マスクの目立つコンサート

 一昨日、昨日とコンサートにいってきたのだが、客席の過半のひとがマスクをしていた。電車に乗っても同じような感じだから異とするには足りないのかもしれないが、舞台の上のオーケストラの団員、合唱団員、ソロの歌い手、指揮者はもちろん誰もマスクなどはしていない。部隊上と客席の奇妙なコントラストだった。
 マスクの着用はCOVID-19感染予防にはそれほどの効果はないとされているにもかかわらず、かなりの普及である。こういうのを、人事を尽くして天命を待つとでもいうのだろうか? オペラシティでは客席の入り口に小さな消毒薬がただ置いてあっただけだが、サントリーホールでは入場者全員に手指のアルコール消毒を求めていた。
 昨今の感染対策について、批判の論、擁護の論、いろいろとあるようである。しかし、何となく「戦力の逐次投入」という印象がないではない。中国政府の武漢の封鎖というやりかたは、とにかく「戦力の逐次投入」でないことだけは確かである。はじめてその報道に接した時、他の方はどう感じたかはわからないが、わたくしは現代でもこんなことができるのだと驚いた。カミュの「ペスト」は今から80年くらい前の時代の想定である。その当時ならいざ知らず、現代でもこんなことができるのだと驚嘆した。
 クルーズ船での感染拡大対策について、いろいろな批判と擁護がでている。その対応にあたった方の多くがお役所にかかわるかたなのではないかと思う。そして、こういう事態への対応というものこそお役所がもっとも苦手とするところなのではないかと思う。
 神戸の震災での事態について中井久夫さんがこんなことを書いている。「有効なことをなしえたものは、すべて、自分でその時点で最良と思う行動を自分の責任において行ったものであった。・・・指示を待ったものは何ごともなしえなかった。統制、調整、一元化を要求したものは現場の足をしばしば引っ張った。「何が必要か」と電話あるいはファックスで尋ねてくる偉い方々には答えようがなかった。」 「状況がすべてである」というのはドゴールの言葉らしい。中井氏はいう。「ボスの行うべきことは、各人が状況の中で最善と判断し実行したことの追認である。」 そしておそらくお役人というのは「自分でその時点で最良と思う行動を自分の責任において行う」ことを最も苦手とする人たちなのではないだろうかと思う。昔読んだ「お笑い大蔵省極秘情報」という本で、その当時の大蔵省の高級官僚たちが自分たちがいかに優秀かを縷々語った後、しかし自分たちにも一つだけ苦手なことがある。それは前例のないことへの対応であるといっていた。高級官僚というのは過去の事例に先人がどのように対応したかについての膨大の資料をもっていて、つねにそれを参照して行動を決めるらしい。しかし、過去に先例がなくそれにどのように対応したかの記録がないものについては、どう対応していいか自分で判断することをきわめて不得手とするらしい。
 若い方はほとんどがご存じないかもしれないが、昔、洞爺丸転覆事件というのがあった。1954年(昭和29年)9月26日に青函航路で台風第15号により起こった、日本国有鉄道青函連絡船洞爺丸が沈没した海難事故で、死者・行方不明者あわせて1155人とされる日本海難史上最大の惨事ということである。まだ青函トンネルがなく、青森と函館を連絡船がつないでいた時代のことである。この事件は作家の想像力を刺激するようで水上勉の「飢餓海峡」や中井英夫の「虚無への供物」を生んでいる。
 この洞爺丸転覆事故について福田恆存がこんなことを書いている。「驚いたのは、その最初の事件の報道と同時に、著名な「文化人」数名の転覆事故についての意見が掲載されていたことです。・・・誰も彼ももっともらしく、あるいは船長を責め、あるいは当局を難じ、あるいは造船技術について云々しております。だが「運が悪かった」といったひとはひとりもいませんでした。・・・」
 われわれは何かことがおきると、それに対してどうしたらいいのかと考える。どうしようもないという答えは想定されない。しかし、われわれにとってどうしようもないこともあって、それはわれわれはいずれ必ず死ぬということである。だから医療は必敗の科学などとも揶揄される。そうではなく医療の目的はわれわれが死ななくすることではなく、天寿を全うするようにすることなのかもしれないが・・・。
 今、オーストラリアは山火事で大変なことになっているらしいが、ごく最近、30年ぶりの大雨でそれが収束する見通しもでてきているらしい。しかし、この雨が別の大きな被害を起こす可能性もあるらしい。また、東アフリカではバッタの大量発生で多くのひとが飢餓に直面しているということである。自然の活動は時に人知をこえる。
 14世紀のペストの流行では一億人が死んだといわれる。当時の人口は4億5千万人くらいだそうである。
 史上最悪のインフルエンザといわれる1918年~1920年のスペイン風邪では世界人口の1/3が感染し、2~5千万人が死んだそうである(第一次世界大戦中で正確な資料がないらしい)。
 リスボン地震の厄災がヴォルテールの「カンディード」を生んだといわれる。こんどの新型ウイルスの感染拡大はわれわれのものの見方を少しは変えていくということがあるのだろうか?

1995年1月・神戸――「阪神大震災」下の精神科医たち

1995年1月・神戸――「阪神大震災」下の精神科医たち

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: みすず書房
  • 発売日: 1995/03/24
  • メディア: 単行本
お笑い大蔵省極秘情報

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福田恒存著作集〈第6巻〉評論編 (1958年)

福田恒存著作集〈第6巻〉評論編 (1958年)

  • 作者:福田 恒存
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1958
  • メディア:
史上最悪のインフルエンザ  忘れられたパンデミック

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