の世界でよく聞く言葉だった。ある時期、医療ミスや医療過誤の報道が続いたことがあり、医者ともあろうものが医療者ともあろうものがミスをするなど断じて許せないという糾弾の報道が続き、それに対して医療者の側の…

大本営発表

わたくしは戦後の生まれであるから、もちろん「大本営発表」を聞いたことはない。母の話などの伝聞、戦時期の記録などから間接的に知るだけである。それによると以下のようなものであったらしい。 「昨年八月以降、上陸せる優勢なる敵軍を同島の一角に圧迫し…

ノブレス・オブリージュ

ノブレス・オブリージュはフランス語で noblesse oblige 「高貴なものはまた義務をも負う」という意味らしい。「財産や権力を持つもの、社会的地位を持つ者にはまた義務が伴う」ということを指している。 この言葉を思い出したのは、エリザベス女王逝去の報…

Roald Dahl 「 Matilda」その他

20日くらい前の記事で、Dylan Thomas の「あの快い夜へおとなしく入っていってはいけない」に言及した。 その時、そういえばダールの「マチルダ」にもトマスの詩が引用されているところがあったなと思い出した。何となく「Poem in October」と思っていたの…

中井久夫さん (続)(補遺)

前稿で「希望を処方する。」という中井氏の「医療と家族とあなたとの三者の呼吸が合うかどうかによってこれからどうなるかは大いに変わる」という言葉を紹介した。 二十年位前、妹が「悪性リンパ腫」になった。 ある金曜日、外来をしていたら、妹から電話が…

中井久夫さん (続)

中井久夫さんが亡くなられて、追悼の記事をみると、氏の業績として神戸の震災時の罹災した方々への精神的ケアを挙げているものが多い。たしかにPTSD(Post Traumatic Stress Disorder)という言葉はそのころから一般化したように思う。というかそれとは異な…

中井久夫さん

中井久夫さんが亡くなられたらしい。 中井さんの本は随分ともっている。50冊くらいはありそうである。 最初に氏の名前を知ったのは、1990年に刊行された「吉田健一頌」(書肆 風の薔薇)に収載されていた丹生谷貴志氏の「奇妙な静けさとざわめきとひし…

「神の子どもたちはみな踊る」

「神の子どもたちはみな踊る」は村上春樹氏が2000年に刊行した連作短編集で、当初「新潮」に連載された時には「地震のあとで」という総題がふされていた。ここでの地震は神戸淡路大震災である(1995年1月)。なおこの神戸の地震からすぐの3月には…

楠木建氏

勢古浩爾氏が「続・定年バカ」(SB新書 2019)で、楠木建氏の「すべては「好き嫌い」から始まる(文藝春秋 2019)」を紹介して、橘木の好悪を紹介している。 それは、「賭け事はまったくやらない。競技スポーツは嫌い。テレビはみない。」「徹頭徹尾…

読んで来た本 9 (番外) 音楽関係

わたくしは昭和22年の生まれで、小学校入学時にも(今から思えば)まだ敗戦後であり、音楽などというものに接触する機会もほとんどなかった。せいぜいラジオから流れてくる音楽で、今でも覚えているのが、「緑の丘の赤い屋根 とんがり帽子の時計台 が鳴り…

前文訂正

昨日の記事で、ロシアからマックやスタバは西側の文化の象徴として撤退しないほうがいいのではなどと書いた。 ところが、今朝の朝日新聞をみたら、「閉店したはず マックに人波」という記事が載っていてびっくりした。本店は確かにロシアの店舗を一時(?)…

最近のウクライナの戦争についての報道

最近のウクライナの戦争についての報道をみていると、ロシアの側が100%悪く、ウクライナの側が100%正義とするものばかりである。「盗人にも三分の理」ということもあるから、世におきるあらゆる出来事で一方が100%正しく、もう一方が100%間…

S・ピンカー氏のウクライナでの戦争への見解

今回のウクライナでの戦争が始まってから、「21世紀の啓蒙」や「暴力の人類氏」を書いたS・ピンカー氏ならこの事態をどうみているのだろうかと思っていたところ、氏がこの事態への見方についての見解を書いていることをしった。(ボストン・グローブ」に寄…

言語と国境線

林達夫氏が敗戦後のアメリカ占領下で書いた「新しき幕開け」という文に以下のようなところがある。「あの八月十五日の晩、私はドーデの「最後の授業」を読んでそこでまたこんどは嗚咽したことを思い出す。」 この「最後の授業」は仏独国境で当時はフランス領…

壁と卵

文学の世界ではかなり権威のある賞であるらしいエルサレム賞というのがあり、2009年には村上春樹が受賞している。村上氏はそれでエルサレムに出かけ、受賞演説をした。しかし、ここではひと悶着があった。というのは、そのころイスラエルからのガザ地区…