P・ゲイ「モーツァルト」

  [岩波書店 2002年6月27日 初版]


 ペンギン評伝双書の一冊。特に変わったことが述べられているわけではない。過度に偶像崇拝的になることもなく、作曲家としては天才、人間としては普通の人間であったモツアルトの生涯について論じていく。強いていえば、精神分析を信奉する著者らしく、父親との関係についてこだわっていることが特徴かもしれない。
 一番感じるのが、ゲイが音楽をそしてモツアルトの音楽を本当に好きなのだなあ、ということである。自分としてのモツアルトの作品評価を示していくところなど自信満々である。だれだれはこの作品をどう評価しているかということではなく、自分の感性で押し通していく。
 巻末に、三浦雅士の「モツアルトはわれらの同時代人」というやや長い論文が付されている。これが変な解説で、ゲイのモツアルト像とは異なる変にロマン主義的モツアルト論(小林秀雄の「モツアルト」に近いような)を一席ぶったあと、ゲイはポパー精神分析批判に強く反応しているのだということを論じて終わってしまう。
 モツアルトには音楽しかない。音楽に+αを持ち込んだのはベートーベンである。それ以来われわれの音楽の聴き方は、音楽自体を楽しむやりかたと、音楽を+αこみで楽しむやりかたに分裂してしまった。マーラーショスタコーヴィッチなど後者以外の聞き方をすることはできない。しかしわれわれがそういう聴き方をするようになってしまったからといって、モツアルトをそういう聴き方をするべきかといえば、もともと存在しないものを無理に探すことにしかならないのではないかという気がする。
 ゲイは音楽自体を楽しんでいるのに、三浦はそこにモツアルトの人生の悲劇を聴きたがるのである。
 

(2006年4月19日ホームページhttp://members.jcom.home.ne.jp/j-miyaza/より移植)

モーツァルト (ペンギン評伝双書)

モーツァルト (ペンギン評伝双書)