河岡義裕 「インフルエンザ危機」

  [集英社新書 2005年10月19日初版]


 こんな本を読んで勉強しているのが恥ずかしい。ようやく、なぜ鳥インフルエンザがこれだけ問題になっているのかの根幹のところがわかった。恥ずかしい。
 昔、確か武者小路実篤の「愛と死」だかを読んでいてヒロインがインフルエンザで死ぬ場面で、なぜインフルエンザで死ぬんだと思ったが、やはり、インフルエンザは怖い病気なのである。ちょっと前に「史上最悪のインフルエンザ」(みすず書房2004年1月)を読み出して、四分の一ほど読んで放り出したままになっているが(SARSの勉強の一助にと思って読み出したのだが、SARSが鎮火してしまったので、放り出してしまった)、そこまで読んだだけでも、インフルエンザは怖い病気であることはよくわかった。
 「史上最悪・・・」が、医学者ではない歴史学者によって書かれた疾患の詳細な症状の記載し、流行の実態と疫学を示した本であるのに対して、本書はウイルス研究者によって書かれたインフルエンザにかんする科学的知見を平易に示す啓蒙書である。こういう本を読むと自分も研究者になればよかったな、臨床家になったのは間違いだったかなあと思う。学問というのは面白いなと思う。研究者になっても碌な業績をあげられなかっただろうことは確実なのだけれども。
 きわめて平明に書かれているが、実は著者が執筆したものではなくて、浅野恵子さんというライターがインタヴューして、その内容から浅野さんが文章を構成したらしい。河岡氏自身の個人的な研究史のような内容もふくんでいる本であるので、あとがきで著者がそういう製作過程を暴露していなければ、そのことにきづく人は少ないのではないかと思う。この浅野さんという方は非常にすぐれたライターであると思った。
 そういう形で本にしたのは素人にもわかりやすい形にしたかったので、専門家の自分には素人がどこまで知っていて、どこからが未知であるかがもう解らなくなっているので、素人の人が間に入ったほうがわかりやすい本になるだろうと思ったからということであるが、医学の啓蒙書などもこういう形でつくると、専門家でない人間にとってもわかりやすい本ができるのではないかと思った。
 最後の方で、治療にふれている部分があり、治療薬として抗ウイルス剤タミフルが紹介されていて、副作用は「ほとんどない」と書かれている。この本は本年8月に脱稿されているようである。その後タミフルの精神症状がマスコミで話題となってきた。
 ここでも日本で世界で製造されたタミフルの70%が日本で消費されていることが紹介されている。その理由として、インフルエンザ対策の重要性という啓蒙活動が有効だったこと、インフルエンザ迅速診断キットが保険適応されたことなどをあげている。著者はこれは日本が世界に誇るべきインフルエンザ対策の普及例としているようである。わたくしには日本の医療の歪みの一つの典型例であるように思えるのだが・・・。

(2006年4月1日ホームページhttp://members.jcom.home.ne.jp/j-miyaza/より移植)


インフルエンザ危機(クライシス) (集英社新書)

インフルエンザ危機(クライシス) (集英社新書)