竹村公太郎「土地の文明 地形とデータで日本の都市の謎を解く」

  [PHP 2005年6月27日初版]


 竹村氏の本を読むのは「日本文明の謎を解く」についで二冊目。これも前と同じに養老孟司氏の推薦。
 建設省河川局長として日本のインフラ整備に携わってきたひと。養老氏もいっているように日本の環境破壊の推進者と非難されることの多い立場にいた人である。その立場から河川といった下部構造から眺めていくと、日本がどう見えるかを論じている。
 たとえば氏はいう。日本の人口はこれから減少していく。これはいいことである。なぜなら食糧の必要量が減るのだから。これからまだまだ世界の人口は増えていく。穀物の奪い合いとなる。世界の穀物は間違いなく不足となる。その日本は21世紀に食糧自給の切り札を持つ。それは北海道である。現在の予想通り百年後の地球が4〜5℃気温が上昇するとする。北海道の気温は現在の東北から関東の気温となる。北海道の全域が新しい穀倉地帯となる。
 また、言う。頼朝が鎌倉に本拠をおいたのは、鎌倉の海が遠浅だったためではないか? これは船による海からの侵入にたいして鉄壁となる。実は頼朝は鎌倉に本拠をおいたのではなく、そこに閉じこもったのではないか、そこは容易に浮浪のものが侵入できない地勢となっている。人が流れ込むということは当時においてはほとんど悲惨な衛生状態と同義であった。飢えた流人の流入をおさえるということが鎌倉を選んだ本当の理由ではないか? 鎌倉には清冽な湧き水があり、豊かな森があり、広大な海があった。3万人が自給できる格好の地であったのである。
 また、北陸自動車道ができ東名・名神高速道路と米原で合流したことにより滋賀県は製造業粗付加価値額において全国一となった。人口増加地と人口減少地をくらべてみると、高速道路に沿った市町村では人口が増加していることは明瞭に示せる。道路は物流のためのものと思われている。しかし同時にそれは人を運ぶのであり、人は情報を運ぶのである。情報が流れる土地は栄える。
 さらには、生物の中で燃料がなければ生きていけない動物は人間だけである。しかし、木材を燃料として使うとそれはしばしば土地の砂漠化をまねく。森林を燃料として用いることにより中国で進行している砂漠化は深刻である。
 
 このほかにもいろいろと面白い指摘がある。
 北海道についての指摘など目から鱗であった。少子化についてもこういう見方があるのかと思った。医療者からみると少子化とは当面は医療財政の逼迫であり介護担当人員の減少である。しかし医療というのは食い物がないところではそもそも必要とされてこないかもしれないものなのである。マクロ的な見方とミクロ的な見方の違いということをつくづくと感じた。若いときに医学部進学希望を父にいったら、そんなものになるより農学者になって食糧増産の研究をしろといわれたのを思い出した。本当の飢えの経験がないということがわれわれの世代の思考を決定的に規定しているのかもしれない。
 歴史の本を読んでも、頼朝が鎌倉に本拠をおいた理由として海が遠浅であるなどということを書いたものはみたことがないように思う。
 平安鎌倉の時代においていかに京都の衛生状態が劣悪であったかというようなこともわれわれの盲点となりやすいものである。つい現在の状態を外挿して考えてしまいがちだからである。
 道路がいかに文明にとって大事かという指摘は著者の立場がいわせるのであるとしても、新しい道路=不要な公共事業という見方がほとんど常識とみなされるようになっている現在において、かえって新鮮な視点である。
 何かを考える場合、さまざまな見方がありうるということを常に念頭においておくことが大事であることを、本書はきわめて具体的な事例によって示してくれている。


(2006年4月4日ホームページhttp://members.jcom.home.ne.jp/j-miyaza/より移植)

土地の文明 地形とデータで日本の都市の謎を解く

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