(20)2011・4・24「放射線防護学」

 
 放射線防護学というのだろうか、生物が放射線を浴びたときにどのような影響を受けるのかという本を少し読んでいる。もちろん、医者として、レントゲン検査やCT検査、あるいは胃の透視といったことがどの程度の影響を患者さんにあたえるのかということについては、最低限のことは教えられている。しかしその影響を心配したり気にしたりすることはまずしていないと思う。それは臨床というのが個々の患者さんを相手にしている営為だからである。CT検査をすることでたとえば5mSVの被曝が生じるとする。それによりたとえば、5/25000=1/5000=0.02%この患者さんの将来の発癌リスクが増えたととしても、それは無視できると考えるからである(ムラーの本の100%発癌する放射線量は2500レムであるという説と、発癌リスクは被曝線量に直線的に比例するという仮定のもとで計算)。
 しかし、これを個々人ではなくマスに適応すると、一億の人口という集団では、それの0.02%は2万人となり、もしも一億の人口のすべてがCT検査をうけるとすると2万人が将来発癌することになり、この数字は無視できないことになる。
 問題がわかりにくいのはこの辺りに起因するようである。
 3000mSVの被曝では50%が死亡する。2000mSVの被曝では、嘔気や脱毛などの急性期症状がおきる。ここまでは個々人の話である。われわれが臨床で経験する放射線での急性期症状は癌の放射線治療の場合だけであろう。
 1000mSV以下の被曝では何も症状はおきない。そしてその場合のその後のリスクは発癌という点のみとなるらしい(被曝した人が子どもを作った場合に子供に影響がでないかという問題があるが、広島や長崎の経験からはそれはないとする見解が多数意見らしい)。とするとここから急に問題は個々人を離れて、集団の統計へと移ってしまう。
 そしてここにさらに問題があって、発癌リスクは被曝量に直線的に比例するのであり、ごく微量の被曝であっても統計的にはほんのわずかでも発癌リスクをあげるという考えが正しいのかどうか(それに反対する見解は、ある線量以下の被曝は一切発癌にかかわらないというものになる)という問題と、ほぼ瞬間的に大量に被曝した場合と、微量に長期曝露された場合の影響が同じなのか、たとえば1000mSVを一度に被曝した場合と、一年に100mSVを10年間つまり一日あたり約300μSVを10年被曝した場合の影響が同じであるかという問題である。後者は少なくとも、瞬間に大量被曝のほうが、微量長期よりも影響が大きいということは間違いないらしい。
 国際放射線防護委員会のの推定では、10mSVの被曝で0.025%発癌リスクが高まるとしているらしい。現在、公式に受け入れられている見解は「直線閾値なし仮説」、すなわち「どのような微量の放射線であっても安全とはいえない」というものらしい。これは仮説であって検証されたとはいえないものなのだが、危険を過小評価するよりも過大評価したほうが安全であろうということで採用されていると、近藤宗平氏の本には書かれている。近藤氏の本によれば、「放射線はどんなに微量でも毒である」という考えが過剰な放射能恐怖症の原因となっている。しかしこれは放射線防護専門家の意見でもあって、だから素人がわけわからず不必要な恐怖心を抱いているとはいえず、専門家がこの仮説には根拠がないことを啓蒙しないのがいけないのだと近藤氏はしている。チェルノブイリでの住民の疎開は生涯被曝が350mSVを超えると想定されて地域でおこなわれたのだという。これにより5万人の住民からの発癌70人が防げた計算になるのだという。この計算は「直線閾値なし仮説」によっているのだと思う。
 高田純氏の本を読んでいると、現在福島地区でおこなわれている避難措置は、核爆発などがあったときの急な避難に相当するように思える。最初に避難の報道をきいたとき、原発で大きな爆発がおきる可能性が否定できないので、そうなった時への事前の対応として念のため避難しているのであり、さらなる爆発などの危険がなくなれば避難は解除されるものなのだろうと思った。まだその危険は去っていないので避難の継続は必要なのであろうが、わからないのが、かりに危険が去ったとしても、現在すでに初期の水素爆発などによって散布された放射性物質が土壌を汚染し、半減期の長い物質の除染をしないと長期的にもそのままでは住めない状態なのだろうかということである。
 そして住めないという判断の根拠の相当部分が「直線閾値なし仮説」に依拠しているわけである。わたくしがいくつかも啓蒙書を読んで感じるのは、少なくとも現在の原発事故の状況は、将来の爆発的な癌患者増加をもたらすレベルのものではないのではないかということである。それよりもむしろ将来放射線被曝がもらす可能性がある障害への不安から生じる様々な問題のほうが、放射線被曝自体がもらたす実際の障害よりもずっと大きいのではないかと感じる。
 日常感じているのだが、血圧を測れるようになったことで高血圧を治療することのメリットがえられることになったわけだが、同時に、血圧が測れるようになったことで、膨大な数の血圧不安症の患者さんも作ってしまったわけで(血圧を測らなければ元気でいたひとが、一日4回も5回も血圧を測って一喜一憂する病人になってしまう)、そのメリットとデメリットははたしてどちらが大きいかなんともいえないように思う。放射線の障害の問題もそれに近いところがあるように感じられる。
 

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