海堂尊 「チーム・バチスタの栄光」

   [宝島社2006年2月4日初版]


 医学ミステリである。著者は医者らしい。拡張型心筋症に対するバチスタ手術をあつかっている。なんてわかったように書いているが、バチスタ手術というものについてこの本を読むまでよく知らなかった。恥ずかしい。何でも正式には「左心室縮小形成術」。この難手術を破竹の勢いで成功させ続けている手術チームであるチーム・バチスタ。しかし最近、立て続けに術死が3例おきた。果たしてそれは偶然なのか、それとも誰かがそれを意図して失敗させているのか? というのが小説の骨子である。
 医学ミステリに限らずミステリというのは結末で真相が明かされると、なんとなく謎が変にちんまりした合理的なものになってしまって興ざめなものだが、この小説も最後に明かされる動機はとても説得的とはいえない(似たような動機設定はヴァン・ダインだったかにもあったかと思う)。要するに、そのような動機を設定しないとミステリが構成できないからであって、非常に苦しい。犯行の具体的な手順も医療の専門家からはクレームが来そうである(わたしからみても、どう考えても変じゃない?というところが散見した。たぶん作者もわかっているのであろうが、そこは無視しないと小説が書けないということであろう)。
 それで多分、筋立ては作者にとっては小説を作るための必要悪であって、本当の執筆の動機は何人かのキャラクターを作の中で生かしてみたいということだったのであろう。一人が主人公の東城大学神経内科万年講師で不定愁訴外来担当の田口公平。しかし、この不定愁訴外来というのが大学での正式の外来名なのである。それは陰では愚痴外来と呼ばれていることになっているが、不定愁訴というのは医療の世界でのジャーゴンであって、《病気でもないのにうるさいことばかりつべこべいいやがって、まったくもううるさいなあ、はやく俺の前から消えてとっととどっかいってしまえ!》という患者が訴えるもろもろの症状のことなのであるから、そんな名前の外来など看板に出せるわけないのである。しかし作者は確信犯としてこの名前の外来を作ったわけであるから、そこに自ずからユーモアが表れてくることになる。
 医学ミステリというのは、その性質上まじめにならざるをえないという欠点があり、ロビン・クックにしても箒木蓬生にしてもそこがつらい。それを中和するものとしての笑いというのはなかなか結構な趣向であると思う。その笑いがきわまるのが、もう一人の主人公というか途中から登場する探偵役の厚生労働省大臣官房秘書課付 技官 (医療過誤死関連中立的第三者機関設置推進準備室長)白鳥圭輔である。これがテリー伊藤の「お笑い! 大蔵省極秘情報」にでてくる嫌味で尊大な大蔵キャリアをデフォルメしたようなとんでもないキャラクターである。そしてたぶん、それがいきなりでてきたのでは、いくらなんでもあくが強すぎる。田口という出世をおりたような人間とペアとしてでてくることで絶妙の味を発揮する、そういうきちっとした設計があるように思う。作者はこの白鳥というキャラクターに相当自信があるようで、後続の小説を書くための伏線として、本書には一度も登場しないにもかかわらず、コンビを組む人間として姫宮という部下をちゃかり紹介している。次作では姫宮という女性もまたとんでもないキャラクターとして登場するであろう。
 ということで何人かユニークな人物を読むだけでも飽きない小説であった。
 作者は《愚痴外来》で毎日くどくどした話を辛抱強くきいている精神科医ではないかと思う。そしてその日常の中から、「バカ野郎、いい加減、早く目を覚まさないか! 甘えるんじゃない! お前なんかゴミみないな存在なんだ。それをなにを偉そうに本来の自分だ! 顔を洗ってでなおして来い!」とどなりつけたい衝動が兆してきて、いいたいことを無神経にいいまくる白鳥という人物を思いついたのではないかと思う、という推測は全然あたっていないかな?
 「このミステリがすごい!」大賞受賞作である。賞金1200万円なんだって。いいなあ。


(2006年3月29日ホームページhttp://members.jcom.home.ne.jp/j-miyaza/より移植)


チーム・バチスタの栄光

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