山本七平「日本資本主義の精神 なぜ、一生懸命働くのか」

  光文社文庫 1984年9月10日初版 カッパ・ビジネスとして1979年初版


 この本は1979年に書かれているから、まだ日本的経営がもてはやされていた頃に書かれている。
 山本氏はいうまでもなく山本書店店主であるが、氏の業界である出版界において多くの倒産劇をみてきたという。それはアメリカに留学しそこで学んだ経営学をそのまま実地に移そうとしておこったものであるという。日本の企業には見えざる原則がある。それを無視した経営は破綻するという。
 年功序列制は大企業だけにみられるといわれるが、そんなことはない、中小企業にもある。徳川時代享保からお店にある丁稚、手代、番頭、大番頭、宿這入り、暖簾分けという序列は中小企業の職人の世界に生きているのである。この序列からはずれた機能だけを売る「渡り職人」は決して企業主にはなれない。お店において仕事は神聖なものであり、経済行為ではなく精神的な行為なのであった。そこには共同体の原理がはたらき、共同体からはずれた「渡り職人」は、そこへの参入を拒まれるのである。
 日本の会社は機能集団ではなく共同体である。
 江戸時代は日本人が自前の秩序を作った時代であった。
 徳川時代は、元禄・享保を前後に2期にわけられる。
 後期を代表する人に石田梅岩がいる。石門心学の祖である梅岩は一介の町人であった。梅岩には自他のものを峻別する思想がある。これは戦国の世にはなかったものである。
 前期を代表する人間に鈴木正三がいる。彼は武士である。
 正三は、宇宙の本質を「一仏」であるとし、それには「月」と「仏」と「大医王」の三つの徳用があるとした。「月」は天然自然の秩序である。それが各人の心に反映したものが「仏」である。しかしその心は貪欲、瞋恚、痴愚の三毒におかされる。それを癒すのが「医王なる仏」である。
 正三によれば、信仰とは「唯自分を信ずべし」ということである。なぜなら「内なる仏」は正しいからである。この<本来の自分は正しい>というのが日本人の信仰の根本なのである。したがって正直ということが何より尊重される。したがって正直に商いをした結果得られる利潤は正当化される。なぜなら商い自身はひたすら努める修行なのであるから。この精神は綿々として今日まで続いているのであって、日本の企業は儲けるためではなく、世のため人のために活動しているのである。だからわれわれはぶらぶらしていることを恥ずかしいと感じ、定年を悲しむのである。正三は、人間の内心の秩序と社会の秩序、天然自然の秩序は一致すべきであると考えた。それを妨げるものが三毒であり、それから逃れるためには「正直」でなければならないのである。
 一方、梅岩は、基本を「善」とし、それは「天」「性」「薬」からなるとした。これは正三のものにほぼ相当するとしてよい。
 かれは「性」すなわち人間の本性について論じた。これを弟子は「本心」という言葉に変えた。
 「本心」を信じない日本人はいない。これは日本人の共通信仰なのである。石門心学とは、「本心」のままに生きるにはどうしたらいいかを追及したものである。そのための「薬」としてさまざまな思想・宗教があるとした。「本心」に対して正直であること、それが石門心学の基本である。そして「本心」とは赤ん坊にあるようなある無垢なものであるとした。赤ん坊のように生きることこそが「自然」なのであり、日本人は自然にふるまうことを尊重し、不自然を嫌う。天地に欲心がないように、人間にも本来は欲心がないものなのである。したがって皆が正直に生きれば「世間一同和合し四海の力皆兄弟」となるはずなのである。しかしこの正直は実情に正直ということであり、孔子のいう盗む父をかばう子が正しいという共同体内の論理なのである。また梅岩には政治責任の発想はない。それは武士の世界の話であり、町人の関わらない世界なのである。したがってそこからは市民革命の発想はでてこない。社会は動かないものという前提に生きているわけである。
 資本主義が成立するためには「資本の論理」が成立していなければならない。江戸時代は各藩が生き残るために「資本の論理」を入れざるをえなかった。自己のためではなく「藩」のために経営するという発想は現代まで続いている。トップが清貧であるべしという要請は今でも強い。資本の論理をおこなう人も、それは自分のためではなく藩や会社のためであり、自分は無私・無欲であることが要求される。資本の論理は公のものであり、私のものではないのである。
 私欲なき経済合理性の追求とそれにもとづく労働は善であり、それ自体が価値をもつことになった。これが明治以降の中小企業から大企業にまでつながるのである。
 したがって、利益を生むかどうかにかかわりなく働くことに意味があるという方向に暴走する危険があり、それを防ぐには社会に倒産がなければならない。意味なく動き、ひたすらやったことを評価することになりかねないからである。

 鈴木正三や石田梅岩の思想がどの程度の影響をもったかということは議論があるかもしれないが、山本氏のいうように、日本の資本主義の精神が江戸時代の用意されたものであることは確かであろう。
 問題はそれが日本にとって変ることがないものなのかということである。山本氏は日本陸軍の共同体論理に徹底的に苦しめられ、それを考え抜くことで思想家となったひとであろうと思う。たとえば氏を苦しめた日本陸軍の論理が同時に日本資本主義の精神と同根のものであり、少なくともある時期までの日本の興隆を支えたものであったとしたら、氏はそれを肯定しているのか否定しているのか、ということである。どうも氏はそれは変えることのできないものと見ているように思う。変えることができないとしたら、その中でいかに賢く生きるかということになってしまう。谷沢永一氏の「人間通」などにも通じるある種の処世訓のようなものが、下手をするとでてきてしまうのではないだろうか。 
 私欲なき経済合理性の追求とそれにもとづく労働は善であり、それ自体が価値をもつという精神、それを氏は愛し、日本人の美点としているのであろう。これは司馬遼太郎が書こうとした日本人の精神にも通じるように思う。そして、司馬遼太郎も愚劣な日本陸軍という体験から自己の発想を育んだひとである。
 <日本では、機能集団は共同体とならない限り機能しない>という命題が、常に正しいのか? あるいはある時期には正しいが、常に正しいとは限らない命題なのかということである。戦国時代にはそういう命題は成立しなかったはずである。そうであるならば、これからまた、成立しなくなることもあるということなのだろうか? あるいは氏が本書を書いてからの20年の時間の流れの中ですでにもう成立しなくなっているのであろうか?


2006年7月29日 HPより移植