岡田暁生「クラシック音楽とは何か」(1)
小学館 2017年11月
このようなタイトルの本ではあるが、すべての内容がその問題を論じているわけではない。しかし、多くはそれと関連した話題を扱っているので、しばらく、この本にそって、それについて考えていきたい。
で、岡田氏によれば、クラシック音楽とは「十八世紀前半から二十世紀初頭、わけても十九世紀に作曲されたヨーロッパ音楽の名作レパートリーのこと」である。
この定義からして、中世からルネサンスの音楽は「クラシック」にはふくまれず「古楽」と呼ばれる。ルネッサンスの次に来る「バロック」は古楽からクラシックへの時代への過渡期となる。バロックの後半(18世紀にはいってから)になってようやく、ヴィヴァルディ、ヘンデル、スカルラッティ、バッハといったわれわれになじみの名前がでてくる。
しかしバロックの時代にはまだ交響曲はない。弦楽四重奏も独奏ソナタもない。フーガは基本的にはバロックのものであるが、ソナタ形式はまだない。
ウィーン古典派になって、ヨーロッパの音楽は今の「クラシック」の形になる。ハイドン、モーツアルト、ベートーベンがそれを代表する。なによりこの3人によって交響曲のジャンルが確立し、弦楽四重奏や独奏ソナタも彼らの時代から本格的になる。コンサートという形式がこの時代に確立したことも重要である。
クラシック音楽とはウィーン古典派の時代に確立された「コンサートホールで聴く音楽」であり、その中心に位置するのが交響曲である。
ウィーン古典派によって築かれた様々な枠組みを使って、19世紀のロマン派が花開く。これがクラシックの黄金時代を形成する。
自己表現としての音楽もウィーン古典派の時代に生まれてロマン派の時代に花開く。モーツアルトでは潜在していた「自己表現」がベートーベンによって花開く。
クラシックの最末期(19世紀末〜20世紀初頭)は後期ロマン派の時代である。
その後のシェーンベルクとかストラヴィンスキーとかは後期ロマン派とは明らかに異なる。そこでは、実験性が前面にでてきた。
岡田氏によれば、それら「現代音楽」は「自己表現」の過激化である。「独創性」が自己の表現ではなく、誰にも似ていない技法の探求へとむかった。
このような一筆書きでは、もれてしまうものがでてくるのは当然で、その代表がバルトークである。
岡田氏には「「クラシック音楽」はいつ終わったのか?」という本もあって、それによれば「クラシック音楽の時代」の「終わりの始まり」を画したのが、第一次世界大戦ということになる。
一方、クラシック音楽の最大のスターのベートーベンはフランス革命の申し子である。
とすれば、クラシック音楽とはフランス革命から第一次世界大戦までの期間にヨーロッパで盛んであった音楽ということになる。
わたくしはもう五十年近くも前、二十代の前半に吉田健一の「ヨオロツパの世紀末」を読んで、その「本当のヨーロッパは18世紀のヨーロッパ、19世紀ヨーロッパは堕落した野蛮なヨーロッパ」という見方に圧倒されて、以後その影響を逃れることができないまま、現在にいたっている。
その吉田史観?からすると、ここでの岡田史観?は明治以降の日本で正統とされてきた進歩史観?のヴァリエーションに過ぎないことになる。因みに岡田氏はロマン派の音楽が大好きなのだそうである。
小林秀雄の「モオツアルト」はロマン派的音楽の否定のための書であると思うが、若き日にランボーにいかれた小林氏は、ではハイドンというわけにはいかず、モツアルトの中に抑制されたロマンティックを見出そうとした本なのだろうと思う。
半世紀前に読んだときには吉田健一の独創的な史観と思ったものは、その後、ヨーロッパにおいては一部のひとたちの間ではかなり常識的ともいえる見方なのであることがわかってきた。吉田氏はそれを直接はブルームベリー・グループ、なかでもL・ストレイチーから学んだのではないかと思う。
いずれにしても19世紀を否定的にみる見方にとっては、西欧クラシック音楽というのは一つの試金石になるのではないかと思う。
ということで、しばらく岡田氏の本にそって、西洋クラシック音楽について考えていきたい。
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