C・タッジ 「農業は人類の原罪である」

   新潮社 2002年10月20日初版


 以前にも2冊ほどとりあげたことのある「シリーズ『進化論の現在』」の一冊。原題は「ネアンデルタール人 ならずもの 農民」。
 定説によれば農業は約一万年前に中東ではじまったとされるが、いったん人類が農業の利点に気付くや、ただちに古くさい狩猟採集の生活を捨てたと考えられている。
 しかし、この説には最近、多くの異論がでてきている。
 たとえば、狩猟採集による食糧にくらべて農業にもとづく食糧はヴァライエティに乏しい。
 最近の説によれば、新石器時代の農業革命以前に、狩猟採集とごく原始的な農業(好みの植物が生育しやすい環境を工夫するなど)がおこなわれていた時代があり、そこから次第に人類は、農業をせざるをえない状況においやられていったのではないかと考えられている。
 著者、タッジがとなえる仮説は次のようなものである。人類は、約4万年前の旧石器時代後期から「原農耕民」と呼んでもいい程度には環境を制御していたのではないか。一方、ネアンデルタール人はもっぱら狩猟のみをおこなっていた。「原農耕民」は狩猟にみにはこだわらないから動物種のいくつかが絶滅しても生き延びうる。しかし、ネアンデルタール人は狩猟のみをおこなっていたので、動物種の絶滅によりみずからも絶滅せざるをえなかったと著者はいう。
 狩猟採取者は、環境を操作しない、ただあるものを集めるだけである。
 一方、農業は環境を操作する。農業は以下の三つを含む。
1)園芸 2)農耕 3)牧畜
 旧来、農耕と牧畜は対立してきた。農耕は牧畜よりもずっと土地に対して暴力的なのである。聖書の世界は牧畜民の世界である(羊飼い)。
 原農耕とはどんなものだったか?
 もっとも原始的な段階では、好ましい植物をライバルから守る。その木のまわりの除草がそれに続く。次に剪定。つまり世話、手入れである。保護をうけて外敵から身をまもる必要がなくなると、そのような植物は毒や刺をもたなくなる。
 人類は50万年以上前から火を用いていたとされている。火は食物の調理に有用だっただけではなく、たとえば、草原の草の一部を焼くというようなやりかたでも使用可能なのである。
 4万年前に人類がそのような意味できわめて原始的なものであっても農業と呼べるようなものを開始したと考えるといろいろなことが説明できる。たとえばネアンデルタール人の絶滅。
 旧石器後期の農業はフルタイムのものではなかった、狩猟・採集のかたわらにいわば趣味的におこなう程度のものであっただろう。しかし、これでも大きな意味をもつ。当時動物はぎりぎりのところで暮らしていたわけである。狩猟採集の生活では、エサがないという状況はつねに生じうる。そこにおいてほんの少しでも環境を操作できるということは、その能力をもたない生物に対して決定的な優位となる。ある種の生物が周囲にいなくなっても生き残ることができる。そうすると農業を片手間にでもおこなっている種は周囲の動物を絶滅させてしまうまで狩り尽くす採り尽くすことが可能になる。そうなっても自分が絶滅することにはならない。大型動物の絶滅が4万年前から多く見られるようになるのはこのためである。大型動物を絶滅させたのは気候の変化ではなく、人間なのである。
 ネアンデルタール人と原生人類は相当長期間(5000〜10000年)共生していた。ネアンデルタール人は狩猟採集生活であり、原生人類は農業生活であった。農業をいとなむ原生人類は平気で動物を絶滅させることによって結果的にネアンデルタール人の食糧を奪ってそれを絶滅させたのである。
 「七人の侍」では、農民が被害者でならずものたちがそれを襲う。しかし現実はそうとは限らないのである。
 一万年前から耕作がおこなわれ、家畜化が進行した。それと同時に都市ができてくる。
 農業以前においては、人口は環境があたえてくれるものできまる。しかし農業以後においては人口は環境があたえてくれるものに依存しなくなる。その結果人口が増える。そうするとさらに農業に精をだすしか生きる方法がなくなる。狩猟動物はわずかしか働かない。得られるエネルギーからいって多くの時間を狩りにあてることはできないのである。一日中狩りをしていればたちまち周囲に獲物がいなくなってしまう。したがって、大部分の時間は寝ているかぶらぶらしているかしかない。しかしいったん農業をはじめれば働けば働くほど得られるものが多くなる。そうすれば人口が増え、ますます農業に精をだすしかなくなる。農業ははじめたら最後やめられないのである。
 一万年前は最後の氷河期が終わったときである。その結果、海面が上昇し、それまで多くのひとが暮らしていた狩猟採集に適した肥沃な土地が失われてしまった。もはや本格的な農業をおこなうしかなくなったのである。この海面の上昇による肥沃な土地の喪失が聖書の楽園喪失の背景なのではないだろうか?
 旧来、狩猟採集はつらい仕事で、農業はそれにくらべれば楽だから、いちど覚えたら、そこから離れられなくなると考えられてきた。しかし狩猟採集は海面上昇前に肥沃な土地でおこなうならばかなり楽なものだったのかもしれない。農業をはじめたのは、楽園をとりあげられてそうするしかなかったのかもしれない。農業をはじめてから、人類の体格は悪化している。アダムとイヴが楽園から追放され、これからは額に汗することなくパンを得ることはできないであろうと宣言されるのは、農業がわれわれにとっての責め苦であることを雄弁に物語っている。 
一万年前には人口は世界の800万人ほどだった。紀元前後にそれが1〜3億人に。現在はそれが60億人になっている。農業は勤勉と結びついている。われわれの祖先はかつてライオンと同じようにあくせくとは働かない存在であった。今一度そのことを思い返すときではないだろうか?

 大変刺激的な本である。農業がわれわれの不幸のはじまりという視点は実に新鮮である。
 農業がなければ余剰はうまれず都市もうまれない。農業と都市は表裏一体であるとすれば、養老氏のいう都市化批判はまた農業批判にもつながる。参勤交代どころではどうにもなる話ではない。そしてまた養老氏のいう「手入れ」いうと思想も、農耕ほどの強い管理ではない、もっと穏やかな自然管理をいっているのかもしれない。都市が管理の思想であるとすれば、農耕もまた管理の思想なのである。
 また中井久夫氏のいう、分裂症(統合失調症)は狩猟採集時代には適応的なものであったのだが、農耕時代になって疎外される存在になってしまった、一方うつ病はある意味勤勉の時代においてこそ生まれる疾患なのであるという主張。
 さらに日本における百姓(農業)の把握が著しく農耕に偏っているという網野善彦氏の主張。
 さまざまな論点と結びつく可能性をもつ本である。
 こういう本を読んでも、進化論少なくとも人間が生きてきた歴史を考えに入れない思考は十分な説得力をもたないことがわかる。現在の人文科学の弱点はそのようなバックグラウンドが極めて弱いことではないかと思う(そしてもう一つは養老氏のいうように脳を考えにいれないことであろうか?)。要するに人文科学はたかだかこの一万年のことしか関心がないのである。文字のないところに人文科学はほとんど生じようがないことを考えればしかたがないのであろうか。しかし、そんな態度でいると人文科学もどんどん理科方面から浸潤されてしまうように思う。発表当初あれほど人文科学方面から叩かれた「社会生物学」がもはや無視できない存在になってきていることを考えるならば、人文科学が安閑としていられる理由はないように思うのだが。