梅田望夫「ウェブ時代をゆく」(番外)「電子立国日本の自叙伝」(1)
相田洋「電子立国日本の自叙伝」(日本放送出版教会 1991年 4巻 のちNHKライブラリー 7巻 1995年)は、1990年にNHKテレビで放映された番組を活字化したもので、わたくしは丸谷才一・山崎正和の「日本史を読む」(中央公論社 1998年)で知った。電子工業が世界でいかに生まれ、日本でいかに成長したかのドキュメントで、いわば「プロジェクトX」の雛形のようなところもある番組であったのかもしれないが、「プロジェクトX」とは違うのは、日本だけでなくアメリカのIT創生期についても詳しく紹介されていることである。インテルの起業あたりの記述だけでもまさに「血湧き肉踊る」話であって、その創業の時期の「熱さ」というのは「ウェブ時代をゆく」でのグーグルの「熱さ」とも通じるものがあるように思う。それはまた日本のある時代がもっていた「熱さ」でもあって、梅田氏が問う「ひとはなぜ働くのか」への一つの答えともなっているように思う。またそこで紹介されている「超LSI技術研究組合・共同研究所」という組織は、本書でのオープンソースとパラレルなものでもあるようにも思う。日本電気・東芝・三菱・日立・富士通という普段は敵同士である会社の技術者が一メガのメモリー(当時のトランジスタの100万倍)を日本で開発するという目的で一緒になるわけである。その会が解散した後の10年目の同窓会?で、最後にみなが肩をくんで「同期の桜」を歌いだす場面。「貴様と俺とは同期の桜、同じ航空隊の庭に咲く」・・・。
とにかくべら棒に面白い本で、丸谷「これ、すごいですね。・・・前後の日本のジャーナリズムの傑作のひとつだと思います。」 山崎「私もそう思います。」ということなのだが、残念ながら現在絶版らしい。そこで、本書から適宜引用しながら、また「日本史を読む」での本書の紹介も大いに利用させていただきながら、これを紹介していきたいと思う。
で早速、まず日本から。
山崎「ともかくも感動的なのは、まず好奇心の純粋さです。だいたい食うや食わずでしょう。・・そういう状況のなかで、海のものとも山のものともわからないものにぶつかっていく。工場では、軍隊の残した廃品から鍋・釜をつくって売っている時代なんですよ。そういう時期に、「ゲルマニウムに針二本立てると真空管になるらしい」なんてことを一所懸命に研究したんです。・・東芝の大塚英夫という人が述懐していますけれど、当時これが何かに役立つかとか、会社が儲かるとかいう気持ちはまったくなかった。ただ珍しいからやってみたいと思った、というんです。・・あの長船さんだって、初めは日電の幹部に猛反対されて・・で、研究費ゼロでよければやっていいというので、やらしてもらったというわけでしょう。」
丸谷「この本を読んでいると、実に戦後奇人列伝という感じがするんですね。ほんとに頑固で、わがままで、会社の言うことに逆らって自分のやりたいことをやるんだね。その反面、会社からアメリカに派遣された以上は、絶対に会社が払ってくれただけの金の元を取らなきゃならないといって頑張る。しかしその会社に対する奉公の精神と、「俺は、俺のやりたいことをやるんだ」というわがままとは、なんというかよく訳がわからないけれども、まったく並び存するわけですね。」
山崎「つまり、楠木正成なんです。」
丸谷「そうそう。それをぼくは言いたかった。これはほんとうに司馬遼太郎の世界という感じがしたんです。(笑)・・司馬さん風にいえば、奇人だから有能なわけですよ。」
ここでの『会社に対する奉公の精神と、「俺は、俺のやりたいことをやるんだ」というわがまま』の「会社」を「社会」とひっくり返すならば、そのまま梅田氏のいう「ネット時代には、好きなことを徹底的に追求することがそのまま公共性へと通じる」という主張へと通じるし、「ビル・ゲイツの後半生を徹底肯定する」ということにも通じるように思う。梅田氏のいっていることは、現代ネット社会では楠木正成は湊川で討ち死にすることなく生き延びていけるのだぞ、ということかもしれない。しかし、生き延びるのは楠正成ではあって欲しいわけで、「志」のない金銭亡者に生き残ってほしいわけではないのである。わたしには梅田氏はとても古風な日本人であるように見える。梅田氏のいいたいのはグーグルのエリートたちは「サムライ」なのである、ということかもしれない。
次にアメリカ。「第4章 シリコンバレーの一粒の種」と「第5章 シリコンの申し子たち」。
1947年、AT&Tのベル研究所でトランジスタが発明された。そこでの研究者の中にはベル研究所を出て自らの力でトランジスタの企業化をしたいと考えた人たちがいた。ゴードン・ティールはテキサス州ダラスの小さな石油採掘器製造会社であるテキサス・インスツルメンツ(TI)社に移った。ダラスが彼の故郷であったからである。そこの会社が石油関連であったことが幸いした。石油採掘の副産物としてヘリウムが豊富にあったからである。シリコンの精製に安価なヘリウムが非常に有効であった。TIからは集積回路の発明者であるJ・キルビーもでた。
