岩田健太郎教授
岩田氏の名前を最初に知ったのがいつであったかよく覚えていないが、ディオバン事件のころではないかと思うので、もう10年以上も前のことである。最初の印象は何だか似たような名前の画家がいるなということであった。それと随分と若いひとだなあということでもあった。その当時まだ30台であったはずである。それで履歴を見てみると、地方の大学をでて沖縄の病院で研修し、アメリカにわたって武者修行をしたあと、日本の第一線の病院に戻り、そこからいきなり神戸大学の教授に抜擢されている。36歳前後ではないかと思う。日本の通常の医学部での出世コースである医局員→講師→助教授(准教授)→教授というコースからはまったく外れている。ということは、さぞかし敵も多いのだろうなあ、と思った。
氏の専門は感染症で、抗生物質の使いかたについての本どは研修医の間でのベストセラーになっているのではないかと思う。この方は、ブログなどでの発信も積極的にしている方で、「楽園はこちら側」というブログに掲載されていた「絶対に 医者に殺されない47の心得」(これは近藤誠さんに似たような名前の本があるので、それにあやかった題名らしい)などにあったと思う日本禁煙学会(これは学会という名前にはなっているが禁煙に熱心な運動家の集まり)の硬直をからかった文章とか、近藤誠氏の「がんもどき理論」へのそれがでてきた背景への理解をもふくむ情理をかねそなえた反論(近藤氏は日本で世界のなかでもかなり最後までおこなわれていた乳がんの拡大手術(いわゆるハルシュット手術)から温存手術が標準的な手術法に転換していくようになることについてきわめて大きな役割をはたしたと思う)、ワクチン(特にそれへの反対運動)の問題、健診の功罪の問題、さらに前立腺がんや乳がんの問題などのいろいろな悪性腫瘍への治療方針の問題などにつき、わたくしは非常に多くのことを岩田氏から学んでいたと思っている。自分の専門分野以外のことについてはかなりの部分については岩田氏の見解をそのまま自分の見解として採用している。
わたくしは産業医という仕事もしているので、ときどき健診について話をするが、健診をうけるということは必ずしもいいことばかりではないのだといった話をすると、多くのかたが怪訝な顔をする。何しろ日本では会社員であるかぎり、年に一回健診を受けることが法的な義務となっている(これは世界でも珍しいことではないかと思う。最近、日本の会社でも外国からの方が増えてきているが、そういう方から、毎年、胸部レントゲンをとるなどというのは野蛮である。放射線被ばくのことは考えていないのかという抗議をうけたことがある)。会社の安全衛生担当の方は社員が全員検診をうけることに血眼になっていて、それが達成されると、それだけで安心してしまって、健診の結果を社員の福利厚生にどう役にたっているかについてはほとんど関心がない、そういういささか本末転倒なことがあちこちでおきてきている。
ごく最近、岩田氏が新型コロナウイルスについて、例のクルーズ船に乗り込んでその感染対策の体制が杜撰であることを指摘する映像をyou tube に投稿して、「たった二時間の観察で何がわかる!」といったバッシングを受けて、一日で撤回するというようなことがおきている。タバコや乳がんの問題とは異なり、感染症は岩田氏の専門分野である。門外漢がタバコや健診の問題に意見を述べるのとはおのずと反応が違うのかもしれない。
このクルーズ船についての投稿の直前に氏は「COVIDと対峙するために日本社会が変わるべきこと」という文を発表している。現在進行中の新型コロナウイルスへの対応の中で、日本の社会の持つ様々な問題点が各所で浮き彫りにされてくるだろうと思う。
岩田氏がバッシングを受けることで、頑なになり、現在の近藤誠氏のような方向に走ることがなければいいなと思う。