村上春樹 「アフターダーク」

   [講談社 2004年9月7日 初版]


 よくわからない。これが村上春樹作ではなく、無名の作家の作であれば、出版されただろうか?
 長編小説の発端だけ読まされて投げ出されたような印象である。
 その書き出し。
 「目にしているのは都市の姿だ。
 空を高く飛ぶ夜の鳥の目を通して、私たちはその光景を上空からとらえている。・・・」
 第二のセンテンスからして、最初のセンテンスの主語は私たちである。それではわたしたちというのは誰か? 作者と読者?

 前作「海辺のカフカ」の書き出し。
 「それで、お金のことはなんとかなったんだね?」とカラスと呼ばれる少年は言う。・・・」
 これは第二の段落で、「僕はうなずく。」と受けられるまでは、宙に浮いて位置のわからない文章であるが、そこに来て、「僕」が話者であることがわかる。

 「アフターダーク」では、読者は話者でありえないから、作者が読者にともにそこに参加することを強制しているような違和感が生じる。それが作者の意図であろうことは明白だが、わたしにはその意図が何に由来するのか、最後までわからなかった。「海辺のカフカ」が、過剰に?物語と意味に充ちた小説であったのに対して、意識的に物語を廃し、読者の感情移入を拒むことを意図したのかもしれないが、そういうのはお金を出して本を買う読者にアンフェアではないだろうか? また今まで村上春樹の本を読んだことがなくて、はじめてこの本で村上を知る読者に対しても失礼ではないだろうか? この本の最大の話題が村上春樹は変わった。村上春樹はどこに向かおうとしているのかということになって、この本の内容自体ではないということになる。

 出版社もこの本をどうあつかっていいのか困っているみたい。村上春樹の新作にしては異様に宣伝が目立たない。