公と私
養老孟司さんの近刊「半分生きて、半分死んでいる」を読んでいて、「国だけを公とする考えを右翼といい、個と公をごっちゃにするのを左翼という」という文が目についた。
前半はわかりやすい。公と対立するものは私であろうが、右翼は私のために生きる方向を否定し、公=国のために生きることこそ人の道であるとする。
自分のために生きるという方向は不幸なものとして排除される。
しかし、「国だけを公とする」左翼というのもいるだろうと思う。たまたまいま自分が生きている国の体制が自分が身をささげるに値しないと思っているから国が公にならないだけで、かつて、北朝鮮の千里馬運動のマスゲームを見て感涙にむせび、中国で毛沢東手帳をかざした群衆を見て目を潤ませるひとはたくさんいた。要するに、自分さえよければほかの人間はどうなってもいいというような利己主義を嫌う心情であって、だから戦前、転向ということは比較的容易におこなわれた。自分が「公」と思う対象がマルクスから天皇にかわるだけで、滅私奉公という行き方においては一貫していることになる。
後半の「個と公をごっちゃにするのを左翼という」というのはわかりにくい。それは養老さんの使っている「公」の概念がわかりにくいからで、上記の養老さんの文の前には「日本のシステムでは商売は三方良しである。店良し、客良し、世間良し。「自分」はどこにも入っていない。それを私は「公」とよびたい。国だけが「公」というわけではない。」という文が置かれている。
つまり「公」というのをいきなり国といった抽象度の高いところにもっていくのではなく、もっと身近なところに公というのはあるのだぞということを主張している。そしてそのことは「公」と対立するものが自己実現や自分探しであるとされていることにもあらわれている。
戦前の神風特別特攻隊に多くのひとが懲りた。それで国とか公とかから降りた。滅私奉公などとんでもない。「私」が大事だ!ということになった。
だから「個と公をごっちゃにするのを左翼という」というのは、わたくしを追及していくことが公に通じるのだというような方向のことをいっているのかもしれない。なんだかマンデヴィルの「蜂の寓話」である。「かように各部分は悪徳に満ちていたが、全部そろえばまさに天国であった。・・・」 竹内靖雄氏によれば、「近世における私利私欲抑制メカニズムの最初の構想がホッブスの『リヴァイアサン』であった」ということであるから、右翼というのはホッブスの系統ということになる。マルクスもまた私利私欲抑制メカニズムの系譜に属するであろうから、マルクスも右翼というなんだか変なことになる。そしてアダム・スミスはマンデヴィルの系譜であるからアダム・スミスは左翼ということになり、いよいよ変である。
長谷川三千子さんとか佐伯啓思さんなどの右のひとは民主主義が嫌いであり、フランス革命以来の啓蒙主義が嫌いであり、普遍的な目的設定が嫌いであり、近代が嫌いである。そういったものが「文化」を破壊していくことを何より懸念する。一方、左の人たちは基本的に近代を肯定する。その見地からすれば、マンデヴィルもホッブスもアダム・スミスもみな左の人ということになる。
何だか変なので、もうひとつ補助線を引いてみる。快楽主義と禁欲主義である。とすると、快楽主義右翼、禁欲主義右翼、快楽主義左翼、禁欲主義左翼の四つが区分される。あるいは、快楽主義を「不真面目」、禁欲主義を「真面目」と言い換えてもいいのかもしれない。
基本的に西洋近代は真面目路線である。とすると近代の思想は右も左も禁欲派で占められることになる。そういうこちこちに対しできることはせいぜい「水を差す」ことぐらいかもしれない。
西欧の骨格はキリスト教で、キリスト教は真面目で禁欲の方向である。啓蒙主義というのは、それに水を差そうというものであったのであろうが、フランス革命でたちまち超真面目路線にもどってしまった。
「個と公をごっちゃにするのを左翼」というのは左翼思想が西洋渡りのものであって、必然的に左翼は真面目路線であるということである。
養老さんが信用できるとしたら、何の役にもたたない虫捕りに倦まず励んでいることで、「日本のシステムでは商売は三方良しである。店良し、客良し、世間良し。「自分」はどこにも入っていない。それを私は「公」とよびたい。国だけが「公」というわけではない」のかもしれないが、商売だからそうなるので、虫捕りなどは、絶対に三方良しにはならない。ただ自分良しだけである。
どうもわたくしは真面目派が苦手なのだと思う。だから右も左も苦手で、どちらにも近寄りたくないと思う。
「死にたい奴は死なせておけ。俺はこれから朝飯だ」というのは昔、吉行淳之介の本のどこかで読んだ記憶があり、いかにも吉行らしいと思っていたのだが、前回の文にも書いたように、どうも吉行的感性というのが自分の根っこにあるらしいことを最近感じる。(この「死にたい奴・・・」は富永太郎のものとしているひとがいたが本当なのだろうか?)
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