内田樹「寝ながら学べる構造主義」

  文春新書 2002年6月20日初版


 構造主義以前、始祖としてのソシュール、そのあと4人組み(フーコー、バルト、レヴィ=ストロースラカン)の計6章からなる。最初の2章が面白く、あとはごく常識的な紹介である気がした。
 著者によれば、本書は入門書であるが、入門書のほうが専門書より、しばしば面白い。それは専門書は、それがあつかう事象を自明のものと前提していることが多いのに対し、入門書はそこであつかう事象への根本的な疑問を根底にもっていることが多いからである。(ここらへんは、クーンのいう「 normal science 」と「科学革命」の感じに近いだろうか?)
 よい入門書とは「私たちが知らないこと」から出発するという。「何をしらないか?」「なぜ知らないのか?」を問う。「なぜ知らないか?」、それは「知りたくない」からである。あることから「必死で目をそらそうと努力している」からである。
 よい入門書とは「根源的な問い」を提出するものである。大切なことは「答えをだす」ことではなく、「重要な問い」を示すことである。
 構造主義の提出したもっとも重要な切り口は、「私たちはつねにあるイデオロギーが『常識』として支配している、『偏見の時代』を生きている」という発想にある。
 現在は「ポスト構造主義」の時代といわれているが、構造主義への批判も構造主義の発想でおこなわれているという点・・・構造主義者は、「われわれはつねにあるイデオロギーが『常識』として支配している、『偏見の時代』を生きている」というが、そういう発想もまたあるイデオロギーによる偏見によるのだ、という形での批判・・・において、われわれはまだ構造主義を徹底的にはのりこえておらず、その枠組みのなかで生きている。
 それはかってはマルクス主義への批判がマルクス主義の思考法の枠内で行われていたのと似ている。それが有効であれば、ソ連東欧の体制が崩壊しても、それは真のマルクス主義ではなかったのだ、本当のマルクス主義に依拠する社会はこれからできるのだ、という言い方が可能であった。
 本当に根底的なマルクス批判がなされたわけではないのに、マルクス主義的な言動の有効性は失われてしまった。これからいずれ構造主義にもそういうことがおきるであろう。しかしまだそれに代わる有効な言説はあらわれていない。
 同時多発テロ事件において、「たしかにアメリカの反テロ戦略もわかるが、アフガン市民の苦しみを思いやることも必要である」といった議論が非常に多くみられた。このようなA・B両国の国民のものの見方はとりあえず「等権利的」であり、いずれが正しいということはにわかには判定しがたいとする意見が多数の人間の間に普及したのは、たかだかここ20年のことであるにすぎない。30年前のベトナム戦争の時代には、アメリカかベトナムのどちらかが正しい、まだそういう時代だったのである。
 世界の見え方は、視点が違えば違う。だから、ある視点にとどまって「私には、他のひとよりも正しい世界が見えている」という主張には論理的な基礎がない、そういう見方がわれわれの常識になってきている。これが構造主義の見方であり、1960年代からその思想は広まった。
 構造主義は、「われわれの思考は、時代・地域・社会集団に規定されており、われわれはわれわれが思うほどには自由に思考しているわけではない。むしろ「見せられ」「感じさせられ」「考えさせられて」いるのである。そして、その社会が排除してしまったものは、われわれの視界には入らず、私たちに触れてきないので、われわれはそれについて考えることさえできない。われわれは、われわれ自身が信じているほど自律的な主体ではない」とする立場である。
 この考えは、すぐにみてとれるように、マルクスの発想に通底する。マルクスはどの階級に属するかによってものの見方は違ってくるとした。構造主義の源流の一人は間違いなくマルクスである。ある点でマルクスは普遍的な人間性を否定したのであり、人間は「存在すること」では規定されず、「行動すること(労働すること)」によってはじめて何者かになるという見方を提出した。
