笠原和夫 「映画はやくざなり」

   新潮社 2003年6月25日 初版


 東映やくざ映画の脚本を多数書いた笠原氏の映画論。笠原氏は東映時代劇、美空ひばりの映画などの脚本を書いたあと、ひょんなことからやくざ映画の脚本を書くようになったらしい。ここに書かれているのは、やくざ映画にかかわるようになった辺りから、そのあと「二百三高地」といった戦争映画の脚本を書くあたりまでであるが、何とも面白い。インターヴューと原稿から再構成したものであると巻頭に注記されているが、再構成したライターの技量も大したものであると思う。
 書評では、巻中の「秘伝 シナリオ骨法十箇条」が面白いとあって、それを読むために買ってきたのだが、わたくしには最初の「わが「やくざ映画」人生」のほうがずっと面白かった。
 経歴からわかるように、東映時代劇から美空ひばりの映画、さらにはやくざ映画から「二百三高地」だから、芸術派のシナリオ作家ではない。そういうひとは適当に脚本なんか書いているんだろうな、と思っていたのだが、とんでもない、命を削って脚本を書いていたのだということがよくわかった。その目的は観客を楽しませることと、すなわち客が入ることだけ。
 それにしても、ここにでてくる映画関係者、プロデューサーから監督、脚本家から俳優まで、変人・奇人のオンパレードで、まあとんでもない世界である。主演男優が女優に惚れて、それで脚本を書き直させるというのだからひどい話である。そういうものを観客はみているわけである。
 映画とは映画館で見るものだ、一人で見るのと映画館で見るのとは全然違うという指摘があった。映画館というのは一種の祝祭空間で、人びとと時空を共有することにより、個室で孤独に見るのとは全然違う世界が出現するのだ、というのである。今秋、小津安二郎の映画がDVD化される。買おうかなと思っていたのだが、一人で見るというのは映画本来の見方ではないのかなと思った。