レスター・ホーガンはベル研究所をやめたあとハーバード大学で学究生活をおくっていたところモトローラから勧誘された。彼はベル研からトップレベルの人材を60人もひきぬき、それで急成長をとげた。
1954年、ベル研を辞めたW・ショックレーは生まれ故郷のサンタクララバレーに帰ってきた。そこにショックレー研究所をつくった。1956年かれはノーベル賞をうける。その地がのちのシリコンバレーへと成長していく。そのショックレー研究所からわかれてフェアチャイルド・セミコンダクタ社をつくったのがムーアやノイスたちであり、かれらが1968年にインテル社をたちあげていく。ショックレーは博士号をとったひとたちだけで運営する工場を考えていたという。(このあたりの説明で、この当時、特許の収入はほとんど会社が独占し、発明者には還元されていなかったことが、ベル研から人材がでていく原因となったという指摘は興味深い。) ショックレー博士というのはかなり変わったひとであったようで(というか指導者として、マネイジャーとして失格な人であったようで)、それが理由で、研究所から集団で若者たちが離脱する。ベンチャー企業への投資する人などまったくいなかった1957年当時、若者たちが起業へと奔走する姿が描かれる。たまたま遭遇したテクノロジーマニアであったフェアチャイルド社というカメラ会社の社長が彼らを救う。ビジネス経験のまったくない研究者が生産というリアル社会にかかわって悪戦苦闘する様も興味深い。そしてその1957年にソ連がスプートニクを打ち上げたことが、会社を後押しした。軍需とのかかわりがなければ、初期のシリコントランジスタの立ち上がりはできなかっただろうという。そのあとを引き継いだのがコンピュータの需要であるが。
1960年に入りフェアチャイルド社で半導体産業にかかわったひとたちの仕事もまたとんでもないものであった。
労働時間などおかまいなく仕事に没頭し、ものに憑かれたように熱中した。だれもが超人的な忍耐とエネルギーのかたまりに見えた。仕事が終わると、全員が近くのレストラン・バーに繰り込み、夜通し飲みながら仕事の話を続けた。だれもが一日の半分は酔っぱらっていた。滅茶苦茶に働き、滅茶苦茶に飲んだ。これがうまくやれなかった者は脱落した。規則無用の荒々しくもデタラメな会社であった。なかでもジェリー・サンダースの奇行ぶりは群を抜いていたという。ハリウッドのスターさながらに丘の上に邸宅を構え、長髪をなびかせてピンクのズボンをはき、黒いキャディラックを乗り回した。この格好で律儀な会社IBMに乗り込んでひんしゅくを買うが、彼はまったく意に介さなかった。
リニア製造部長は、バンドレーラとソンブレロと山刀をつけ、さながらメキシコの山賊姿で役員会議室に出席した。それでも一人もとがめるものはいなかった。仕事さえできれば、服装などはどうでもよかったのである。・・
(リニアICの天才)ボブ・ワイドラーも驚くべき変人で、大酒のみで酒が強く、自分の部屋にはいつも大きな斧を置いていた。うまくいかないことがあったり、気に入らないことがあると、彼は斧を持って外へ飛び出し、手当たり次第に木を切り倒すのが癖だったという。
ひどい会社である。
ひとことでいえば非常にスリルにみちたクレージーな日々、・・まるで海軍で同じ釜の飯を食うような日々を送ったのです。・・・われわれすべてが、一つの家族のようになって働きました。・・上司風を吹かすような者もいませんでした。それぞれが自分の問題は自分で解決すればいい、という感じでした。しかし、困ったり悩んだりしたときは一声かければ、すぐにみんなが集まって来て、知恵を出し合いました。アセンブルラインの一番下のレベルの人まで集まってきては、お互いに助け合ったのです。・・フェアチャイルド社では何でも自分でどんどん実行するというのが普通でした。それが一番手っ取り早い方法でした。・・当時のフェアチャイルド社には、全然制約がなかったのです。・・今日では、こんなことはまったく不可能なことだと思います。エンジニアにとっての楽園、それが当時のフェアチャイルド社でした。・・本当に私たちはフェアチャイルド社に恋をしていたのです。・・1987年でしたが、ファアチャイルド社の出身者が一堂に会したことがありました。まるで学校の同窓会でした。
日本もアメリカも変わらないなと思う。こういう雰囲気を現在ひきついでいるのがグーグルという会社なのではないかという気がする。
(この稿続く)
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