吉川洋「高度成長」(2)「高度成長のメカニズム」
第5章は「高度成長のメカニズム」である。日本のある時期に高度成長ということがおきたことは事実であるとして、それがなぜおきたのかは様々な説明が可能なはずで、本書のそれはもちろん吉川氏からみた説明である。
1)高度成長の背後にあったものは生活の「近代化」(アメリカ化)への強烈な憧れであった。その欲求を背景に企業は技術革新とそのための設備投資をおこなった。
2)しかしそれが敗戦の直後からおこなわれたわけでないことには注意が必要で、本格的な投資がはじまったのは1950年〜53年の朝鮮戦争以後である。
3)終戦当初のアメリカの占領政策はきわめて懲罰的なもので、日本が戦争中に占領したアジア諸国の生活水準をこえさせるべきではないとし、繊維業を中心とする軽工業国に日本をとどめようとするものだった。それを転換させたものが1948年からの冷戦の始まりだった。それにより日本の非軍事化、経済的小国化というアメリカの基本方針が、日本を極東における対共産主義の砦と位置づけるものへと変わった。それにより日本の重工業化、経済再建が目指されることになった。49年からのドッジラインによる超緊縮財政策はインフレを終焉させたものの大変な不況をもたらした。その不況のなかで朝鮮戦争が勃発した。それにより始めて投資ブームがおき、それから数年して高度成長がはじまることになる。
4)以上のように、日本経済の復興は世界のグローバルな動き、すなわち冷戦に非常に大きな影響を受けている。日本人や日本企業の創意と努力を強調する見解は、その点を見ない暴論である。
5)具体的には圧延部門の近代化と平炉の大型化が51年からはじまり、東レがデュポンとナイロンの特許契約を結んだ。
6)それにより都市部の生産性があがり賃金が上昇すると、農村部から都会への若年層の人口移動がおきる。それは所帯数をふやし、需要を増やした。そのどちらが鶏でどちらが卵かは難しいが、農村部から都会への人口移動と所帯数の増加は高度成長の動きと平行している。
7)投資をおこなうためには賃金は低いほうがいい。輸出についても同様である。繊維業を中心とした戦前の日本経済では確かに低賃金が成長の武器となった。しかし戦後の経済成長は国内需要主導の成長であったので、高賃金が成長を促進する方向に寄与した。
8)高度成長は1970年代のはじめに終わった。その原因として、現在一番ひろく認められているのが「オイル・ショック主犯説」であるが、吉川氏はそれに異をとなえる。オイル・ショックは素材産業から機械産業への構造転換を促すものではあったが、高度成長終焉の主犯ではない。吉川氏は、農村の「過剰人口」が都市工業部門に吸収し尽くされて、所帯数の増加が減速して、耐久消費財の普及がそれ以上望めなくなったことが原因であるとする。
9)そのほか「個人貯蓄率」の高さ説も検討されるが、それは想定以上に給与があがっていった結果であって、原因ではないとする。
10)輸出も寄与はきわめて少なく、これの寄与が目立ってきたのは、高度成長終焉後であるとする。むしろ輸出は、原材料輸入をファイナンスするものとして重要であった、と。
11)以上の説明の後、インフレの問題を論じる。1951年〜64年まで卸売物価は4%しか上昇していない。一方、消費者物価は60%上昇している。吉川氏によれば、これは工業部門と農業・サービス部門の生産性上昇のスピードの差をあらわす。生産性の低い部門も必要なのであるから、それを維持するためには賃金の上昇が必要になる。
12)地価の上昇が戦後一番大きかったのは、高度成長の真ん中の1958年〜61年あたりであって、これは実需の増加によるものであって、バブルではないことを吉川氏は指摘している。
わたくしは重症の経済音痴であるので、ここで吉川氏がしている議論が正鵠をえたものであるのか否かを判断する能力をまったく欠いている。
ただここでいわれていることでとても大事であると思ったのは、日本の戦後の復興と経済成長が、戦後の国際情勢、すなわち冷戦に決定的な影響を受けているという指摘である。戦前の日本は軍事の方向に邁進して頓挫した。戦後はそれを否定して経済に一路専心したことが今日の日本を生んだ、というような指摘をしばしばきくからで、とくに東側というのが消滅してすでにかなりの時間がたっているので(ソ連の崩壊が1991年だから、もう四半世紀がたっている)、若いかたにとっては冷戦というのがもはや現実感のないぴんとこないものとなっているかと思うので、ここでの吉川氏の指摘は重要であると感じる。
あと百年もすれば、かつてマスクス主義というものがあり、それに命をかけたひとがたくさんいたということが、まったく理解できない時代がくるのだと思う。しかし、わたくしは1990年の時点においても、ソ連の崩壊を夢想だにしていなかったので、それを予想した小室直樹氏とかエマニュエル・トッド氏は本当に偉いと思うし、学問の力であると思うけれど、わたくしは自分が生きているうちに東側が崩壊し消滅してしまうなどということは思ってもいなかった。ベルリンの壁の崩壊からソ連の消滅までただもうあれよあれよという感じだった。
