J・ディーヴァー「007 白紙委任状」

 
 お正月用の暇つぶし用として読んだ(実際には読み始めたのが2日で読了が7日だから少し正月をはみ出てしまったが)。「二流小説家」という昨年の評判作が今一つ後味がよくなかったので口直しに。安心して読める小説であった。安心してというのはルール違反がないというかミステリというか探偵小説の決まりごとをはみ出ていないというような意味である。こういう読み物を読んで深く人生について考えるなどということになっては困るので、ああ面白かったということであれば充分である。
 こういう作品であるからイアン・フレミングの「007」を読んでいなければ楽しみも半減なのであろうが、わたくしはフレミングはまったく読んでいない。読まずになんとなくフレミングの「007」は大人の童話というか大人のお伽噺といった荒唐無稽な話なのだろうと思っていたのだが、本書のボンドは意外とスーパンマンではなく、組織の援助のもとで動く組織人という側面も持つ。フレミングの「007」でもそうなのかなあと思い、実は「ムーンレイカー」というのを最近入手したのだが、まだ読んでいない。「白紙委任状」というタイトルも、ボンドは英国の外では何をやってもお咎めなしという「白紙委任」の状態で動けるのだが、英国の中では英国の法に縛られてそうはできないということを意味している。「007」がお伽噺である所以は敵方の動機が荒唐無稽であることにあると思うのだが、本書の敵役はなんだが陰気で今一つ魅力に欠けるように感じた。
 もう一つ意外だったのがボンドという人間がとても紳士であるということで、来る女は拒まず、据え膳食わぬは男の恥というのがボンドなのであると思っていたのだが、そうではなかった。この方面はディーヴァーさんが得意ではないということなのかもしれないが、わたくしが映画で毒されているので、フレミングの原作でもそうなのかもしれない。
 などといろいろ書いてはいるが、どんでん返しに継ぐどんでん返しで、読んでいる間はページを繰るのももどかしくという感じで、よくまあこんな話を考えつくものであると感心した。ミステリの読み巧者なら、読んでいて次のどんでん返しが予測できるのかもしれないが、わたくしのようなミステリ初心者はただもうびっくりであった。その意味で大いに堪能したのたのだが、そのうえでいえば、わたくしとしてはフランシスの競馬モノのほうがコクがあるというか読み甲斐があるように思えた。ボンドさんよりもフランシスの主人公の方が魅力があるのである。
 

007 白紙委任状

007 白紙委任状