 人間は存在するだけでは禽獣とかわるところはないのであり、自然的存在に甘んじることなく、「自分がそうなりたいと思ったものにむかって跳躍すること」、それが人間の証であるとするヘーゲルの人間理解をマルクスは直接引き継いだ。このヘーゲルの人間理解はヨーロッパ思想の伏流となっている。
 わたくし(宮崎)が最近読み返したポパーローレンツの対談「未来は開かれている」(思索社)において、この二人は、この考えを生命の進化自体にまで適応している、生命にとってよりよい状態というのが存在していて、突然変異なりによってそのよりよい状況に適応できるようになれば、生命はその方向に進んでゆくのだという。自分がなろうとしてその方向に変異をおこすわけではないが、いったん変異がその方向を可能にすれば、リスクをとってそれを選ぶのだという。
 その結果、進化はランダムにではなく、ある方向性をもって進んでいく。これは明白にヘーゲル的な見方であろう。ただし、両者によれば、変異をおこすまでは、それがどういうものになれるかはわからないのであり、変異をおこしてみてはじめてどういうものになれるかがわかるのであるので、自分がそうなりたいものになるのではなく、なれるとも思ってもいなかったものになれるというのが進化のもつ最大の力である、という。自分がなりたいものになるのであれば、ある意味で未来は限定されてくる。自分がどういうものになれるかわからないという点で、未来は未確定であり、未来は開かれていることになる。(ラマルク主義の否定。ダーウイン主義の肯定)
 マルクスによれば、普遍的人間性の仮定は現状肯定、すなわちただ存在すること・行動をしないことにつながる。人間は自分がつくりだしたものから自分がどういう存在であるかを教えられるのである。労働ということを通じて社会関係を取り結ぶ以前には「私」は存在せず、あるいは「私」の輪郭は不明確なままで、自分がなにであるかということは労働を通じてはじめて明らかになってくる。
 こういう、主体性の起源は「存在」のうちにはなく、「行動」のうちにあるとする見方は、すべての構造主義者に共通する認識であるが、その起源はヘーゲルマルクスである。
 マルクスは人間を生産=労働から規定されるとしたが、それとは正反対にフロイトは「無意識」によって規定されるとした。しかし両者ともに人間が「存在」することだけで「主体性」を獲得できるとする見方を否定した点においては共通している。
そしてニーチェである。ニーチェもまた、われわれの常識が時代や地域の偏見であることを糾弾し続けた。ニーチェは古典文献学から出発した。ギリシャ人の感受性によってギリシャ追体験しようとした。その感受性から見れば、キリスト教ブルジョア道徳を普遍的なものと信じている同時代人はバカとしかみえない。
 ニーチェはロック・ベンサムらとほぼ同時代人である。しかしロック・ベンサムは「近代市民社会」を考察したのに対して、ニーチェは「現代大衆社会」を考察した。「近代市民」は自分の損得を自分で計算でき判断できる。しかし「現代大衆」は、隣のひとと同じようにふるまうということを行動の規範にしているのであって、自分で考えることはしない。
 したがって「大衆社会」は均質化し、みんなと同じであることのなかに幸福と快楽を見出す。ニーチェが「大衆」の対極においた「貴族」は自分の外側に自分の参照枠をもたない自立者のことをいう。その極限が超人である。
 ニーチェの思考の最大の欠点は「貴族」が存在するためには「大衆」が必要であること、高貴な人間であるためには自分が見下すことができる人間がつねに必要とするという点にある。
 しかし、その時代の感受性によってその時代を追体験し考察するというやりかたは「系譜学的」方法としてフーコーよって採用され豊かな実りを生んだ。そしてフーコーは大衆嫌いというニーチェの傾向もちゃんと受け継いでいる。
 現代大衆社会では、「大衆なんて大嫌い」と大衆が口をそろえて言い立てるという状況になってきている。

