ちくま文庫 2011年6月
一日で読んでしまった。小説はこのくらいの長さがちょうどいい。このごろは無意味に長い小説が多すぎる。イタリア人の名前は覚えにくく、ところどころ人間関係が混乱したが、構造は単純な小説だから、そのまま読み進めてしまった。
主人公は「君主論」のマキャベリ(本書の表記ではマキアヴェリ)なのであるが、まだ33歳のマキャベリであって、本書ではどちらかといえば「道化」的役割を割り振られていて、堂々たる政治論を述べる論客ではなく、本当の主人公かもしれないチェーザレ・ボルジアの引立て役となっている。しかしボルジアを主人公にしたら小説にはならないだろう。「月と六ペンス」のストリックランド(ゴーガン)のようなもので、それを内側から描くことはできない人物なのである。
それで、この小説はマキャベリが陰謀をめぐらしたり、ボルジアの演説を拝聴したり、色事に精出したりしているのだが、華々しい場面があまりない。おそらくやや矮小化されて造形されており、こういう人物像としてはタレーランのほうがずっと魅力的である。
それにくらべてチェーザレ・ボルジアの演説は見事である。
共和国体制においては、能力ある者はつねに疑いの眼をもって見られる。だから要職につける者は、同僚の嫉妬の対象にならないぼんくらにかぎる。それが民主主義国家というもんだよ。能力抜群の人物ではなく、誰にも、警戒も心配もされないお人好しが統治するんだ。
民主主義のケチな官僚どもは同僚を嫉妬する。仲間の誰かが名声を得ようものなら、連中はそいつの足をひっぱって、国家の安全や繁栄を左右するような政策の実行を邪魔してくる。そして、彼らは恐怖に怯える。まわりにいる連中が、どいつもこいつも、隙あらば後釜にすわろうとして、平気で嘘八百、偽計・姦策を弄するからだ。その結果はどうなる? 正しいことをやろうと熱意を燃やすより、過ちを犯すまいとびくびくして、細かいことばかりを心配する。犬は仲間を噛まないというが、そのことわざの作者は、民主主義政府の社会で暮らしたことのないやつにちがいない。
みなさんの国は商人が統治している。そして商人の頭には、いつでも金を払って決済するという発想しかない。この風雲の時代に、どんな屈辱にも甘んじて、破滅の危機が襲ってこようと、平和第一、友愛第一、何事も穏便に、薄利多売主義でやっていく。
これは16世紀のフェレンツェのことをいっているのであって、現代日本のことをいっているのではない。
この本は1946年に出版されており、このチェーザレ・ボルジアの像はヒトラーを意識したものという説もあるらしい。
このタイトルからマキャベリやチェーザレ・ボルジアを想像するひとはまずいないだろう。政治もそして色恋も昔も今も少しもかわりはしないのだという謂いなのであろうか?

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