今の中華人民共和国が共産党が支配している国であるとしても、マルクス主義とどのような関係にあるのかは見えないし、日本共産党というのもマルクス主義とどのようにかかわるのかもわからない。けれども、わたくしはマルクス主義あるいは共産主義というものに《東側》が存在していた時点では、今とは比較にならないくらいの後光が差していたことを一応知っている人間である。そうであるので、その冷戦の力学のなかで、日本の経済成長もあったという吉川氏の指摘はとても重要であると感じた。日本の戦後は冷戦体制の時代に西側に属した。国際政治から中立でいたわけでは全然なかったということである。もしも、冷戦のわれわれが知るような展開がなかったとすれば、日本は今頃、まだ途上国というような状態でいた可能性も大いにあったわけである。日本は連合国(≒アメリカ)に無条件降伏し戦後5年以上占領状態であったのだから、アメリカの意思次第でどのような展開になっても、文句はいえない状況にあった。
戦後の日本の経済成長を日本人の資質の優秀性の表れのような言い方するひとをよく見るが、日本の経済成長という事実があったからといって、それが必然の結果だったのではないことを肝に銘じておく必要があるということなのだと思う。進化の結果として現在があるとしても、それは偶然の産物であり、必然とはいえないのと同じである。
ソヴィエトの成立が1917年であるとすると、ソ連の歴史は3/4世紀である。たかだか一人の人間の寿命程度の長さである。わたくしはソビエト成立後30年で生まれて、44歳の時までソビエトという国が存在していた。そしてソヴィエトがある間はマスクス主義は現実の思想であり、ソヴィエトの崩壊とともにあっという間に、過去の思想になってしまった、という印象を強くもっている。
バブル崩壊後のある時期、市場原理主義とグローバリズム賛美の大合唱の時代に、それを批判していた飯田経夫さんという経済学者がいた。たとえば「人間にとって経済とは何か」という本にこんなところがある。「(資本主義と反資本主義の)対立を、ほとんど一瞬のうちに雲散霧消させてしまったのが、いうまでもなく、1989年に起きたベルリンの壁の崩壊と、それに象徴される旧ソ連および東欧共産主義諸国の崩壊である。/ いったいなぜ、こうした大事件が起きたのか。正確にそれを説明できる人は、いまでもいないのではないか、という気がする。マルクス主義者の声もさっぱり聞こえてこなくなったけれども、資本主義に対して批判派・否定派が指摘した諸点は、もちろん多くの正当性を含む・・問題の多くは、そのままの形で残っている」と書いている。「ただ、経済の運営は市場に大幅に依存することなしには絶対に不可能だということが、いまや疑問の余地なく明かになった」とする。この本は2002年に出版されていて、飯田氏は近代経済学の人なのだけれども、その本で氏は、「私はもはや経済学には絶望している。「飽食」で「もう食べたくない」といっている消費者に、無理やり食べ物を食べさせようとすることを「不況対策」の名のもとに主張するような経済学には、私はもはや愛想が尽きている」とまで書くのである。「経済学は貧乏をなくすための学問であった」が、「その貧乏がどうやらなくなってしまったらしい」ので「経済学はやがてなくなるのではないか、と予想している」とも言う。この「人間にとって経済とは何か」は「目次」を見るだけで、大凡、内容の見当がつく。それは「「足を知る」ということ」という章からはじまり、「日本的なるものについて」「アメリカ経済の思想」「市場経済の落とし穴」「経済学の使命とは何か」と続くのである。その当時、飯田氏には経済学が「拝金主義」「カネ儲け」を是認する学と見えてきていたらしい。氏は日本的経営を肯定するとともに「モノの豊かさ」から「心の豊かさ」へ、というようなことまでいう。
ケインズが「孫たちにとっての経済的可能性」という文章で、それを書いた100年後の2030年までには経済的問題は解決されてしまうか、解決のめどが立っているいるだろう」と書き、それは「経済上の問題は人類にとって永遠の問題ではないことを意味している」とした。あと10年かそこらでそういう時代が来ると思うひとは誰もいないだろうからケインズは間違っていたわけであるが、2003年に亡くなった飯田氏の言葉も10年もしないうちに正しくなかったことが明らかになってきているように思う。格差の問題がいわれ、貧富の差の拡大もいわれる現在である。それを見て、どのよう飯田氏はいうだろうか。自分が貧困であるといっているひとは「足るを知らない」とでもいうだろうか?
