G・シムノン「闇のオディッセー」

  河出書房新社 2008年11月

 シムノンの「本格小説選」を読むのは「ちびの聖者」(河出書房新社 2008年7月)に続いて2冊目。前とほとんど同じような感想になる。こういうのが小説なのだと思う。シムノンはある主人公を造形すると、あとはその主人公の行動を追っていくと自然に小説ができてしまうのであろう。今回は主人公のシャボという産婦人科医の世間的な成功とは裏腹な内面の空虚を描いている。主人公の魅力という点でいえば「ちびの聖者」のほうが勝る。このお医者さんは魅力を欠く。まさに小人であり小説でしか描かれない人物である。英雄的なところがない。暗いのである。なんだか中村光夫的?
 だから、そういう話を読んでも仕方がないではないか、といえば確かにその通りである。しかし、とにかく読ませる。半日で読めてしまった。長さもちょうどいい。最近は長すぎる小説が多い。主人公の造形とその行動に乖離がなく、そんなことを何故するのかという疑問をはさませるような部分がなかった。
 一つだけ気になったのが「闇のオディッセー」というタイトル。原題は「熊のぬいぐるみ」といったようなものらしい。その意味するところは本書を読めばわかるが「市民ケーン」の「薔薇のつぼみ」のようなものである。この小説に「闇」とか「オディッセー」といったおどろおどろしい言葉は似合わない。いたって静謐な小説なのだから。少なくともシムノンを読むような読者からすると、非常に違和感を覚えるタイトルなのではないだろうか? 
 

闇のオディッセー (シムノン本格小説選)

闇のオディッセー (シムノン本格小説選)