佐々木千賀子 「立花隆秘書日記」

  ポプラ社 2003年3月 初版


 一時期、立花隆の秘書をしていた女性が書いた立花隆観察記。オウム真理教のこととか田中角栄のこととかが書かれているが、一番の眼目は、立花隆が変な人であるということである。
 要するに立花隆は<理解したい人>であって、あるものに疑問が生じるととにかく時分で納得できるまで猛烈に調べる。そして自分でわかったと思えると急にそのことに興味を失ってしまうらしい。
 この本でも立花氏がワイン通であるということが書かれているが、どうみてもワインに合うような食生活をしているようには見えない。ワインについてとてもたくさんのことを知っているひとであって、ワインを楽しむひとではないようなのである。だれかが確か山崎正和氏いついてだったか(違っているかもしれない)、食事をしていて、これは寿司であるなとかこれはステーキであるなとかということを理解して食べてはいるのだろうが、それを旨いとか不味いとかは感じていないのではないか、というようなことを書いていて妙に記憶に残っている。そういうひとはいるのだろうと思う。要するに知的であるということが人生最大の楽しみであって、食事とか音楽とかを本当に楽しむことはしていない人である。
 立花氏は武満徹についてもずっと書いているが、別に武満の音楽が好きなわけではなく、武満の人間に興味があるということのようである。
 そのほか立花氏が東大の客員教授になったのがうれしく仕方がなかったのではないかとか、なかなか辛辣な批評もある。なかでも巻末の、立花氏の著書にあるのは分析と解明であって、そこに生身の立花氏がいない、という批評は立花氏に対してだけでなく、立花氏が確立したノンフィクション書法への批評としても有効であると思う。
 世界を理解したいという魔にとりつかれる人間というのがいる。一方では世界がどうなっているのかといったことにはまったく関心がなく一生をおわるひともいる。立花氏は、世界を理解したいという知的好奇心をもたない人間には激しい苛立ちを覚えるようである(「東大生はバカになったか」)。しかし人間が幸福であるかどうかは知的好奇心の有無にはあまりかかわらないようである。
 この本は、元秘書が、「立花さん、あなたは幸福ですか?」と問い掛けている本なのである。立花氏はもちろん「幸福である」とこたえると思う。「ユーレカ!」という叫ぶ瞬間を何回も経験しただろうからである。しかし、元秘書には、立花氏が幸福な人間であるようには見えていない。