山本七平氏の日本陸軍についての論考と最近の某保険会社での不祥事

 山本七平氏の軍隊三部作?「ある異常体験者の偏見」「私の中の日本軍」「一下級将校のみた帝国陸軍」はそれぞれ1974、75、76年の刊行であるが、わたくしの持っているのは、それぞれ81、75、81年の刊の本であるので、「私の中の日本軍」のみを刊行時によみ、後は81年にまとめて読んでいるらしい。
 75年は内科研修中で、81年は病院勤務を始めて数年目であるが、私的に特になにかがあったわけではないから、何で「ある異常体験者・・」と「一下級将校・・」をこの時に読んだのかは思い出せない。
 さて、最近報道されている某保険会社での不祥事?の報をみていて、何故か山本七平氏の陸軍の本のことを思い出した。この不祥事?が日本の軍隊(陸軍)がやっていたこととどこかで通底するところがあるように思われたからである。
 恥ずかしい話だが、75年に山本氏の本を初めて読んだとき、何でこんな不合理なことが日本陸軍ではまかり通っていたのか不思議で仕方がなかった。そして今回の事件の報道をみても、ひょっとすると、その陸軍の(悪しき?)伝統がいまだ連綿と続いているのではないかということを感じた。上で命令している人も、現場でその指示を遂行しようとしている人も、考えているのは「員数」を合わせることだけなのではないかというようなことである。
 社長さんが、こうしなさいという達成目標を示す。配下の人たちは、それを達成することのみを目指し、そのための手段については特に問題にもしない。「員数」が合っているかが、すべてであって、それを達成させるための手段は問わない。
 これも確か山本さんの本で読んだのだと思うが、軍の司令部のひとが黙々と物資の輸送計画をたてている。いついつ何々港から物資を船でどこまで送る、というような。しかし、実はもうすでに船の殆どすべてが沈められていて、運ぶ船などない。しかし船を調達することは別の人の仕事であって輸送計画を立てる人の仕事ではないらしいのである。
 今度の事件?の社長さんは、俺は達成目標を示しただけだ、というのかも知れない。それが変だとか達成不可能だと思えば自分にそう言えばいいではないか? もちろん社長さんはそんな奴は降格しあるいは首にし、「粉骨砕身頑張ります」というものをとりたててそれにまかせるのだろうが・・。そのひとが粉骨砕身、具体的にどのように頑張っているのかは知らないことになっている。
 日本はいつまでも軍隊(陸軍?)のままなのだろうか?と感じるといささか暗澹たるものを感じる。海軍はいささか違っていたらしいが・・・。
 わたくしは何の志もなく、ただただサラリーマンにはなりたくないというだけで医者になった人間だが、その選択は間違っていなかったような気がする。もちろん病院勤めの医者であるからサラリーマンではあるのだが、就職した時から何故か部長で、部下がいるわけでもなく(研修医はいたが)、したいように生きてこられたという点ではいい人生を過ごせたと思っている。
 もしもいつまでも子供のようなわたくしの如き人間が宮仕えのサラリーマンになっていたらと思うと恐ろしい限りである。それでも病院勤務で少しは大人になっただろうか?
 就職した時、上長に、今まで来た研修医のなかで何でぼくを呼んだのですかと訊いたら、ナースと一番喧嘩しない医者だったからとのことだった。自信がないから喧嘩もできなかったというだけなのだが・・。