本棚に何冊か本があるところを見ると、飯田氏の本を面白がって読んでいたのだが、当時でも氏のいうことには何か足りないところがあるという印象を持っていた。人間というのは飯田氏がいうのよりも、もっと粗野で野蛮で血の気が多いものではないか、というような感じであり、飯田氏には「血気」がいささか不足しているとでもいうような感じだったかもしれない。
飯田氏を思い出したのは、日本の戦後復興を日本人の優秀さや勤勉さといった方向に求める人としてである。氏は「日本の反省」という本で、「わずか半世紀前の敗戦直後は、ほんとうにひどかった。・・何年ぶりかでアメリカ映画が入ってきて、現代劇を見ると、・・(当時のアメリカ人の生活は)ほんとうに夢のようにすばらしかった。私たち日本人も、いつの日かあのような生活ができるのだろうかと、・・考えた」が「たぶんそんな日は永遠に来ないだろう」と考えたと書いている。しかし「大筋において、日本はアメリカと肩を並べた。/ そうなったことが、私にはほんとうに信じられない。そうなるについては、たしかに国際環境も手伝っただろうが、明らかに日本人自身もずいぶんと頑張ったのだ」という。氏は経済成長を肯定するが、それは大きくみれば、日本人の努力によるとするわけである。吉川氏のように冷戦の動向が日本の復興をきめたとする立場とは異なる。吉川氏は日本はただ運がよかった、とする方向なのである。
そして高度成長を冷戦の産物すなわち、西側の属したことによりアメリカの意向のままになった結果とする吉川氏と異なり、飯田氏は、1986年〜1990年くらいまでのバブル景気をもたらした犯人がアメリカであるとする。貿易赤字に悩んでいたアメリカが日本に輸出主導から内需主導への方向転換を求め、それに唯々諾々と従った(1986年の前川レポート)ために市場に金がだぶつき、それがバブルを生んだというのである。アメリカの筋の違う要求に従わざるをえなかったというのが「かつての戦争に日本が敗れたということの意味にほかならない」と飯田氏はいい、「戦争に負けるとは、ほんとうに悲しいことである」という。吉川氏も「日本経済の復興が戦後世界のグローバルな動き「冷戦」によっていかに大きな影響を受けたかがわかる。そこには日本人や日本企業の創意と努力もあったには違いない。しかし、日本全体があたかも一つの「将棋の駒」にすぎなかったかのような印象すら受けるのである」という。「戦争に負けるというのは悲しいことである」という認識では共通するのかもしれない。
第二次世界大戦においては、アメリカもソ連もともに連合国の側であった。それがドイツと日本という当面の敵がなくなってしばらくすると、東西に分裂したわけである。ナチス・ドイツと軍国日本は無条件の悪とされているようであるが、では、これまた消滅してしまった東側は今では無条件の悪とされているのであろうか? 飯田氏は、「いったいなぜ、こうした大事件が起きたのか。正確にそれを説明できる人は、いまでもいないのではないか、という気がする」という。東側が消滅してしまったのは事実であるが、それはほんの偶然の産物なのかもしれない。場合によっては、共産党一党独裁下の市場経済という現在の中国に似た体制でソ連もまた生き残っていか可能性もあったのかもしれない(飯田氏も、「経済の運営は市場に大幅に依存することなしには絶対に不可能だということが、いまや疑問の余地なく明かになった」という)。東側の経済体制は持続することが困難なものであったとしても、これは東側の崩壊が必然であったということを意味するのだろうか? マルクスはまず第一に生産性が歴史の方向を決めるとしたのだから、マルクス経済学と市場経済体制とが両立することはありえないように思うが、それでもあの東側のあっけない崩壊は、その体制が貧困の問題を解決できなかったという経済の問題によるのだろうか? 西側は同時に自由主義体制などとも呼ばれることもあるわけで、東側の崩壊を人びとの貧困ではなくその自由への希求に求める立場もあるわけである。飯田氏のいうように、なぜ東側が崩壊したのかの議論はまだきわめて不十分であるように思う。
しかし、そのことは次章「右と左」であらためて考えてみたいと思う。
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