ルブラン原作 南洋一郎 文「奇巌城」

  [ポプラ社 2005年2月]


 書店にこのポプラ社の本で乱歩の「少年探偵団」シリーズとルブラン「怪盗ルパン」シリーズが並んでおいてある。「少年探偵団」もシャーロック・ホームズも結構記憶に残っているのだが、ルパンものは読んだ記憶はあるが印象が薄い。それでどんなものだったか、一冊買ってきてみた。ところで南洋一郎・文とあるのは必ずしも正確な翻訳ではなく、かなり自由な少年向けのリライトとなっているということらしい。
 まず感じたのが、乱歩の怪人二十面相というのはルパンからのパクリであり、この前読んだ「青銅の魔人」の設定もかなり「奇巌城」から盗んでいるということである。今だったら相当問題になるのではないだろうか? 昔はおおらかだったということなのだろうか?
 それから物語の設定が相当なご都合主義で、今の読者ならとても納得しないだろうと思う安易な展開がそこここにみられるということである。そういう展開でもルパンという泥棒が魅力的であればいいのだが、ルパンという人間もなんだかよくわからない人物なのである。シャーロック・ホームズという人間を創作したことにおいてドイルは不朽であると思うが、ルパンはそれに匹敵するような像ではまったくない。自分はホームズ派であることを再認識した。
 
 巻頭、
 『「おやっ。」
 白バラのように美しい少女レイモンドは、三階の寝室で目をさますと、じいっと耳をすました。』
  
 いくらなんでも《白バラのように美しい》はないだろうと思い、堀口大學訳(新潮文庫)を見てみた。
 『レイモンドが聞き耳を立てた。またしても、しかも二度まで、その物音が聞こえてきた。』
 
 それで今度は逢坂剛「奇巌城」(講談社文庫)
 『スザンヌは、はっと目を覚ました。
 物音が聞こえる。二度、三度。ただの物音ではない。』
 
 堀口訳はかなり原文に忠実な訳らしい。一方逢坂訳はとんでもないものであって、三人称で書かれている原作を一人称に変えてしまっている(引用部は三人称で書かれているが、それ以降の章は一人称。引用部でわかるように登場人物まで変えてしまっている)。
 どうもルブランは小説を書くのが下手というのが定評のようで、みんな好き勝手に改変して楽しんでいるようである。「確かに、大人になって読むルパン・シリーズは、登場人物の視点がばらばらなことを含め、ずいぶんいいかげんなところがあって、苦笑させられることが多い。」(逢坂剛
 逢坂氏はストーリーテリングの魅力をいうのであるが、大人が読むのであれば、ストーリーテリングだけではつらくて、やはり登場人物の魅力が必要なのではないだろうか? ホームズが苦手とする色恋沙汰にもことかかないというのが逢坂氏の主張であるが、色恋が苦手というのがホームズの像の重要な部分を形成しているのであるが、ルパンのする色恋はちっとも説得的ではない。色恋をまともに書いたら冒険小説にはならなくなってしまうということはあるのであろうが。
 


(2006年4月4日ホームページhttp://members.jcom.home.ne.jp/j-miyaza/より移植)

奇巌城    怪盗ルパン 文庫版第4巻

奇巌城 怪盗ルパン 文庫版第4巻