今日入手した本
池田清彦「心は少年、体は老人。」
- 作者: 池田清彦
- 出版社/メーカー: 大和書房
- 発売日: 2015/10/21
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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書店で偶然に見つけた。池田氏は自称リバタリアンである。「日本で最も過激なリバタリアン」かもという。わたくしも橘玲さんの本を面白いと思うのだからリバタリアンの隊伍の末席にいるのかなと思うが、同時に橋本治さんのファンでもある。どうみても橋本さんはリバタリアンではない。さりとてコミュニタリアンともいえないように思うが、人は人の中で生きることでいろいろと学んでいくというような立場だろうか? というわけで、リバタリアンの輪の中の外側にいたり、輪から出たりしている人間であるが、池田氏の医療についての論は面白い。
氏はいう。遺伝子診断を受けたいか? 例の女優さんの話である。わたくしは当然まったく受ける気はない。
聴衆に年寄りが多い講演では、「健康診断は体に悪い」「どうせ死ぬならがんがいい」「がん放置療法のすすめ」とかを話すのだという。後二者は近藤誠さんの受け売りと。聴衆の反応はどうなのだろうか? わたくしの先輩が医師会の会(開業の先生が多い)で「最近の医療は高齢者に手をかけすぎである。もっと淡白な医療でいい」というような話をしたところ、会の後で、きいていた開業の先生から「われわれは高齢者に濃密な医療をすることで辛うじて、食べていけてるのです。われわれに死ねというのですか?」という抗議を受けたといっていた。
池田氏はいう。「そもそも自覚症状もないのに健診にいくのはアホである。真面目な人は、医療資本の食い物にされて、沢山の薬代と治療費をむしり取られた挙げく、殺されてしまうのが、残念ながら現代日本の真実である」という。ほとんど池田氏のいう通りだと思うのだが、まれに本当の病気がみつかって、以前には治らなかったようなひとがケロッと治ってしまうということがあるのが問題である。先日、健診で貧血を指摘されて再検査に来たひとが、重度の悪性貧血だった(Hbが7くらい)。3月ヶ前の健診は軽度の貧血(Hb11くらい)で、「念のために3ヶ月後再検」となっていて、真面目な方なので体動時の息切れなどの症状があったのに三ヶ月待っていた。この方も症状がでてから病院にきても全然経過は変わらなかったと思われるが、そういうケースがまれにある。別にこの病気は最近になって治るようになった病気ではないけれども。
本書にあるように、近藤誠氏は往時の主流であった乳がん全摘手術に異をとなえ、乳房温存療法を主張してほとんどすべての外科医を敵にまわして、出世コースを外れたひとである。温存療法の導入は日本では非常に遅れた。世界が温存療法に転換していくなかで、全摘手術が続いていた。当時の乳がん手術の権威がハルシュテット手術に固執していためである。ようやく温存療法がスタンダードになってきたら、今度は近藤氏は放置療法のほうにいってしまった。
乳がんの場合、ductal caricinoma in situ は病理学的にはがんであるとしても、臨床的にもがんであるか否かは誰にもわからない。今後さして悪さをせずにおわるものと、増大して治療を必要とするようになるものの区別は、その時点では誰にもわからない。だとすれば、疑わしきは罰してしまって、手術をしてしまえというのが現在の考えである。というか、現代のほぼすべての治療がその前提でおこなわれている。高血圧も脂質の異常も、それがあるひとのすべてが脳梗塞や心筋梗塞になるわけではない。大部分は治療しなくても何もおこさずに一生終わるであろう。しかし、わずかだが脳卒中や心筋梗塞になるひとはでる。その出現率が投薬をうけていないひとよりも投薬することで低下するのであれば、その治療は有効とされ、正当化されるというのが現在の臨床の根幹である。そうすると相当多くの治療は無駄におこなわれているはずである。
これから高齢化のさらなる進行によって医療費の逼迫がどうにもならなくなったときには、血圧は160/100(180/110?)以上で治療とか、脂質の異常は家族性の高コレステロールの場合のみ保険診療であとは自費診療という時代になっていかざるをえなくなると思う。貧乏人は死ねというのか!という抗議がおきることは必至であるが、大部分の場合には治療しなくても何も問題はおきないのである。
「アメリカ人はジョギング中毒の国である。ニューヨークのセントラルパークでも田舎の公園でも、大勢の人が何かに取り憑かれたように走っている光景は、私のようななまけものから見ると異様である」という。まったく同感。皇居のまわりを走っているひとなども、楽しんでいるという雰囲気はまったくない。本当に憑かれたような顔をしている。健康に悪いだろうと思う。
「最近の日本は「健康」「安全」「環境」という錦の御旗を振りかざして他人の楽しみを邪魔する人が増えてきたようなような気がする」 これまた同感。禁煙学会とかも大嫌い。
酒を「ニコニコ笑って飲んでいる人は大丈夫です」というのも本当だと思う。酒を飲んではいけないのはアルコール依存の人だけだと思う。アルコール依存のひとは暗い酒を飲んでいる。
「80歳を過ぎたらがんの治療も極力しない方がいい」ともいう。わたくしの母は83歳で乳がんがみつかった(自己触診でみつけてしまった)。「よかったじゃないか死ねる病気がみつかって」といったら「それが医者のいう言葉か!」と兄弟から非難され、ただでさえなかった信用がゼロになってしまった。手術をして十年後の今も健在である。もちろん、手術をしなくてもいっこう増大せずそのままだったかもしれないが、誰にもわからない。
高齢化の対策は、働ける老人には働いてもらうことと、がん健診はなるべくうけないこと、75歳以上では延命治療はうけないという書面をつくっておくこと、だと池田氏はいう。最後はダメだと思う。立派なリビングウイルの書類を作成していたひとが、入院したらすべてをとりさげて、できる治療はすべてやってください、と宗旨替えしたのをたくさんみている。元気な時につくった書類が、病気になったときにも有効とは限らないのである。わたくしがいまここで偉そうなことを書いているのも、とりあえず今の時点では大きな病気にかかっていないと思っているからで、病気がみつかったら簡単に転向して、前言撤回をするかもしれない。
しかし、池田氏の本を面白がって読むようで、これから医者をやっていけるのだろうかというのが心配である。現代の医療のパラダイムは一人の命を救えるならば、99人に無駄な医療をすることは正当化されるというものである。99人が無駄な医療をうけずに元気で過ごせるならば、一人くらい見落としで命を落とすことがあってもしかたがないのでは、と大きな声ではいわないまでも心の底のどこかで思っていると、何かのときにまずい事態に直面してしまう可能性が高い。
橋本治さんのすすめに従って、動けるうちは働こうかと思ってはいるのだが、どんどん時代と合わなくなってきている。日本経済の沈没が続いてにっちもさっちもいかなくなると、またパラダイムも違ってくるのかもしれないけれど。