 ソシュールは「言葉とは『ものの名前』ではない」といった。聖書の創世記においては、神がすべての動物に名前をつけたことになっている。ここではものがはじめにあり、名前はあとから付けられる。(名称目録的言語観)
 それに対して、ソシュールは名づけられることによってものは出現すると考えた。したがって母国語を用いるということは、それだけである価値体系にとりこまれていることを意味する。われわれの思いというのも、言葉にされることによってはじめて出現する。
 そういう見方は長らく西洋を支配してきた「自我」「コギト」といったものに自省をせまることになった。自我中心主義への懐疑が生じてくるのである。

 ①フーコーフーコー人間主義を批判した。人間主義とは「いま・ここ・わたし」を基準にものを考えるやりかたをいう。
 ②バルト:バルトは権力的でないテキストを夢見た。
 ③レヴィ=ストロースサルトルはあることの正邪は歴史が判定するというマルクス主義の立場を採用した。しかし、レヴィ=ストロースは、そういう見方は西洋という狭い地域にしか通用しない「閉じた社会」の論理であり、未開の地で未開の民族が採用している論理にくらべてとくに秀でいるわけではないとして排除した。
レヴィ=ストロースは様々な文化の親族の構造をしらべて、親子・夫婦・兄弟の間の感情は決して内発的なものではなく、社会システムの上での役割演技であることを示した。人間が社会構造を作り出すのではなく、社会構造が人間を作り出す。
 そして親族構造は近親相姦を禁止するためにあり、近親相姦が禁止されるのは女を贈与の対象とするためであり、女の贈与を相互におこなうことで社会がつねに変化を続ける、それが人間社会が存続していくために必要な条件であると考えた。
 ④ラカンラカンはおのれが正気であることを自明の前提とする知(たとえばサルトル実存主義)をしりぞけた。ラカンによれば、大人になるということは何か欲しいものは他人を通してしてしかえられないということを知ることである。

 後書きによれば、
 レヴィ=ストロースは:みんな仲良くしようね
 バルトは:言葉づかいで人は決まる
 ラカンは:大人になれよ
 フーコーは:私はバカが嫌いだ
 とそれぞれ言っているのだそうである。

 この本はフーコー以下の各論の前の総論の部分が面白い。
 すべての意見は基本的に等権利的であるという見解は著者もいうとおり、現代において市民権をえているとしていいであろう。自己の見解と信じているものも、自分が生きている社会の規範に強く影響されているというのもその通りであろう。問題はそれが相対主義につながるかどうかという点であろう。あなたのいうことも、わたしのいうこともどちらも正しさを主張する権利があり、ある観点からすればあなたが正しく、別の観点からすれば、わたしが正しい、というような言い方は、結局、客観的に正しいものはないのだというところにつながる。
 構造主義は西欧の傲慢にたいするアンチ・テーゼとしてでてきたという点が大事なのであろう。西欧はあまりにも自己の正しさを過信してきた。それを打ち砕くことは必要であった。
 しかし、とにかく世界の中で現在、広義の西欧文明が優位になっているということは事実である。今地球の上で生息する生物のなかで人間は優位にたっている(それは人間からみているからで、じつはごきぶりが優位にたっているのかもしれないが・・・)。それが直ちに人間が優秀であることは意味しないとしても、なぜそうなったのかについては何らかの理由があるとすべきであろう。同様に西欧文明が現在優位になっていることが、そのまま西欧文明が優秀であることは意味しないとしても、そうなっていることには、それなりの理由があるはずである。
 同様に「大衆」と「貴族」はそれぞれ等権利的であり、それらの間の優劣を問うことはできないとするのもおかしな考えであろう。「みんなと同じがうれしい」のよりも、「自分の頭で考える」ほうがましであろう。たとえ、それは自分でそう思っているだけで、本当は「自分の頭で考えている」と思わされているだけであっても。
 おそらく西欧文明の最良の部分は多様な価値観の擁護であり、寛容の精神である。おそらく小説が西欧で発達したことは、それと無関係ではない。「寛容」というのは「文明」社会であれば、どこでも見られるものなのであり、西欧に限ったものではないのかもしれないが・・・。
 文化人類学によれば、「文明」と「未開」を区別するやりかたがすでに野蛮であり、傲慢であるということになるのだが・・・。そして文化人類学もヨーロッパで生まれた学問であるという皮肉。

 科学が等権利的なものの見方の一つであるかどうかが一番問題であろう。「客観的」という立場は多分、西欧文明に特有なものである。[ギリシャ一神教的世界観]が科学を用意したことは確かであろう。したがってそれはある地域・ある時期に固有なものの見方であることは間違いないが。

 クーンの「科学革命の構造」は、明らかに構造主義の考えを背景にもっている。それと対立するポパーの考えのほうが科学活動に従事するひとには親しめるようである(わたくしもまたそうなのであるが・・・)。たとえ、そこに到達できることは未来永劫ないとしても、あることには正しい答えがあるとする見方は、すくなくとも科学の分野においては、それはたまたま今の社会の共通了解事項として正しいとされているだけであって、別の社会にいけば別の正解があるのだという見解よりはずっと受け入れやすいものであろう。

2006年7月29日 HPより移植