週刊文春の橘玲さんの論

 「週刊文春」の最新号での連載「臆病者のための楽しい人生100年計画」の「ロマンス小説の読者が‟欲情”する男性像」で、橘玲氏が、「女には男とは別のポルノがある」という説を紹介している。ハーレクイン・ロマンスなどのロマンス小説がそれにあたるという。
 このような話題にかんしては、昔、「女だけが楽しむ「ポルノ」の秘密」という「進化論の現在」というシリーズのうちの一冊を読んだことがあって(2004年)、そこに「ロマンス小説は「女性向けポルノグラフィ」と呼ばれている」ということがすでに書かれている。
 橘氏の論が気になったのは、現代的なロマンス小説の原型がマーガレット・ミッチェルの「風と共に去りぬ」であると書かれていたことである。動物学でのアルファ・オス」と「ベータ・オス」を転用して、ロマンス小説ではヒロインが、アルファとベータの間で揺れ動き、最後にアルファと結ばれるという構造なのだという。
 ハーレクイン・ロマンスは一冊も読んでいないので大きなことはいえないけれど、ロマンス小説とは、アルファ・オスが数あるメスの中から自分を選んでくれるというストーリーなのではないかと思う。「風と共に・・」のアシュレーのようなうじうじとした造形の人物がでてくるとは思えない。
 ロマンス小説の原型は、「いつか王子様が・・」であって、「白雪姫」から「シンデレラ」まで、その基本の構図は「玉の輿」なのであると思う。男の富対女の美貌であって、普通、富のある男は特定の女を求めるのではなく、多くの女を求めるものなのであるが、どういうわけかそうではない男もいて、自分という特定の女に求愛してくるという夢を飽かず描くのがロマンス小説なのだと思う。「風と共に・・」のアシュレーのような生活能力をまったく欠くが教養だけはいっぱしもっているなどという男が一時的にせよヒロインから愛されるなどということはロマンス小説ではありえないと思う。
 そしてレット・バトラーがアルファ・オスであるかというのも疑問である。レット・バトラーは自分は二流である、本物ではないという意識を持っている人間で、大部分の人間は三流なのであるから、それよりは自分は上であるが、本当の一流という人間が稀にはいてそれには敵わないと思っている人物である。そして、「風と共に・・」で一流の役割を振られているがのがメラニーで、ロマンス小説に例をとるならば、ヒーローがメラニーでヒロインがレットということになるのではないかと思う。レットはスカーレットが上等な二流であるという点で自分と同類と思っているわけで、その世界が成立するためには本物の一流がどこかにいるのでなければならない。メラニーは寧ろ「永遠に女性的なるものが、われらを引きあげて、高みに昇らせてくれる」というゲーテファウスト」にあるような男の困ったロマンティック幻想を体現したような像で、だからわたくしには「風と共に去りぬ」を書いたのが女性であるということが何だかうまく理解できないのである。
 スカーレットは生活力のある、自分の足の上に立っているindependent な人間で、別にどこからも王子様がやってくる必要はない。どうも「風と共に去りぬ」がロマンス小説の原型という説には納得できないものを感じた。
 橘氏は進化論的見方から人間のさまざまな行動が説明できることを啓蒙しているかたで、本論もその一環であるが、わたくしは男は自己批評的な性、女は自己肯定的な性であると思っていて、「風と共に・・」はむしろ、男女のその側面を典型的に描いたものではないかと思っている。男は自分を笑うことができる性であるが、女性はそれが苦手であって、だからこそユーモアというのは男の属性なのである。レット・バトラーはわたくしが12歳にして初めてであった偽悪的人間像で、とすれば偽善は女性の特徴、偽悪は男の属性ということになる。これもまた進化論的に説明可能なのだろうか?
 バロン=コーエンの「共感する女脳、システム化する男脳」の巻末にふされた自己テストをやってみると、わたくしは男性としては著しく女性性が高いという結果になる。バロン=コーエンはもちろん進化論的観点から男女の差をみているのであるが、自己を笑うということは批評性の表れであるとすると、やはりシステム化の方向であり、男性側の属性ということで、これもまた進化論的にも説明できるのかもしれない。
 本論の末で、日本ではロマンス小説の方向が、宝塚から「やおい」(ボーズラブ)という同時の発展をとげたとあるが、「女だけが楽しむ「ポルノ」の秘密」では、スラッシュ小説というアメリカを中心に進化をとげた一種のボーズラブの世界を描く作品群が紹介されている。その読者もほとんど女なのだそうである。ここでは日本では「少年愛」という少女向けのコミックジャンルがあることもちゃんと紹介されている。
 「やおい」については日本のおいてその方面をほとんど一人で立ち上げたという中島梓さんの「コミュニケーション不全症候群」なども読んだことはあるが、なにしろマンガというのかコミックというのかの世界にはまったく疎いので、あまり理解できていないだろうと思う。
 最近、映画になった「フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ」などというのも多分、ロマンス小説の変形で、原作者は多分、女性だったと思う。

女だけが楽しむ「ポルノ」の秘密 (進化論の現在)

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共感する女脳、システム化する男脳

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コミュニケーション不全症候群

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