広井良典 「医療の経済学」 

  日本経済新聞社 1994年8月24日 初版


 同じく、自分の専門的興味から読んだ本。

 日本の医療費は、60−65年に大きく伸びている。これは、国民皆保険(’61)によるアクセスの増加による。
 70−80年に再び大きく伸びる。投薬・検査の増加、物価スライド方式による診療報酬の増加、老人医療費無料化、などによる。
 80年以降はそれが鈍化する。これは医療費が増加し続けたアメリカと好対照をなす。

 医療費を押し上げるものは、1)人口増、2)人口構造の高齢化、3)診療報酬改定、4)それ以外、がある。1)から3)までのようにはっきりとは原因が特定できない医療費の増加を「自然増」と呼ぶ。
 「自然増」についてみてみると、
 A)60年代から70年代にかけて医療費を押し上げたものは「投薬」であった。当時医療費の46%が薬代というときがあった。それが近年では30%前後となっている。
 B)代わって、70年代に登場したのが「検査」。具体的には、自動分析機、CTなどである。これも近年は鈍化傾向にある。
 80年代以降医療費の伸びが鈍化したのは、「自然増」対策が成功したこと、「自然増」に結びつくような大規模な技術革新が最近みられていないこと、などが関与しているものを思われる。
 C)近年の医療費増の原因は「入院」である。これは技術ではなく、マンパワー、人件費の問題である。これは診療機関からみれば、収支悪化要因である(薬・検査は改善要因)。
 90年ごろから病床規制の効果で病床数は減少に転じている。供給が需要を生む構造の医療の場合には、これは今後の医療費がそれほど極端には増えないことを予想させる。

 入院・外来を併せた総受診者数は75年をピークにして頭打ちである。
 医療費はエンゲル係数的な要因があり、収入が増えたら、それに比例して医療費支出が増えるというようなものではない。
 したがって、今後の大きな医療費増加要因は高齢化のみである。
 80年代のバブル経済は、この問題が顕在化するのを「先送り」させた。

 日本の医療費はトータルでは少なく済んできているとはいっても、診療所ー病院間の配分といった問題では、けっしてうまくいっていたわけではない。

 日本の外来受診率は諸外国にくらべてきわめて高いが、入院率は低い。平均在院日数は長いが、医療費のなかでは、入院より外来の比重が高い。これは入院中心型のアメリカ医療と好対照をなすものである。
 「3時間まちの3分診療」は裏をかえせば、3時間まてば、3分でもみてもられるということでもある。予約以外は救急外来にいくしかないアメリカと好対照である。
 これからの高齢者医療は「治療」ではなく、「障害」を相手にする医療となる。したがって「福祉」と接近してくる。しかし、「国際疾病分類」は「医学モデル」によっており、日本の医療保険の疾病分類もそれによっている。「障害モデル」のような観点が、今後は必要になってくる。

 1960年の日本の医療では、諸外国にくらべても、平均在院日数が短いほうであった。それは本来日本の病院が診療所が大きくなってできた医療をおこなうところであったからである。ところがそこが段々と老人の「社会的入院」をひきうけるようになり、在院日数が延びていった。
 一方、欧米では、もともと病院は救貧施設的なものから発達した。もともと福祉的な面が主流であった。当然平均在院日数は当然長かった。それが段々と医療的なものに純化されてきたために在院日数が短くなってきている。両者のカーブはある時期にクロスした。

 疾病の類型はいくつかに分けることができる。
      ケア(リハビリ)   医療行為      例
A     継続して必要    初期に集中的   脳梗塞 心臓病
B     継続して必要    継続して中程度  リュウマチなど
C     低い          継続して中程度 感染症 糖尿病 慢性気管支炎など
D     低い          低い         精神障害
E     低い          高い        悪性腫瘍 肝硬変
F     不規則        不規則       血液疾患

 これらに対応した病院の機能分化がこれからは必要とされる。

 「診療報酬」
 改定幅と点数配分という問題がある。
 改定幅は、政府全体の予算編成の中できまるので、12月末の政府予算決定過程で決定される。(2年に一回)
 点数配分は翌年すぐから3月までに、主として厚生省と医師会に間で決められ、4月から実施される。
 従来は改定幅の決定は医業経営を安定的に可能にすることを主眼に決められていた。
 点数配分は医療技術の評価という側面をもつ。
 改定幅の改定で、保険の1点単価を変えないというのがミソになっている。
 1981年の診療報酬改定において、それまでの物価スライド方式から、「自然増」への対応という方式に変ったことが、医療費の増加抑制に大きく貢献した。これは医療機関の収入が診療報酬の改定ばかりでなく、自然増にもよるという事実を反映させるものであった。しかし、そのことによって、なにを指標にして診療報酬を改定するのかということが曖昧になった。
 しかし、医業経営を安定的になりたたせるという目標と、医療費の伸びを国民所得の伸び内におさえるという目標はまったく異なったものであり、両者を整合させることは難しい。

 それぞれの国には、国民が許容する「資源の総体にしめる医療費の割合」が決まっているのではないか? それは国の文化で決まるのではないか? これがアメリカの医療費を高騰させているのではないか? 日本はそれが低いのではないか?

 現在の医療では、高齢化による「ケアの比重の増大」と、遺伝子工学の医学への応用といった「医療のハイテク化」というまった相反する医療が、同時平行で進んでいる。

 おそまきながら、本書を読んで、日本の医療の価格決定メカニズムが少しわかってきたような気がする。
 本書が書かれたときから問題はすでにわかっていたのに、経済的に二進も三進もいかなくなってから、ようやく、どうにかしなければという動きが少しではじめているようである。
 これは日本のあらゆるセクションで共通に見られる現象なのかもしれないが・・・。

2006年7月29日 HPより移植